短編02・若社長と遊園地デート!

「こずえさんって遊園地とか興味ありますか?」

「遊園地?」

 スバルさんの突然の提案に、私、藤井こずえは疑問符を浮かべる。

「実は取引先の方から遊園地の優待券をいただいてしまったんですが」

 スバルさんは遊園地のロゴが印刷されたチケットを二枚、長財布から取り出す。

「あ、デスティニーランド!」

 デスティニーランドは『運命と奇跡の国』をキャッチコピーにしている有名なテーマパークだ。商品にかけられた税金は高いが、その分サービスの質も高い。

「この優待券があると入園料が安くなるだけでなくアトラクションに並ぶ時間も特別に短縮されるんですよ」

 そう言われてしまっては行く以外の選択肢はない。

 今週の日曜日に行く約束をした。


 ***


「それにしても、私たち家に引きこもるの好きな設定の割には結構色んな所に出かけてますよね」

「そんなことはないですよ。特に本文に書くことがないだけで、普段はずっとおうちデートしてますからね。まあ結婚してるのでおうちデートも何もないんですが」

 約束していた日曜日、私たちはメタ発言をしながらテーマパーク内を歩いていた。

「あと、そうですね……あまりこういう事を言うのは恥ずかしいんですが、自分の好きな人を他人に見せびらかしたくなるのが男心と言いますか……」

「本当に恥ずかしいですね」

 私はそっけなく返せたはずだが、顔は多分赤くなっている。

「まずは何に乗りましょうか……こずえさんは興味のあるアトラクションありますか?」

「やっぱり遊園地に来たからにはアレに乗っておきたいですよね」

 私はそう言って『フール』という名のジェットコースターを指差す。

「初っ端からヘビーなものを選びますね……面白そうなので行ってみましょう」

「ノリの良いスバルさん大好きですよ」

 軽快なトークを繰り広げながら、私たちは遊園地の従業員に優待券を見せる。三時間待ちの行列を横目に、特別枠のゲートに並ぶことが出来たので、五分ほどですぐ乗れた。

 アトラクションの待ち時間中に会話に花を咲かせることでさらに仲を深めるカップルもいるとは聞くが、まあ早く乗れるに越したことはない。

「わーっ!」

「ヒュー!」

 そんな歓声を上げながら、乗客たちはジェットコースターを楽しむ。

 ふと、隣から声が聞こえないことに気づいて横のスバルさんを見ると、完全に無表情だった。……あれ? 楽しくないのかな?

