短編10・若社長とホワイトデー!
「こずえさん、今日は何の日かご存知ですか?」
家でまったりしていると、不意に夫のスバルさんがそう訊ねてきた。
「結婚記念日でしたっけ?」
私――藤井こずえはとぼけた反応を返す。
「!? こ、こずえさん、結婚記念日をお忘れになっていらっしゃる……?」
「嘘ですよ、冗談ですよ、ジョーダン」
涙目でプルプル震えるスバルさんが可愛くて、たまに意地悪したくなってしまう私であった。
「ホワイトデーですよね? どんなお返しがいただけるか楽しみだなあ」
そう言うと、ぱぁっと効果音が鳴りそうな笑顔になるのも可愛い。
「えっと、まずはじめに、マシュマロを用意したんですけど」
「あれ? マシュマロって『お断り』って意味じゃありませんでした?」
私はまた意地悪を言う。
「最近では『愛情をマシュマロに包んで返す』という意味もあるんですよ」
スバルさんはフフンと何故か勝ち誇った顔をする。
どうせその手に持った賢い板(スマホ)に教えてもらったんだろうけど。
「え? 私があげた愛情を返しちゃうんですか?」
「えっ……」
さらに突っ込むと、スバルさんは想定外だったらしく、慌てた反応をする。
「ちょ、ちょっと待って下さいね……」
そう言って私に背を向ける。賢い板(スマホ)に答えを乞うているらしい。
「…………詳しいことはわかりませんでしたが、そもそもお断りだったらお菓子をお返ししなければいい話ですよね」
「それもそうですね」
意地悪はこのへんにしておくか、と私はうなずいた。
「本当は火に炙ったマシュマロが美味しいと聞いたのですが、ガスコンロで炙ってみたら黒焦げになったのでやめました」
「どうりでなんか焦げ臭いと思った」
ガスコンロで炙ったマシュマロはどうしてあんなに美味しくないんだろうか。
どうやらスバルさんはひとつだけ試しに炙ってみたらしく、黒焦げになった物体はゴミ箱に入れられた。
「一応高級ブランドのマシュマロなので味は保証付きです」
「高級ブランドのマシュマロをガスコンロで炙るなんて、なんという無駄遣い……」
まあ庶民の私には高級ブランドもスーパーの特売品も、味の違いはそれほどわからないんだけど。
とは思っているが、高級だと思うと特売品よりは美味しい、気にはなる。
「バレンタインデー、わたくしはたいへん幸せな思いをさせていただきました。こずえさんも幸せになるようなプレゼントをいくつか考えたのですが……」
「あ、マシュマロだけじゃないんですね」
「当然です。わたくしの感謝の念はマシュマロだけでは到底表せません。それに、ホワイトデーは何倍返し、とよく言うでしょう?」
一枚百円以下の板チョコを何枚か買って溶かして固めただけのチョコだから、すでに何倍にもなっているのだが、あえて言わないでおくことにした。もらえるものはもらっておくべきだ。
「一千万円分のゲーム用課金カードをですね」
「待って」
それはいくらなんでもやりすぎだ。
一千万円もかけなくてもSSRやURは充分出てくるし余るくらいだ。
「残念、もう買ってしまったので返品はできません」
だからなぜ勝ち誇った顔をするんだ。
「まさか会社のお金とかじゃないですよね……?」
「正真正銘わたくしのポケットマネーです、ご安心を」
「安心できますか。無駄遣いにすぎる」
大企業の社長、スケールデカすぎて怖い。
一千万円分の課金カードって、SNSのキャンペーンとかで配布するレベルだぞ。
「これも喜んでもらえませんか……」
スバルさんはシュン……とした顔をする。この表情には弱い。
「いや、マシュマロは美味しかったので、充分嬉しいです、はい」
おかしいなあ、スバルさんはお父様の言いつけで社会勉強して庶民の金銭感覚を身に着けたはずだと聞いているが。
大企業の社長になって、だんだん金銭感覚を忘れていったのかな。
「あとは……ベタですが、これを」
そう言って、スバルさんは両手に乗るサイズの小さな箱を手渡してきた。
「なんですか、これ」
「開けてみてください」
言われるまま開くと、白い薔薇が敷き詰められている。
「わ、かわいい」
「今日一番の笑顔、いただきました」
スバルさんの顔を見上げると、スバルさんが一番ニコニコしていた。
そのまま額にキスをプレゼントされる。
「バレンタインは本当にありがとうございました。世界で一番愛しています」
「っ……」
絶世のイケメンの顔が近すぎて反応に困る。
「わたくしには言ってくださらないんですか?」
今度はスバルさんに意地悪される番だった。
「わ、私も……あい、あい……」
――言えるか!
イケメンが言うから様になるのであって、こんな地味なヲタ女に言えるはずがない。
「…………それにしても、これ全部くれるんですか?」
「ええ。こずえさんのためだけに用意したものですから」
高級マシュマロ。一千万円分の課金カード。箱詰めの白薔薇。
手作りのチョコをあげただけでこんなにもらってしまっては、バチが当たりはしないだろうか。
「……まあいいや。とりあえず早速課金しますか」
「どれにします? 『マジック&サマナーズ』? 『IDOL=MY STARS』ですか?」
「どんなゲームでも負ける気がしませんね」
私とスバルさんは窓際に箱詰めの白薔薇を飾り、高級マシュマロをつまみながらゲームにのめり込んでいくのであった。
〈おわり〉
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