短編04・風邪は天下の回りもの
突然ですが、私、藤井こずえは、不覚ながら風邪を引いてしまいました。
症状は咳、喉の痛み、高熱。手洗いうがい、マスクの常備までしていても、まあかかるときはかかる。
「大丈夫ですか、こずえさん……?」
ベッドに沈む私のそばを、片時も離れないスバルさん。
「大丈夫ではないですけど、大丈夫ですから部屋に戻ってくださいスバルさん……うつしたら申し訳ないので……」
普段はふたり一緒の部屋で寝起きしているのだが、今回は場合が場合なので、私が自主的に客間の方に隔離してもらっている。
「いえ、わたくしに看病させてください。こずえさんに何かあったらと思うとわたくし、夜も眠れません」
「風邪くらいで大げさな……」
ケホ、と咳をしながら私は少し呆れた声を出す。喉が痛いせいか、声がかすれている。
「いえ、風邪が原因で肺炎になる可能性も考えられます。いつでも救急車を呼べるよう、万全の態勢でいなければ……」
いや、だから大げさ過ぎる。
熱で朦朧とした頭でも、それは風邪に対してオーバーキルだとわかる。
「それにしても、誰がこずえさんに風邪なんてうつしたのか……考えられるのは総務部の人間か会議室のカードゲーマーか……至急特定して減給処分に……」
「そういう犯人探し、良くないと思います」
なんかスバルさん、いつにも増して溺愛具合がヒートアップしている気がする……。
いや、元から私の肩に触れただけで男性社員を左遷させようとするほど独占欲の強い人間ではあるのだが。
「それにしてもひどい熱ですね……汗、かいてるでしょう? 体拭きますから、脱いでください」
「家政婦さんを呼んでください」
この家には三谷さんという妙齢の女性の家政婦さんが働いている。今は一階のキッチンでおかゆを作ってくれているはずだ。
「こずえさん……裸なんて、お互い見慣れているでしょう……?」
「家政婦さんを! 呼んで! ください! 言い方が変態臭い!」
なんだ? スバルさんどうした?
「こずえさんから『変態』いただきました……!」
「なんで喜んでるんですか!? マゾだったんですか!?」
社長業やってる男性にはSMクラブに通っている人が多いという話も聞くけど、マジかー……スバルさんもそっち系の人かー……。
いや、漫画で得た知識だから、どこまで本当か分からないけど。
「あの、スバルさん、本当に怒りますよ?」
「へえ、こずえさんが怒ったら、どんな罰(ごほうび)がいただけるんですか?」
『罰』にとんでもないルビ振りやがったぞこの人!?
「家でも会社でも『社長』としか呼びませんし、よそよそしい態度になりますがそれでもいいですか?」
「家政婦の三谷を呼んできます」
私がスンッと無感情に言うと、スバルさんは部屋から飛び出していった。
「ふう……」
私はケホ、と咳をしながらまたベッドに身体を沈める。
スバルさんの様子がおかしい。なんであんなハイなんだ。しかし、高熱のせいで頭がうまく働かず、考え事ができない。
やがて、おかゆのはいった土鍋を持ちながら、三谷さんが来てくれた。
「今、身体をお拭きいたしますね」
「お手数おかけします……」
「こちらこそ、坊ちゃまがご迷惑をおかけしました」
私の服を脱がせながら、三谷さんは申し訳無さそうに眉尻を下げる。
「え? 坊ちゃま、って……」
「ああ、今は旦那様、と呼ぶべきですね。実は私は大旦那様――スバル様のお父様に雇われて、こちらに派遣されている者なのです」
今はじめて知った事実である。
「ほら、旦那様は料理がからっきしでしょう。大旦那様は『大学の学費以外は全部自分で稼げ』とは言ったものの、料理のできない旦那様を心配して、私を寄越しているのです」
なるほど、考えてみれば、料理のできないスバルさんが学生時代の食事をどうしていたのか不明だったが、やっと合点がいった。
なんだかんだでスバルさんに甘いお父様である。
「それと、ですね……非常に言いづらいのですが……」
三谷さんは私の身体をタオルで拭きながら、言うべきかどうか迷っている様子で言葉を濁す。
「まだなにかあるんですか……?」
「おそらくですが……奥様に風邪をうつしたのは旦那様です……」
「えっ」
「旦那さまもひどい熱を出していらっしゃるご様子で……そのせいでテンションが異常に高いのかと……」
「すっ、スバルさんを止めて! 出勤させないでください!」
スバルさんはたびたび他の部署に顔を出すことで有名である。社長のせいで会社中に風邪が蔓延してパンデミックとかシャレにならない。
「すでに旦那様はベッドに縛り付けてあります」
「えっ……三谷さん有能……」
さすがスバルさんのお父様の元から派遣されてきているだけのことはある。
こうして、私とスバルさんは三谷さんの看病を受け、数日後には無事に復帰した。
ちなみにスバルさんは風邪を引いている間のことはほとんど覚えていなかった。
〈おわり〉
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