第6話 萌は葵に好かれている

「なるほど……話はわかりました」


 うんうんと頷く夢野。

 俺と速水は夢野の仕事場にお邪魔させてもらい、話を聞いてもらうことにした。

 仕事場だというのにベッドが置いてあり、普通の女子の部屋に見える。

 カーテンや絨毯がピンク色で、むしろ女子力の高い部屋だ。

 どうもここで寝泊りすることも多いということで、ふたりで模様替えしたらしい。

 本棚にはずらりとラノベが並んでおり、俺が読んだことのないラノベも多い。

 女子らしい部屋に、アニメ化作家の仕事場ということで、俺はそわそわして落ち着かなかった。

 ふたりはベッドに腰掛けているが、さすがに俺がベッドに座ることは憚れたので、床に座ることにした。それも正座。さすが俺、紳士である。

 決して、ベッドに座ろうとして、速水に「え、死にたいの?」という目で見られたわけではない。

 決してそのせいで床に正座しているわけではない。


「わかってくれて嬉しいよ、夢野さん」


 俺は自分の書いていた『迅雷伝説』が炎上したこと、速水の絵に感動して、なんとか速水に自分の小説の絵を描いてもらいたいこと、そのために面白い小説を書きたいこと。全てを正直に話したのだった。


「それにしても、まさかあの有名な如月さんが同じ学校にいたなんて……驚きました」

「……夢野さんまで知っているのか」


 確かにネットでは若干話題になったが、こんな身近に炎上事件を知っている人がいるとなると……やっぱり恥ずかしい。


「有名ですから。でも、わたしは面白かったと思いますよ、『迅雷伝説』」

「ほ、ほんと!? おい聞いたか速水。夢野さん、俺の小説面白かったって!」

「ハイハイ、ヨカッタデスネ」

「なんでそんな棒読みなんだよ」


 プロの作家が面白かったって言ってくれてるんだぞ? これはもはや事件だろ。

 読んでくれた人がいるというのは、やっぱり嬉しい。炎上してから急激に閲覧数が増えたことだけは、よかったのかもしれない。読んでくれた人がそれだけ増えたということだから。

 感想のコメントに、「ゴミ」「うんこ」「つーかうんこ以下」って書かれていたのは泣いたけど。

 他に言いようあると思うよ。

 思い出して落ち込んできたので、気を取り直す。


「それで、夢野さんに面白いラノベを書くためのアドバイスをもらいたいんだ。速水にイラストを描いてもらえるような、そんなラノベを俺は書きたい」

「葵ちゃんにイラストを描いてもらうために……ですか。でも、それじゃ本当に書きたいものが書けなくなっちゃいませんか……?」

「え」


 今、なんて?


「ぅあ……ごめんなさいなんでもないです」


 縮こまる夢野さん。小柄な体がさらに小さくなる。

 俺は紳士だから、そんなに怯えなくて大丈夫ですよ?


「もー先輩、ユメを怖がらせないでください。ただでさえ前科あるんですから」


 速水の発言にぎょっとする夢野。俺は慌てて弁解する。


「ないよ! やめてそういう嘘つくの!」

「写真」

「あ」


 ……その事件があったか。


「言うこときかないとわたしの恥ずかしい写真をばら撒くって……」


 手を口に当てて、しおらしく言う速水。


「誤解を招くような発言は慎みたまえ、速水くん」


 ちらと夢野の方を見る。

 ほらー夢野さんドン引きしちゃってるじゃないですかー。

 完全に犯罪者を見る目になっちゃってるよー。

 速水が夢野を抱き寄せるようにくっつく。


「ユメも気をつけてね?」


 速水が夢野の頭をなでなでしている。羨ましい。どっちも。

 というか、夢野の頭をなでなでしている速水の顔がやけに嬉しそうだ。


「うん……わかった、もう一生近づかないようにするね」


 一生!?


「待て待て待て、待ってください。冤罪です。いや、冤罪じゃないかもしれないけど無罪です」

「冤罪じゃないんだ……」


 すっと俺との距離をとる夢野。


「くっそおおおおおお! 速水! 弁明してくれ!」

「よしよし、怖い先輩だね。さあユメ、わたしの膝の上においでぇ?」


 俺を無視して夢野を手招きする速水。

 心なしか速水の声色が若干気持ち悪くなっている。


「ありがとう……でも大丈夫」

「えー、遠慮すること無いのにー」


 頬を膨らませて不満そうに速水が言う。お前それ、自分が夢野を膝の上に乗せたいだけじゃないのか……?


「あー、ユメはほんとにかわいいな。もうなんか、ぎゅーってしたくなっちゃう」


 今のは俺の発言ではなく速水の発言である。

 ……俺よりこいつの方が危ないんじゃないか?