 やがてジェットコースターはスタート位置に戻って止まる。

「す、スバルさん? 大丈夫ですか……?」

 顔から表情を失ったままのスバルさんに声をかけると、彼は力なく呟く。

「酔いました……」

 私は慌ててスバルさんを支えてジェットコースターから降ろし、休めるベンチを探したがカップルや家族連れが全て占拠している。

「スバルさん、もうちょっと我慢してくださいね」

 私は優待券を見せてスバルさんと『ホイール・オブ・フォーチュン』と呼ばれる観覧車に乗り込んだ。

「実はジェットコースターに乗ったのは初めてでして……お恥ずかしいところをお見せしました」

 観覧車の席に座ると、スバルさんは少し楽になったらしい。

「そうだったんですね……ごめんなさい、私のワガママで……」

「いえ、こずえさんのご要望はなるべく叶えてあげたくて……それに、わたくしも興味本位で乗ってみたいと思ったのは本当なんです」

 スバルさんは少し青白くなった顔で無理に笑った。

「少し……横になってもいいですか? お膝を貸していただければすぐ良くなると思うので……」

「私の膝でいいならいくらでも貸しますよ」

 観覧車で良かった。もしベンチが空いててそこで膝枕なんかしたら、カップルが多い場所とはいえ目立ってしまう。

「……ああ、この視点から見るこずえさんは新鮮ですね……」

 そんなことを言ってスバルさんは私の頬に手を伸ばす。

「思ってるよりは余裕ありそうですね」

 スバルさんのなすがままに頬を撫でられながら私は冷静に返す。

「そんなことはありませんよ。ただの役得です」

「はいはい。観覧車が一周したら降りますからね」

 ホイール・オブ・フォーチュン。『運命の輪』……か。

 このデスティニーランドのアトラクションにはタロットカードの名前を冠した物が多い。さっきのジェットコースターの『フール』は『愚者』の意味だ。

 そのタロットをテーマにしたこの遊園地こそが、『運命と奇跡の国』と呼ばれる所以なのである。

 輪の形をした観覧車はまさしく運命の輪の名にふさわしいだろう。

「ふう……堪能しました……ではなく、すっかり気分が回復しました」

「いま一瞬本音漏れましたよね?」

「漏れてません」

 スバルさんが身を起こした頃には、観覧車は頂上に上り詰めていた。

「いい眺めですね」

 観覧車の頂上は、園内全体を見渡せる。

 ふと、スバルさんの手が私の左手に伸ばされる。

「今でも夢を見ているような気分なんですよ」

 スバルさんの指は私の薬指の根元にある硬質な指輪に触れた。

「……」

 私も右手でスバルさんの左手を探る。そこにもやはり指輪がはまっているのである。

「『運命と奇跡の国』……でしたっけ? わたくしたちの出逢った運命と奇跡を確認するのにおあつらえ向きの国ですね」

 スバルさんは蜂蜜みたいなとろけた顔で笑う。

 ……誰にも見えない観覧車の頂上で良かった。スバルさんのこんな顔を他人に見せるわけにはいかない。というか、見せたくない。

 やがて、観覧車が乗車位置に戻る頃には、スバルさんは元の顔に戻っていた。

「次は、わたくしが行きたいところに行ってもいいですか?」

「それは構いませんけど」

 私のワガママでスバルさんを酔わせてしまったのだ。拒否権はない。

 ――拒否権はない、けれど……。

 スバルさんに手を引かれて着いた場所は、『デス・サーティーン』と書かれた、いわゆるお化け屋敷の前だった。

「……あの、スバルさん」

「はい」

「私のこと調べてるなら、私がオバケ苦手なのも知ってますよね?」

「もちろん存じております」

 そう言って、スバルさんは爽やかに笑う。

 スバルさんに背を向けて逃げようとするが、即座に手首を掴まれてしまう。

「い、いやだーッ!」

「おや、さっきわたくしがジェットコースターで酔ったのをもうお忘れで?」

「観覧車で膝枕してあげたんだからチャラでしょー!?」

「まあまあ、このアトラクションは乗り物に乗るだけですから。ご自分の足で進むよりはよっぽどマシだと思いますよ?」

「うぐぐ……」

 スバルさんに手を引かれ、お化け屋敷に引きずり込まれる。

 お化け屋敷というのは、外観から内装からおどろおどろしく、不気味で近寄りがたい雰囲気がある。まあ人を怖がらせるためなのだから当然ではあるが。

 そして、よりにもよって私たちは乗り物の最前席であった。一番近くでオバケが見られる。最悪だ。

「怖かったら目をつぶってしがみついてていいですから」というスバルさんの言葉に従い、私は出発前から既に目をつむりスバルさんの袖を握っている。

 ブーッと映画館の上映ブザーのような音が鳴って、ギィ……と乗り物がきしみながら動き出す。

 クスクス……ケタケタ……

 おそらくオバケが笑っているだろう声がして、後ろの席から悲鳴が聞こえる。

 そして、こういうお化け屋敷ではよくある話なのだが、恐怖に怯えている人間ほど、オバケの被害に遭いやすい。カメラで客の様子を見て人を選んでギミックを発動させるわけだ。

 もちろん、私もその例にもれなかった。

 シャキン……シャキン……とすぐ近く、耳元でハサミの音がする。

「うおっ……」

 このまま耳を切り落とされるのではないか、という恐怖で、私は目をつぶったまま固まってしまう。

 さらにトドメを刺すように、目をつぶってうつむいた私の首元めがけて、息を吹きかけるようにプシューッと空気を噴射される。

「ギャーッ!」

 私はたまらず隣のスバルさんに抱きついてしまう。

 おそらくスバルさんのものであろう手が、優しく私の背中を撫でる。少し安心した。

 やがて目をつぶってても視界に明るさを感じ、シュー……と音を立てて乗り物が停まった。どうやらスタート位置に戻ってきたらしい。

「こ、怖かった……」

「もう目を開けても大丈夫ですよ、こずえさん」

 目を開けると、スバルさんの優しい笑顔がすぐ近くにある。

「す、すいません」

 未だに抱きついていたのに気づいてパッと離れると、スバルさんはちょっとだけ残念そうな顔をしていた。

 お化け屋敷の出口にはアトラクションの途中でいつの間にか撮られた写真が並んでいて、スバルさんが「こずえさんが怯えている写真全部買っておきましょう」と意地悪を言うので軽くポカポカ叩いた。

