第29話 速水葵は頑張り屋
翌日。放課後。
俺はアニメ部の部室に集合をかけた。
昨日のことがあって無視されたらどうしようと思ったが、ふたりとも来てくれた。
仲良く並んで座っている。
速水はなんかにこにこしていたが、夢野はなんだか恥ずかしそうに俯いていた。
……昨日、あれから何があったのだろうか……
「えっと……今日は来てくれてありがとう。改めて、『迅雷伝説』のお礼を言おうと思ったんだけど」
俺は速水と夢野の顔を見比べてから訊いた。
「……あれから、何かありました?」
「汚されました」
夢野がボソッと呟いた。
「ちょっと速水さん。何してんですか?」
「いえいえ誤解です。汚すなんてとんでもない。浄化しましたよ」
何言ってんだこいつ。
速水、気持ちは分かるが……犯罪はダメだぞ。
しかし、速水は嬉しそうに夢野の頭を撫で回している。
夢野は嫌がっているというよりも照れているように見えるので、これ以上の深追いはやめておこう、うん。
「あー、ユメはほんとにかわいいな。もうなんか、襲いたくなっちゃう」
もちろんこれは速水の台詞である。
俺も俺も! と言いたかったが、速水に殺されてしまうので黙っていた。
ふたりはなんだかんだで相思相愛! ならいいよね!
「そうか浄化したか、それならいいんだ」
一瞬夢野のじとっとした視線を感じたが、気のせいだろう。
「とにかく! 俺が言いたかったのは、ふたりにはお世話になったということだ。今回完結できたのはふたりのおかげだよ。本当にありがとう」
背中を押してくれた夢野と、絵を描いてくれた速水。
ふたりのおかげであることは間違いない。
俺は深々と頭を下げた。
「いえいえいえ! そんな……部長さんが……がんばったからですよ」
夢野が慌てたように手を振りながら言う。
「だって、結局具体的なことは何もアドバイスできませんでしたし……」
「そんなことはない。俺が書くのを奮起してくれたのは夢野さんだし……速水に絵を描いてもらうことを提案してくれたのも夢野さんだった。本当に感謝してる。ありがとう、夢野さん」
「んん……よ、よかったです……」
俯いてしまう夢野。なんだその照れ方は。
速水、ちょっとそのかわいい子を俺に貸しなさい。
「そうですね、今回はわたしの功績が大きかったですね」
むふーと満足そうな速水。
こっちは全然謙遜しないのな。いや、いいんだけど。
「そ、そうだな。正直速水の絵の反響は予想以上だったよ。拡散までされて、大人気だったもんな」
「それほどでも! なんたって、ラノベは絵が九割ですからね」
前にも聞いたぞそれ。今度こそ論破してやる。
「いやだからそれ違うから」
「八割ってことですか」
「程度の話じゃねえよ!」
俺は腕を組んで言う。
「それを言うなら、夢野さんのラノベのこともそう思ってるってことだよな? 夢野さんの『はぴぱら』も、絵が九割だって」
「……え?」
夢野の方を見る速水。
もえ先生、明らかにショックを受けていた。
「ぎゃあ! ごめん、間違ってた! そんなことないです! ユメのラノベは世界一面白いよ!」
速水が夢野を抱きしめて言う。
夢野は死んだような顔をしてされるがままだ。
「おま、この前俺の小説が一番面白いって言ってたじゃん!」
「え、そうでしたっけ? ごめんなさい、一番は言いすぎでしたね。訂正します。二百番ぐらいでしょうか」
「訂正すんな! 格下げしすぎだろ!」
俺が速水の言葉でどれだけにやにやしたと思ってるんだ。
速水はふひひと笑って、改めて口を開いた。
「……ともあれ、完結おめでとうございます。評判も悪くなかったみたいですね」
「う、うん、ありがとう。まあ確かに、速水の絵の功績は大きかったと思うよ……」
俺は息を吐いてから言った。
