第5話 夢野萌は怯えている
翌日の放課後。俺はうきうきで校門前にいた。
色紙を持ち、待ち合わせしている速水を待っているところである。
プロのラノベ作家だという夢野には今日初めて会うことになるが、速水が連れて行ってくれるのなら問題ないだろう。
夢野に付き添ってアニメ部に入部するぐらいだ。
きっとふたりは大親友に違いない。
しばらく待っていると、速水がやって来た。
「あ、先輩。お待たせしました。それじゃ行きましょうか」
駆け寄ってくる後輩(速水)を待つ先輩(俺)。
あれ? これってカップルみたいじゃないか?
一緒に下校する彼女を待っている彼氏みたいじゃない?
「……先輩? なんか顔が気持ち悪いですよ」
「い、いやなんでもない。プロのラノベ作家に会えると思うと楽しみで」
慌てて顔を無理やり戻し、前を向く。
「よし、行こう。案内してくれ」
「はい、ちょっと遠いですが、歩いて行きましょう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ふたりで並んで歩きながら、俺は速水に声をかけた。
「それにしても、速水がこんなに俺の執筆活動に協力的になってくれるとは思わなかったよ」
「だって先輩、永遠とつまらない原稿渡してきそうでしたし。読むのが苦痛です」
「つまらないって……そんなに?」
ちょっとへこむ。『迅雷伝説』は、読者は少なかったがそれなりに好評だった。
それも、炎上する前の話だが。
少なくとも、炎上するまでは、サイトに寄せられるコメントは好意的なものが多かったと思う。
応援コメントを書いてくれる人や、これからの展開について予想してくる人なんかもいて、コメントを読む度に嬉しくなっていたものだ。
コメント書いてくれる人も名前が「聖騎士」とか「夢幻」とか「森羅万象」とか、なんだか微妙に中二病っぽい名前だったので、読者と感性があっていた、ということなのかもしれない。
炎上してからサイトを開かなくなってしまったので、応援してくれていた人には申し訳ないことをしてしまったと思う。
「速水は知らないだろうが、『迅雷伝説』はそんなに評判悪くなかったんだぞ……」
「はいはい。それはよかったですね」
素っ気無い返事だ。
でも、速水が協力的なのは間違いない。
つまらない原稿読むのが嫌だから、協力するだって?
つまらない原稿なら読まずに捨ててしまえばいいだけの話だ。
でも、そうしないのは速水が優しいからだろう。
なんとしてでも、俺の小説を速水に面白いって言ってもらおう。
そして、俺の小説のイラストを描いてもらう。絶対にだ。
そのためにも、今日は夢野に良いアドバイスを貰えるといいのだが。
「ところで速水……夢野さんって、どんな子なんだ?」
「天使ですよ」
はい?
なんだその回答。
きょとんとする俺に気付いたのか、速水が慌てて訂正する。
「あ、いや……天使みたいに可愛い子ですよ、って意味です」
訂正できていないような気がする。
「そ、そうか。そんなに可愛い子なら緊張しちゃうな俺。あはは」
こいつ……やっぱりガチなんじゃないだろうか。ガチ百合なんじゃないだろうか。
夢野のストーカーとかじゃないよね? 友達なんだよね?
夢野が学校休みがちなのって、お前のせいじゃないよね?
不安になってきたので、更に聞いてみる。
「えっと……今向かってるのって夢野さんの家なんだよな。俺、中に入っても大丈夫なのか? 親御さんとかいないの?」
「大丈夫ですよ。ユメの家じゃないですから」
「え?」
家じゃないの?
「ユメの仕事場なんです。ユメ、仕事中はひとりで集中したいからって……部屋を借りているんですよ」
なにそれプロっぽい! かっこいい!
「ということは、仕事をしてるところも見せてくれるかな! やべえ、わくわくしてきたぞ」
「だまらっしゃいですよ。先輩は隅っこで静かにしててくださいね」
「いや、俺の小説のアドバイス貰いに行くんだよね?」
こいつ、本当に俺と夢野さんの間を取り持ってくれる気あるのかな。
ますます不安になってきた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それから更にしばらく歩いて、二階建ての小さなアパートにたどり着いた。
どうやらここに夢野がいるらしい。
速水は階段を上がると、一番奥の部屋のチャイムを鳴らした。
ピンポーン。
「ユメ、来たよー」
しばらくすると、きい……と静かな音を立てて扉が開く。
中から、小柄な女の子がそっと顔を出してきた。
長い前髪で表情が見づらいが、目が大きくてかわいらしい顔をしている。
この子が、夢野萌。小柄で、小学生にも見えるような幼さがある。
今日はずっと家にいたのか、服装もパジャマのままだ。
「ん、いらっしゃい葵ちゃん……急用って……?」
小さな声でぽそりと呟く夢野。
よかった、ちゃんとした知り合いらしい。
ひとまず速水が夢野のストーカーという線は無くなったな。
「うん、ちょっと込み入った話があってね……お邪魔しても、いいかな?」
「いいけど……」
夢野が扉をさらに開いた瞬間。表情が固まった。
「え」
後ろに立っていた俺を見た途端である。ぎょっとしたような顔で、夢野の表情が固まった。
あれ、なんだろうこの感覚。かわいい。速水とは正反対の反応である。
じゃなくて……この反応、まさか。
「え、え、え……ど、どちら様ですか……?」
嘘だろ速水……俺が行くこと、言ってなかったの?
そりゃ驚くよ。びっくりだよ。
夢野さん、完全に不審者を見る目でこっち見てるよ。
明らかに怯えている夢野を落ち着かせるように、速水が言った。
「アニメ部の部長だよ。如月先輩」
「ちょっと待て。円城な。円城紡な」
初対面の相手になんて紹介してくれているんだこいつは。油断も隙もない。
「ア、ア、アニメ部の……部長さん……でしたか。ごめんなさい、わたし部活全然参加できなくて……」
怯えさせた上に、謝らせてしまった。
「いや、いいんだよ。参加自由のゆるい部活だし」
実際、俺もほとんど行ってないし。速水も吹奏楽部に参加しているから、いつもひとりでぼーっとしているだけなんだよな。切ない。
でも、もうX……夢野は、アニメ部のことなんて気にも留めていないと思っていた。
そんなことはなかったようで、ちょっと嬉しい。
「ユメは、入学してすぐの一週間、風邪でぶっ倒れて学校来れなかったんですよ」
速水がフォローするように間に入ってきた。
「そのあとも、アニメ化の仕事でなかなか暇が無くて。それで、部活にも来づらくなっちゃったんだよね」
「はい……ごめんなさい……って、え。葵ちゃん、わたしの仕事のこと話したの!?」
それすらも伝わってなかったのかよ。
そりゃ突然訪問してきた俺を見てびっくりする訳だ。
「あ、うん。なんというか、話の流れで」
「うぅ……恥ずかしい……」
夢野は恥ずかしがっているが、俺は夢野の話が聞きたくて仕方なかった。
「それで、夢野さん」
「は、はひ」
速水の後ろに隠れるようにして返事をする夢野さん、かわいい。
「夢野さんは、なんてラノベ書いてるんだ?」
びくーっと反応する夢野。
「急用って……それを聞きに来たんですか……?」
「そうだよ」
「違うでしょ」
すばやく速水に怒られてしまった。だって知りたいんだもの!
夢野の方を見ると、真っ赤な顔で扉をそっと閉めようとしていた。
待って待って待って!
慌てて扉に手をかけて、本題に入る。
「俺、どうしても書きたいラノベがあるんだ。今日は夢野さんに、そのことで相談したくて来た」
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