第4話 速水葵は手厳しい②

 一週間後。


「速水~!」


 俺は、一週間前と全く同じように、吹奏楽部の練習に向かう速水を引き止めた。

 速水がギロリと厳しい視線をこちらに向けてくる。

 うーん、ぞくぞくする……じゃない、もうちょっと先輩に優しい視線を向けられないものかね?


「また来ましたか先輩。写真はちゃんと消しましたか?」

「そんなことより、新作を書いてきたんだ。これを見てくれ」

「さようなら。二度と話しかけないでください」


 くるりと翻り、すたすたと歩き始める速水。


「ちょっと待って! 写真はちゃんと消したんです! 嘘じゃないです!」


 これは本当である。貴重な速水のコスプレ写真を削除し、一晩丸々後悔したが、約束を守らないわけにはいかない。

 がんばって脳内保存した。

 速水はちらりとこちらを振り返り、それからじっと俺の顔を見て言った。


「……ふーん。嘘はついていないみたいですね」

「わかるのか?」

「先輩、嘘下手ですもん。消してくれたならいいです。それじゃ」


 すたすたと歩き出す速水。


「待て待て待て! 新作の小説を書いてきたから見てほしいんだって!」


 追いかけて必死に引き止める。


「はあ……なんですか、ちゃんと女の子だけの純愛百合小説書いてきましたか?」


 なんだよ純愛百合小説って。

 こいつも大概である。

 やっぱりこいつ百合なのか? 女の子好きなのか。


「えーっと……速水が求めているものとは違うかもしれないが、まあ読んでみてくれ。読み終わったら感想聞かせてよ」

「わかりました。また如月るようなものだったら怒りますよ」

「その動詞使うのやめてくれ……」


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


 翌日。

 今度は俺が帰り支度をしていると、速水のほうから声をかけてきた。


「先輩。昨日の小説、読みましたよ」


 なんと、早速読んでくれたらしい。

 あれだけ冷たい視線を俺に浴びせながら一日で読んでくれるとか、こいつ良い人すぎない?

 うっかり惚れそうになる。


「読んでくれたか! それで、どうだった?」


 速水は複雑そうな顔をしながら言った。


「話の内容は、そんなに悪くなかったです」

「ほんとか!」

「で? あれは何をパクったんですか?」


 ファッ!? なななな、何を言ってるんだだだだ……。


「明らかにパクってるでしょあれは」


 速水は昨日俺が渡した原稿を鞄から取り出すと、俺に渡してきた。所々付箋が貼ってある。


「完全に別人が執筆したものになっちゃってますよ。女の子だけが出てくる日常形ゆるふわアニメでも参考にしましたか?」


 な、なぜわかったんだ……。正直、パクったという自覚は無い。

 だが、確かに参考にはした。

 男を完全に排除した女の子だけの日常系アニメをピックアップして何度も見直し、執筆した。

 そのせいで、自分でも気が付かないうちに、パクリ小説になってしまっていたのか。

 確かに、俺が好んで書くような内容じゃなかったが……そんな風に見えてしまうとは。


「こんなの公開したら、それこそ大炎上ですよ。大炎上紡ですよ」

「円城と炎上かけるのやめてくれ……」


 最近の速水はSっ気が強すぎる。俺の心がもたないよ。

 がっつり落ち込んでいると、速水がふーっと息を吐いた。


「仕方がないですね。小説の書き方、ユメに教わってみますか?」


 小説の書き方を……教わる? 

 ユメに?


「ユメって……誰だ?」

「萌のことですよ。夢野萌」

「夢野萌……?」


 首をかしげる俺を見て、速水は信じられないというような顔をした。


「アニメ部の部員でしょ! 名前覚えてないんですか?」


 理解した。夢野萌【ゆめのもえ】。今年、速水と一緒に入部してきた一年生。

 入部届も速水が二人分持ってきたから、話したこともなければ顔も合わせていない人物である。

 名前は聞いていたのだが、すっかり忘れていた……Xって呼んでるし、俺。


「ゆ、夢野さんか。うんうん夢野さんな。でも、なんで夢野さんに?」


 それを聞いて、やれやれこれだから素人はとでも言いたげな仕草をする速水。

 なんなんだ、俺はXのこと全く知らないんだっつーの。


「ユメはプロのラノベ作家ですよ。それも売れっ子の、アニメ化作家」


 ……は? プロの? ラノベ作家?

 話を理解できていない俺を見て、自慢げに速水が続ける。


「その顔だと、やっぱり知らなかったみたいですねえ」


 にやにやしながら俺の顔を覗き込んできたが、それを見てドキドキしている場合ではなかった。


「マジかよ! X……じゃない、夢野さんってそんなにすごいやつだったんだ!」

「え、X?」


 急にテンションが上がる俺を見て引く速水。


「しかもアニメ化作家て! 俺も知ってる作家のはずだよな! なんてアニメなんだ?」

「は、はあ……まあ、アニメ部の部長がアニメ化されるラノベを知らないはずないですよね」


 苦笑いしながら速水が言う。


「でも、この先はユメ本人聞いてください」

「なんで!?」

「いや、勝手にわたしがペラペラ話すのもユメに悪いですし。それに、たぶんユメは書いている作品知られるの嫌がると思うんですよね……」


 書いている作品を知られるのを嫌がる? 小説を書いていること、隠しているってことか?


「そ、そうなのか……夢野さんも、炎上した悲しい過去があるのかな」

「違うと思います。一緒にしないでください」


 速水さん、相変わらず厳しいです。でも、もし俺がプロだったら自慢したくなってしまうが。

 ひけらかすみたいで嫌なのかな。そうだとしたら、謙虚な子だ。


「プロの作家に聞けば、きっといいアドバイスがもらえますよ。というわけで、一緒にユメに会いに行きましょう!」

「え? いいの?」


 速水、俺とプロ作家の間を取り持ってくれるのか。

 速水が俺のためにそこまでしてくれるとは。

 夢野さん、入部以来一度も部活に来てないから、俺のこと知らないと思うんだけど。


「大丈夫です! ユメも用事があったら来ていいって言ってましたから!」

「是非、お願いします! 速水さん!」

「よろしい! では、明日の放課後、校門前で待ち合わせということで!」


 妙に速水のテンションが高いのが気になるが、そんなことはどうでもいい。

 プロのラノベ作家に教えてもらえるなんて、本当に幸運なことだ。

 このチャンス、逃すわけにはいかない。

 サイン用の色紙、持って行かないとな。

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