「ラノベは絵が九割っていうのは否定させてもらうが、速水の絵で俺の小説が九割増しで良くなったのは事実かもしれないな」
頭をかきながら言う。
ラノベは絵だけじゃない。
でも、絵のおかげで話は益々面白くなる。
それは、疑いようのない事実だろう。
「ふふふ。わたしの絵、どうでした?」
「どうって、決まっているだろ。最高だった」
速水がきょとんとした表情になる。
「そ、そうですか。さすがにそんな風に言われると照れますが」
「速水、あんな絵をずっと前から描いてくれてたんだな」
「はあ?」
「だってあれ、一日や二日で描ける絵じゃないだろう」
「!!」
速水が少し顔を赤らめたのがわかった。
「俺が最初に頼んだときはなんでわたしがって言ってたのに。あんな超力作持ってこられちゃ、もう速水以外には頼めないよな」
うんうんと頷く俺。
速水が顔を逸らしながら言う。
「い、いやあ……? わたしあれ、一日で描き上げましたけど?」
「葵ちゃん……それはいくらなんでも無理があるよ」
速水の膝の上で夢野が顔を上げてくすくす笑いながら言った。
速水は、俺の炎上騒ぎに巻き込まれてから絵の練習を頑張ってきたと言っていた。
きっと、途方もない努力を積んできたのだろう。
もちろん、ひたすら同じ絵を描いていたわけではないだろうが、俺の『迅雷伝説』のヒロインの絵を相当量描いてくれていたのは間違いない。
「葵ちゃん、頑張ってたもんねえ。何度も何度も同じヒロインを描き続けて、いろんなポーズ研究して」
「ユ~メ~」
にこにこと笑っている夢野の頬を速水が引っ張ってじゃれていた。
うーん、微笑ましい光景だ。こんな百合小説を誰か書いてくれないだろうか。
「ひょうだ、部長ひゃん……」
「ん、どうした夢野さん」
速水を振りほどき夢野が口を開く。
「文化祭の出し物って、この『迅雷伝説』にするんですか?」
文化……祭……?
「え、これを!? 無理無理無理、わたしが絵を描いてるって知られるの絶対無理! 展示は先輩がなんとかするって話だから、別の企画があるんだよユメ」
「え、そうだったんですか。てっきり完成させた『迅雷伝説』を、本にするのかな、と……」
「そんな訳ないじゃん! ね、先輩。……先輩?」
…………
……文化祭……そんなものもありましたね。
やばい、完全に忘れていた。
「もしかして……何も用意していない、とか?」
「え。文化祭って明日からじゃ……?」
……………………
沈黙。
あまりにも長い沈黙に、俺は俯いたまま静かに口を開いた。
「速水……お前の絵を展示するということで手を打とう」
「ぜえったいに嫌です! 先輩の小説だけ晒しものにしてください!」
「さ、晒しもの!? 嫌だ、俺が書いたって知られるのだけは絶対に御免だ!」
「ちょっとちょっとふたりとも……」
夢野が慌てて間に入る。
夢野に抑えられながら速水が言った。
「というか、一日あれば余裕って言ってませんでしたっけ? 何するつもりだったんですか」
「聖地巡りするつもりだったんだよ……ほら、速水が『汝の名は』の舞台になった町の写真送ってくれたじゃん。アニメの舞台になったところをいっぱい撮って、展示して、それっぽくすればいいかなと」
速水があきれたような顔をする。
「なんといいかげんな。それ、展示にしようと思うと結構時間かかると思いますが。写真並べるだけじゃ意味分からないですし。それに、今から聖地巡りして写真撮りに行くなんて……」
「くっ……この辺が舞台になっているアニメでもあれば……」
「この辺が舞台になっているアニメ……」
俺と速水は夢野の顔を見る。
「……え??」
あるじゃん、この辺が舞台になっている人気アニメ。
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