第7話 夢野萌は内緒にしている

「……先輩……先輩!」


 はっと顔を上げると、目の前に速水の顔があった。


「大丈夫ですか? 顔色悪いですけど……」


 嫌なことを思い出してしまっていた。


「だ、大丈夫大丈夫。残念ながら俺の小説を読めるのは速水だけだから、学校の連中に公開するわけにはいかないな!」


 よくわからない取り繕いである。何を言っているんだろう、俺は。


「プロにでもなってみせるって息巻いてた人とは思えない発言ですね。全く、そんなんじゃ描いてあげませんよわたしは」


 ふいと顔を逸らして、夢野さんの方に向かう速水。

 その態度を見て首を捻るほど、俺は鈍感系ではない。速水が気を遣ってくれたことはすぐわかった。

 ……ほんと、優しいんだな、速水は。


「よし!」


 気を取り直す。


「まあ、文化祭の方は俺がなんとかするから大丈夫! それより今日来た目的を果たさないとな」

「目的? なんでしたっけ?」


 速水がまた夢野を抱きかかえている。


「夢野さんに小説のアドバイスを貰うって話だよ!」


 お前らなにふたりでいちゃついてんだ! 俺も混ぜろこのやろう!

 じゃなくて。


「夢野さん、お願いできないか?」


 夢野はびくっと反応したあと、少し躊躇して……力強く言った。


「それなんですが……もう一度、小説を書いてみてくれませんか?」

「え?」

「『迅雷伝説』じゃなくて、新作を。それを読めば……部長さんに言うべきことが、ハッキリする気がするんです」

「……?」


 俺は、夢野さんの意図が分からなかった。とりあえず、俺がラノベを書いたら、添削してくれる……ってことでいいのかな?


「ただし、文化祭が終わる頃からまた仕事で忙しくなるので……それまでに。書いて……くれますか?」

「お、おう。プロの作家に見てもらえるなら……書くよ、新作。どんなものでも構わないのか?」

「構いません。今、部長さんが書ける最高のラノベを書いてみてください。短編で構いませんから」

「……わかった」


 新作か……少なくとも、この前速水に見せたようなものじゃダメだろうな。

 今度はちゃんと考えて、『迅雷伝説』より面白いものを書かないと。

 それに、プロにきちんと添削してもらったら、新人賞とっちゃったりして、プロデビューして……速水にイラストを描いてもらえるかもしれない。


「書くよ、夢野さん。文化祭までに、だよね? 書き終わったら持って来るから、待っていてくれ」


 夢野は少し微笑んで、頷いてくれた。うん、かわいい。


「それから、もうひとつ夢野さんにお願いしたいことがあるんだ」

「はい……なんですか?」


 俺は息を深く吐いて、まっすぐ夢野さんの目を見て言った。


「サインください」


「ごめんなさい」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


 夢野の仕事場を後にして、俺はとぼとぼと歩いていた。


「なんで……なんでサイン書いてくれなかったんだ……」

「いや、そりゃそうでしょ。サインしたら、ペンネームで何の作品書いてるかバレちゃうじゃないですか」


 隣でケタケタと笑う速水。


「ユメは何書いてるか、知られたくないんですって。恥ずかしがりやなんですよ」

「そうなのかな……速水は、夢野さんが何のラノベ書いてるか知ってるんだよな?」

「もちろんです。教えてくれましたよ」


 速水が胸を張って誇らしげに言う。

 俺の頭には、速水が夢野を脅して無理やり聞き出している画が浮かんだ。


「ちょっと先輩、今失礼な想像しませんでした?」

「してないよ。夢野さんかわいそうだなあと思って」

「それが失礼な想像だって言ってるんですよ!」

「ほーん。じゃあ、どうやって夢野さんが書いてるラノベを知ったんだ?」

「…………」


 沈黙が流れる。

 クロだ。

 前科者は速水の方じゃないだろうかと思う。夢野さんかわいそうだなあ。

 コホンと咳払いをひとつして、速水が口を開いた。


「わたしとユメは親友ですからね。お願いしたら教えてくれるんです」

「そうか。そういうことにしておきますか」


 これ以上は深追いしないでおこう。


「で、どんなラノベなんだ?」

「どんなって……えーと……き、きれいなお話ですよ!」

「きれい?」

「読んだあとは、浄化された気分になります」


 意味が分からん。


「なんだそりゃ。ジャンルは? ファンタジー?」

「いや……学園モノ、ですかね」


 が、学園モノ! ちょっと、いやかなり意外だった。夢野はなんというか、魔法とか妖精とか出るようなお話を書くイメージだったのだ。


「夢野さん、全然学校来てないのによく書けるな」

「あはは。まあそうなんですけど違うんですよ。学園モノなんて、リアルな学園生活書かない方が売れるんですから」


 なにそれ闇を感じる。

 だが、確かにそのとおりだ。

 だってリアルの学園生活なんて全く面白くないからな。

 ソースは俺。


「おおう……それはそうかもしれんが。いつも楽しそうにしてる陽キャの速水からそんな言葉が出てくるとはな」

「はっ、思わず。今のは先輩が言うべき台詞でしたね」

「馬鹿にしてるだろそれ」


 俺は陰キャって言いたいの? 間違ってないけど。


「ん? でも、きれいな学園モノってなんだ? 純愛を描いた恋愛モノとか?」

「はあ、わかってないですねえ……そんな低俗なものじゃありませんよ。もっと高尚なものです」


 こいつ、恋愛モノを低俗扱いしやがった。

 気が合うじゃねえか。

 しかし、ますます分からなくなってしまった……夢野は、どんな小説を書いているんだろう?

 あの小柄でかわいらしい外見から想像すると、癒し系ふわゆるふわ物語を書いていそうだが……どうもそうではないらしい。

 綺麗な学園モノ……やっぱり分からない。


「とにかく、ユメのラノベを探るのは止めたほうがいいですよ」


 速水が前を向いたまま言う。


「それより、自分のラノベを書き進めるべきじゃないですか? せっかくユメが見てくれるって言うんですから」

「まあ……そうなんだけど」

「あと、文化祭の準備も。あと一ヶ月ですよ?」

「余裕だ。一日あればできる」

「一体何をするつもりなんですか……廃部コース乗りましたね」


 うん、俺もそう思う。でも、二人がいる間は廃部にする訳にはいかなくなったな。

 この二人から学ぶことは多そうだ。


「それじゃ先輩、文化祭の準備、ほんとお願いしますね!」


 速水はそう言うと、足早に帰っていった。

 文化祭の準備と、夢野からの宿題。

 これを何とかしなければ。

 そう思いながら速水の背中を見送っていると、後ろから声をかけられた。

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