 ほら、夢野がさりげなく速水からも距離とっているからね。

 速水がやれやれといった感じで俺の方を向いた。


「全く、ユメがアニメ部に来ないのも先輩のせいですからね?」

「えぇ……お前さっきと言ってること違くない?」

「え? そうですか?」


 さっきは風邪でぶっ倒れて、そのあともアニメ化の仕事が忙しいから来れなかったって言ってたじゃないか。


「そもそも、俺が夢野さんと話したのは今日が初めてだっつーの」


 入部届もお前が二人分持ってきただろう。


「ごめんなさい……最初に行きそびれたら、なんだか行きづらくなっちゃって……」


 夢野が距離をとりながらか細い声で言う。

 そんな避けられるとさすがの俺も傷付くよ。

 しかし、夢野のその気持ちはよく分かる。


「わかるぞ、その気持ち。俺も四月に部員集めしてなかったせいで、今年のアニメ部はこの有様だからな」


 うんうんと頷く。スタートダッシュって大事だよね。最初が肝心。


「いや、それは何か違うと思いますが……」


 呆れたような顔で言う速水。


「先輩が卒業しちゃったからなー、ひとりでどうすればいいかわからなくて、そのままにしてしまった」

「そのせいで部員は先輩ひとりだけになってしまったと」

「いや、君たち入部届出してるからね? 部員三人だからね?」

「退部届机に置いておきましたよ」

「嘘だろ!?」

「嘘です」


 ……ひどい。なんか俺の扱い雑になってないか?


「冗談ですよ、冗談。三人いれば簡単に廃部になることはないでしょう。ユメも、きっとこれからは部活来てくれますよ。ねぇ、ユメ?」

「う、うん……いく」


 速水に捕獲され、抱きかかえられ、更には頭を撫で回されながら夢野が答える。だが、夢野の顔は少し嬉しそうだ。

 もしかして、今日ここに俺を連れてきたのは……夢野が部活に参加しやすくするためなのかもしれない。

 機会を逃して部活に行き辛くなってしまった夢野を気遣って、きっかけを作ってやろうとしたのだろう。

 今日ここに俺を連れてきたのは、俺のためというよりも、夢野のためだったということだ。


「あ、そういえば先輩。文化祭の出し物の準備は終わったんですか?」


 速水が思い出したように口を開く。


「え?」

「え? いやいや、任せておけって言ってたじゃないですか」

「…………」

「もしかして、忘れてました?」

「今からやるところさ」

「忘れてるじゃないですか」


 深いため息をつく速水。速水さん、さっきからため息が多くてつらい。


「待て待て、押し付けた君たちにも責任があるとは思わんかね?」

「このタイミングで責任転嫁とは。だったら任せておけなんてかっこよく言わないでください」


 全くそのとおりである。

 うーん、なんで俺任せておけなんて言ったんだっけ?

 ああ、速水が可愛かったからか。


「任せたわたしが言うのもなんですが、やばかったら言ってくださいね? 部員もいないし活動もしないしじゃ、本当に廃部ですよ」

「心配はしてくれるんだな。だが大丈夫だ、名案を思いついた」

「へえ? なんですか?」


 速水が期待と不安の混ざった声で言うので、俺は堂々と答えた。


「速水のイラストと夢野さんの小説を展示する。完璧だ」

「「嫌です」」


 見事なハモりで俺の名案を一刀両断してきた。


「な、なんで? すばらしい作品を展示できるチャンスだと思うが」

「いやいやいや、そりゃ嫌ですよ。なんですかその露出プレイ。ねえ?」


 速水が夢野に視線を向ける。


「わたしの作品が……バレちゃうかもしれないですし……」


 ほとんど聞こえないような声で答える夢野。


「というか、それなら先輩が自分で書いた小説公開すればいいんじゃないですか? 『迅雷伝説』、有名ですし!」 

「え」


 速水に言われて、言葉に詰まる。


「いやそれは……俺は……だから……」


 からかうような口調だから、速水が冗談で言っているのはわかっていた。

 それなのに、俺は心臓を掴まれるような気分だった。


「……ご、ごめん」


 なぜか謝ってしまう。


「い、いやいや冗談ですよ! 冗談! そんなのもはや羞恥プレイの域ですもんね!」


 明るく言っているが、速水も戸惑っていることが伝わってきた。

 俺は、書きたくないわけじゃない。見せたくないわけじゃない。

 ただ、怖いのだ。

 自分の作品が大勢の目に晒される。それを思うと、書けない。

 だって、俺の作品が炎上したのは……。

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