短編06・若社長と年を越すだけ。

 師走の繁忙期を乗り越え、忘年会も済ませて、いよいよ年末である。

 私――藤井こずえと、夫のスバルさんは、こたつでぬくぬくしながら年越しを迎えるのを待つばかりであった。

 家政婦の三谷さんには年末年始のお休みをとってもらっているが、「冷蔵庫に入れておくのでお正月になったら是非召し上がってください」とおせち料理を作り置きしてくれた。

 三谷さん、おせち料理を全部手作りできるなんてすごいなあ……。なにより、その心配りが嬉しい。

 私も負けじと年越しそばを作る準備に取り掛かった。そばを茹でて海老天と刻みネギを乗せるくらいなら、私にもできる。

「こずえさん、なにかお手伝いすることはありますか?」

 キッチンに、ひょこっと顔だけ覗かせるスバルさん。可愛い。

「お気持ちはたいへんありがたいのですが、危ないのでこたつに入って待っていてください」

 失礼のないよう、丁重にお断りする。

 スバルさんは料理下手である。家族にも「絶対に包丁を持つな」と通告されるレベルである。昔、一度だけゆで卵を作ろうとして爆発させたことがあるらしい。何がどうしてそうなるんだ。

 本人も料理をしてはいけない自覚があるので、おとなしくこたつに戻った。

 年越しそばを啜り、テレビで流れるカウントダウンを二人で静かに見守る。

「――三、二、一! ハッピーニューイヤー!」

 テレビの中の芸能人たちは、てんやわんやの大騒ぎをしている。

「こずえさん、あけましておめでとうございます」

「こちらこそ、今年もよろしくおねがいします」

 改まって、二人でぺこりと頭を下げる。

 ……一人暮らしのときは、正直年が進んだからなんだっていうんだ、と内心バカにしていた。

 西暦がひとつ進んだくらいで、お祭り騒ぎの馬鹿騒ぎ。

 今にして思えば、ひとりぼっちのやっかみだったのだろう、と思う。

 だって、スバルさんと迎える新年は、こんなにも尊く感じるから。

「ところでこずえさん、姫始めってご存知ですか?」

「へえ~、社長は新年早々下ネタをおっしゃるような方だったんですね、へえ~」

「ごめんなさい調子に乗りました」

 前言撤回。あんまり尊くなかった。

 年越しを待ちながら熱燗を飲んでいたから、スバルさんも少し気が緩んでいるのかもしれない。

 その後、こたつの中に入りながら向かい合って携帯ゲーム機を突き合わせ、私達は対戦に興じる。

 昔は通信で対戦するためには専用のケーブルが必要で、しかも別売りとかいう今となっては信じられない環境だったらしいが、今は無線で対戦できる。時代は変わるものである。

 そういう意味でも、年越しを重ね、西暦を進めることには意義があるのだろう、と私はひとり納得した。

「あーもう、スバルさん強すぎますよ! 社長業やってて忙しいはずなのに、なんで私のモンスターよりレベル高いんですか!」

「こずえさんの時間の使い方に無駄があるのでは?」

「ハァ~!? 腹立つ~!」

 台詞だけ見ると喧嘩しているように見えるが、ふたりとも幸せな笑顔。

「あー負けた負けた! クッソー絶対リベンジしてやるからな!」

「こずえさん、言葉遣いが荒くなってますよ」

 こたつに入ったままゴロン、と寝転がった私に、膝立ちでスバルさんが近づいて、なんだろう、と思ったら顔を覗き込まれ、唇が重なった。

「――こずえさん、先ほどは冗談めかして言ったのですが、わたくしわりと本気なんですよ」

「な、何のお話でしょうか……?」

「姫始め」

 スバルさんは目を細めて、妖しく笑う。

「……。…………布団敷くので、それまで我慢してください」

「はい」

 語尾にハートマークでもついていそうな、甘い声。

 私は、何時に起きれるんだろう、と思いながら、ベッドメイキングの準備に入るのであった。


 翌日――と言っていいのだろうか。年越した時点で当日というべきか。

 お昼ごろに目覚めた私達は、シャワーを浴びてから初詣に行くことにした。

 本当は振り袖を着ていきたかったが、私は着付けできないし、スバルさんにやらせたら第二ラウンドが始まりそうだし、着付けができるらしい三谷さんも休みである。三谷さん何でもできるな。

