第8話 円城紡は弱くはない
「円城? 円城じゃん」
びくっとする。
聞き覚えのある声だ。
「久しぶりだなおい。元気にしてた?」
俺は逃げたくなるのを堪えて、ゆっくり振り返る。
そこに立っていたのは、中学生の頃の同級生だった。
正直、名前は覚えていない。
でも、さすがに顔は覚えている。
特に、俺の小説を笑いものにしていたやつだ。
炎上した、あの、俺の小説を。
「あ、ああ……久しぶり」
「なんだよその反応?」
こっちに向かってくる。俺は少し後ずさる。
「ま、あんなことがあったから仕方ないか」
あんなこと。卒業間際の炎上騒ぎで、俺が学校に行かなくなったことである。
「はは……ど、どうしてこんなところに?」
自分でも、声が少し震えているのが分かった。
ここは俺が中学生のときに住んでいた町からは、かなり離れているのだが。
「法事で親戚の家に来ていただけだよ。てかなに? さっきお前、女の子と歩いてなかった? もしかして、彼女とか?」
み、見られていた……。
「ち、違うよ。ただの友達」
アニメ部の後輩と言うのも恥ずかしかったので、できる限り簡潔にしか答えないようにする。
「そうなの? 友達ねえ。随分仲良さそうだったけど」
笑いながら更に近づいてくる。
やめろ。それ以上近づくな。
「さっきの子は知ってるの? お前のあの笑える小説の話」
ブワッと嫌な汗が出る。
「知らないよなあ。知ってたら、恥ずかしくて隣なんて歩けないだろうし」
「し、知るわけないだろ? もういいだろ、その話は」
もちろん、本当は知っているどころではないのだが……正直に言ったら面倒なことになる気がする。
ここは余計なことを言わない方がいい。
「だよなあ。でさ……さっきの女の子、めちゃくちゃ可愛かったよな?」
…………
何が言いたい。
「紹介してよ、俺に」
「え?」
「だからさ、さっきの女の子を俺に紹介しろって言ってるんだよ」
……こいつ……
「……嫌だね。あの子は、お前なんかに興味ないと思うよ」
だって、速水は百合だからな。
「あ? なんて?」
俺は一呼吸置いてから言い直す。
「嫌だって言ったんだよ」
「……中二病のキモオタが言うじゃねーか」
胸倉を掴まれる。
「あの子にお前の黒歴史、バレてもいいのか?」
「お前に紹介するぐらいならバレた方がマシだよ」
実際には、もうバレてるどころじゃないから痛くもかゆくもないんだけど。
「……ふーん。それなら」
「先輩?」
速水の声がした。
俺と胸倉を掴んでいたそいつは、同時に声のした方を振り向く。
「何やってるんですか、早く来てくださいよ。取り込み中すみません、ちょっとこの人借りていきますね」
速水に腕を引っ張られる。
「え? え? え?」
事情を飲み込めない俺をよそに、速水はかつて同級生だったそいつから俺を引き剥がすと、そのまま引きずっていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おい……おい、速水?」
しばらく引きずられたところでようやく立ち止まると、速水が声を出した。
「……はぁー! もう一体何をやってるんですか!」
「えええ?」
「もうめっちゃ怖かったんですから! わたしが戻らなかったら、先輩カツアゲされてましたよ!」
「か、カツアゲって……」
どうやら見知らぬ不良に絡まれていたと思われたらしい。
「最初は知り合いかな? と思って見てたんですけど、急に胸倉掴まれてるし。先輩弱いんですからああいうときは大声出さないとダメですよ!」
ちょっとひどい。でも。
「もしかして、助けてくれたのか?」
「そうですよ! わかるでしょ!」
「お、おう……なんかすまん。ありがとう」
情けなくお礼を言いながら思った。
あいつに速水を紹介しなくて、本当によかった。
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