短編09・若社長とひな祭り
それは三月に入ったばかりのことである。
私――藤井こずえと、夫であり社長のスバルさんが藤井コーポレーションの一階ロビーに入ると、目に飛び込んできたのは大きなひな壇。
「うわあ、豪華ですねえ」
私は思わず歓声を上げる。
「取引先から弊社の創立五周年のときにいただいたものなんですよ」
隣でスバルさんがそう解説する。
「ずっとしまいっぱなしだったんですが、倉庫を整理していたときに見つけたので、せっかく三月だし飾ってみようかと」
そう言われてみれば、そろそろひな祭りか。
ひな壇は一般家庭では飾れないほど大きくて華やかなものだった。――いや、もしかしたらスバルさんと暮らしてる家でなら飾れるかな?
「こずえさん、ひな壇をバックにふたりで撮りませんか?」
「いいですね」
スバルさんの提案に従い、雛人形の並ぶひな壇が写るように調整して、スバルさんがスマホで自撮りしてくれた。
「やっぱり最初に育てるなら女の子がいいですね」
スマホを見ながら不意に、スバルさんがそんなことを口にする。
「一姫二太郎って言いますもんね」
私はうなずいた。
ちなみに一姫二太郎とは、最初に産むなら育てやすい女の子、二番目は男の子が理想的という意味である。決して女の子一人と男の子二人がいいという意味ではないので注意されたし。
「ちなみにですけど、スバルさんは子供何人ほしいですか?」
「こずえさんの血が流れているなら、十人でも二十人でも」
「それちょっと私の身がもたないですね」
アフリカの大家族かな?
「そうですね、流石に言い過ぎました。でも、もし子を授かるなら運を天に任せてみようかな、と」
「こればっかりは運次第ですからねえ」
そんな感じで和気あいあいと会話を交わす私たち夫婦を見つめる視線があった。
「はぁ~、社長のあの幸せそうな顔……」
「旧姓能登原さんが羨ましい……でも社長は能登原さんにしかあの顔しないのよね……」
「もうあの二人見つめてるだけで多幸感ある……」
「わかる……」
「これからも末永くあの二人を見守れますように……」
――非公式の社長ファンクラブは、現在『社長夫妻を見守る会』に名前を変えていた。もちろん会長は変わらず健在である。
今日も藤井コーポレーションは平和です。
〈続く〉
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