 なので、私もスバルさんも普段着でお参りに向かった。

 私は緑のダウンジャケット、スバルさんは黒のロングコート。並んで立つと、ちょっと不釣り合いだなあ、と思う。なんというか、上着の高級感の違いというか。ダウンジャケットはどうしても着ぶくれしてしまうけど、スバルさんのコート姿はすらっとしていて画になる。スバルさんはそういうの全く気にしてないみたいだけど。

 昨年お世話になったお守りをお焚き上げして、無料配布されている甘酒を飲みながらお参りの順番を待つ。

「うーん……」スバルさんは何やら考え込んでいる。

「どうしました?」

「いえ、お賽銭、いくら入れたらいいんだろう、と思いまして……。ご縁がありますように、と五円玉を入れるのはよくある話ですが、すでにこずえさんとのご縁は結ばれてますよね?」

「……まあ、そうですね」

「わたくしはいくらお賽銭を振り込むべきなのでしょうか……」

 真剣だ。この人、真剣に悩んでる。

「適当に、気持ち程度でいいんじゃないですか?」

「じゃあ、一万円とか……?」

「これだから金持ちは……」

 私は額に手を当てる。

「いえ、こずえさんとのご縁を結んでくださった神様に、感謝の気持ちを込めて奮発をですね……あ、いっそ小切手とか入れたらどうでしょう?」

「神主さんが困ると思うのでやめましょうね」

 そもそも、縁結びの神に願った覚えもないので、感謝もなにもない。

 結局、「硬貨の中で一番高いから」という理由で、スバルさんは五百円玉を賽銭箱に投げ入れていた。

 二礼二拍手一礼。さて、手を合わせて目を閉じたが、何を願ったものか。

 こういうお参りとかお墓参りとかで目を閉じた時、基本何も考えられなくなるのが私の悪い癖である。うしろ詰まってるから早くどかなきゃ、とか思ってしまう。

 とりあえず、「いつも見守ってくださってありがとうございます。これからもよろしくおねがいします」と心に念じた。

 神様なんて信じてなかったけど、スバルさんという素敵な旦那さんと結ばれた奇跡を目の当たりにすると、信じてもいいかもしれない、とも思う。

 目を開けて隣を見ると、スバルさんが微笑んで私を見ている。

 なんとなく気恥ずかしくなって、私はスバルさんと一緒に、次の人のために賽銭箱の前を去る。

「あ、そうだ、お守り」

 神社を去る前に、社務所に寄ることにした。

「何のお守りを買うんですか?」と、スバルさんが首を傾げる。

 ――そういえば、何のお守りを買えばいいんだ?

 私はお守りの並ぶ受付を見て、はたと立ち止まる。

 縁結び・恋愛成就は、先程述べた通りすでに叶っている。金運……も、スバルさんの財力を見れば意味がない。水子供養? いやいやまだ出来てすらいない。

「……えっと、健康祈願で……」

 無難。あまりにも無難。しかし健康は何よりも大事なものである。無病息災、大事。うん。

「はい、こずえさんの思いは受け取りました」

「はい? 思い?」

「これからも健康でバリバリと、馬車馬のように働く所存です」

「そこまで思ってません」

 まあそんな漫才はともかく、お守りを二つ買って一つをスバルさんに渡すと、スバルさんは宝物をもらったようにうやうやしく受け取るものだから、困惑してしまう。

「だって、わたくしからこずえさんに贈り物をすることはあっても、こずえさんに何かをいただけることはそう多くありませんから」

 そう言って、スバルさんは微笑むのである。私、そんなもらいっぱなしだったか……? ……もらいっぱなしだった気がする。結婚費用とか指輪とか。なんか申し訳なくなってくる。

「ああ、いえ、そういう意味でなく。こずえさんからいただけるものは、なんだってわたくしの宝物なんです」

 晴れ渡った冬の青空に、爽やかなイケメンの笑顔。見とれているうちに、「もう用事は済みましたし、帰りましょうか、我が家に」と、スバルさんが私の手を取る。

 縁はすでに結ばれていても、何度でも同じ人に恋をするものなのだなあ、と、私はぼんやり考えながら帰路につくのであった。


〈おわり〉

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