第30話 円城紡のこれからは(終)
文化祭当日。
俺たちアニメ部は、どり~みんぐ★もえ先生の『はぴぱら』の舞台となった町……つまり、俺たちが今住んでいる町の写真を撮りまくり、俺が買ったラノベを一緒に並べて展示した。
まるで販促である。
夢野は嫌がったが、ちょっとだけ、ちょっとだけだから! という俺と速水の押しにより落城した。
夢野さん、押しに弱い系女子。
それでも、アニメで放送されたシーンを写真で展示して、(作者自らによる)簡単な解説をつけた展示会は割りと好評で、夢野も時折嬉しそうな表情を見せていた。
今話題のアニメということに加え、身近な場所が舞台になっているということが、良い結果を生んだようだ。
……ラノベの内容は、ちょっとあれなんだけどね。
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「お疲れ様。よかったよ、無事終わって」
俺は展示会の片付けをしながら、写真を眺めている夢野に声をかけた。
「本当ですよ……今回の件は貸しですからね」
「そうだな、ありがとう。どり~みんぐ★もえ先生」
「その名前で呼ばないでください……バレないかって、すごくドキドキしたんですから」
さすがに作者がすぐそこにいるとは誰も思わなかっただろうが……きっと作者はこの辺に住んでいる人なんだろうと、展示会に来た生徒たちの間では話題になっていた。
「さすがはアニメ化作品だよな。知ってる人いっぱいいて。俺の『迅雷伝説』とは大違いだ」
「いや、先輩のも別の意味で知られてるでしょ」
座って『はぴぱら』を読んでいた速水に突っ込まれる。
お前は片付けを手伝え。
「別の意味言うな。アニメ化作品はさすが人気があるって言いたいんだよ」
「そりゃ、わかってますけど。やっぱりアニメ化作品には敵いませんよ。人気も、知名度も」
「そうだな。ちょっと羨ましかった」
「え?」
速水が意外そうな顔をする。
「だってさ、こんなに自分の作品を見てくれてる人がいて、それを身近に感じることが出来るって嬉しいだろ。羨ましくもなるよ」
俺だって、速水と夢野が『迅雷伝説』を読んでくれていたことを知ったときは、めちゃくちゃ嬉しかったしな。
「確かに、そうですね」
夢野が嬉しそうな声で言う。
誰かに読んでもらって楽しんでもらう。それは、作家冥利に尽きるということなのだろう。
俺も、いつかは夢野みたいに……
あんな風に、たくさんの人を楽しませる小説が書けるのだろうか。
「決めたよ。俺」
すくっと立ち上がり、速水と夢野に向かって宣言する。
「俺、やっぱりプロデビューを目指す! プロのラノベ作家に、俺はなるっ!」
「まーた言い始めた。それ、本気ですかあ?」
速水が『はぴぱら』から顔を上げて、にやにや笑いながら俺の方を見る。
「本気も本気だ。もえ先生目指して頑張るぞい」
「はいはい、まあ頑張ってくださいよ」
「そして、夢幻先生に俺のラノベのイラストレーターになってもらう」
「はいはい……はい?」
夢幻先生……つまり速水が、顔をしかめる。
「いや、なんでそうなるんですか」
「いやいや、むしろなんでそうならないんだ? あんなかっこいい絵を描いて、俺の小説を盛り上げてくれたのに」
「だから言ってるでしょうが、女の子しか描けないって。今回はよかったですけど、ラノベのイラストレーターでそれは無理があるでしょう」
「確かに、普通だとそうだな。だが問題ない。俺がこれから書くラノベは、女の子しか出てこないから」
「はあ?」
速水が更に顔をしかめる。
それを聞いていた夢野も、顔をしかめた。
「先輩……それでユメから言われたことあったんじゃないの?」
『何かに無理やり合わせようとして、自分が面白いと思わずに書いたものは……結局駄作になってしまうんです』
以前、夢野に言われた言葉だ。
どうやら、速水も夢野から事情を聞いているらしい。
「確かに、言われたよ。俺の書きたいものが書けなくなるって。それじゃ、面白いものは書けないって」
「それじゃ……ダメじゃないですか」
俺は首を横に振る。
「要するに、書きたいものが書ければいいんだよ。俺が楽しんで書けるように、面白いものが書ければそれでいい」
「……? どういう意味ですか?」
速水も夢野も不思議そうに首を傾げる。
俺はにやりと笑って言った。
「今の俺なら書ける。速水と夢野、ふたりをモデルにした面白い百合小説が!」
「んは」
「ふぇ!?」
ふたりが奇妙な声をあげる。
「なにとち狂ったこと言ってるんですか! 気持ち悪い気持ち悪い、いやほんとまじきもいですから」
速水が夢野を俺から遠ざけながら大声で言う。
俺は遠慮なく近づきながら続けた。
「バカ言え、あんな絡み見せられたんだぞ……? 書くしかないだろ」
「エロ小説でも書く気ですか!」
……そこでエロ小説って言う時点でお前有罪っぽいぞ?
夢野さん、やっぱり汚されてるんじゃない?
「大丈夫、話そのものはきっと激熱な冒険モノになるはずだから」
「えぇ……まだ何も考えてないって感じですね。モデルわたしたちで冒険モノ? 爆死しますよきっと」
「爆死? そんな物騒なラノベにしないよ」
「いや、先輩のラノベが爆死するって話だから」
ひどい。
俺の小説が一番面白いって言ってくれた速水の顔が霞むようだ。
ま、今更そんなことでへこたれる俺じゃないけどな。
俺は高らかに笑いながら速水に言う。
「ふふふ……だが言ったよな、速水。俺がプロデビューしたら専属絵師になると!」
「専属とは言ってないから! 盛らないでください!」
あれ、言ってなったっけ?
それを見ていた夢野が、くすくす笑い出した。
「ふふ……もしかしたら、部長さんと葵ちゃん、ふたりのラノベができるかもしれないんですね」
夢野の言葉を聞いて俺と速水は顔を合わせる。
しばらくして、ふふっと速水が笑って言った。
「いやいやユメ……ないからそれ。ないないない。むしろわたしはユメのラノベの絵を描きたいよ」
「おまっ、俺の小説が一番面白いって言ってくれたあの可愛い速水はどこへ行ってしまったんだ……」
「幻でも見てたんじゃないですか?」
「夢幻先生だけに?」
ぐーで殴られた。
「行こ、ユメ。こんな先輩は置いておいて」
「待って待って! 見捨てないで!」
必死に引き止める俺を見て、速水はこちらを振り返り、にやっと笑って言った。
「ほんとにそれでプロデビューしたら……いくらでも描いてあげますよ。先輩の小説の世界」
速水はそう言うと、悪戯っ子ぽく舌を出して、夢野の手を引っ張って行ってしまった。
……どうやら、俺はまだまだ追いかける側の方だ。
速水葵。神絵師で、ひとつ下の後輩。
さらに厄介なことに、俺が惚れ込んだのは、彼女の描く「絵」だけじゃなさそうだ。
彼女の横に立つには、まだまだ努力が足りないな。
俺は無意識のうちに立ち上がり、ふたりを追いかけて走り始めていた。
いつかきっと、俺の世界を速水に描いてもらうために。
そのために俺は、頑張るんだ。
炎上作家は百合絵師を追いかける アリス @arisu3156
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