「っていうか、スバルさんオバケとか怖くないんですか?」

 お化け屋敷を出て、私が訊ねると、スバルさんはフッと笑う。

「世の中、オバケよりも生きている人間のほうが怖いものですよ……」

 セリフに闇を感じたので、それ以上は聞かないことにした。やっぱ社長業って色々あるんだろうな……。

「それにしても、先ほどよりも随分人が増えてきましたね」

「そろそろパレードの時間なんじゃないですか?」

「はぐれないように手を――」

 スバルさんがそう言った刹那、ドッと人波が押し寄せた。手をつなぎそこねて、スバルさんが人混みに紛れて見えなくなる。

「スバルさん!?」

 とにかく、ここから離れないと押し流されてどこに行くかわからない。

 私は人混みをかき分けて、なんとか人の波から脱出した。

 どうやら、スバルさんとはぐれる前の位置からそう遠くには連れて行かれなかったらしい。

 これからどうしようか。こういうのってあんまり動き回らないほうが良い気がする。とりあえず近くのベンチで休みながら、スバルさんが戻ってくるのを待つか――。

 と思っていたところに、誰かが私の手を握った。スバルさんではない。明らかに手が小さい。

 視線を下に向けると、小さな男の子が泣きそうな顔でこちらを見上げていた。

「ママ……」

 私にいつの間にか子供が……?

 って、んなわけがない。迷子かあ……。

「こんにちは。今日はママと一緒に来たの?」

 私はしゃがんで男の子と目線を合わせ、なるべく優しい口調で話す。

「ママと、パパと、いもうと……」

「へえ、四人で来たの。にぎやかで素敵な家族だね。私は一人っ子だから妹いないんだ。うらやましいな」

 私は、自分が両親と一緒に遊園地に来た遠い記憶を思い出す。小さい子供は乗れるアトラクションが限られているけれど、父や母と手をつないだ記憶は温かい。

「私はこずえっていうんだけど、自分のお名前は言えるかな?」

「たくま……」

「タクマくんね。実は私も迷子になっちゃったんだ。一緒に迷子センターまで連れてってくれないかな?」

 この年頃の男の子はプライドが高いというか、自分が迷子になったことを恥ずかしがる傾向がある。だから、迷子になった私を迷子センターに連れていくという体を作る。

「おねえちゃん、迷子なの? しょうがないなあ」

 なんて言うもんだから、思わず微笑ましい気持ちになる。

「えーと、迷子センターは、と……」

 私はデスティニーランドのエリアマップで位置を確認して、タクマくんと手をつないで迷子センターに向かった。

 迷子センターの受付でタクマくんのご家族の呼び出しと、ついでにスバルさんも呼び出してもらう。

 五分もしないうちに、スバルさんが全力疾走で迷子センターに駆け込んできた。

「はあ……はあ……こずえさん、ご無事ですか!?」

「ええ、まあ無事です」

「良かった……はぐれたときはどうしようかと……」

 と、スバルさんの視線が、私と手をつないだタクマくんに注がれる。

「……あの……その子はどちら様との子で……?」

 スバルさんは口元は笑っているが、黒いオーラが出ている気がする。タクマくんがビクッと身を震わせた。

「スバルさん、誤解です。落ち着いてください」

 私が冷静に対処していると、「タクマー!」とタクマくんを呼ぶ声が聞こえてきた。

「あ、パパ! ママ!」

「タクマ! よかった、よくここまで一人で来れたな」

「ううん、おねえちゃんが迷子になってたから連れてきてあげたの」

 タクマくんが私を指差す。

「ああ、そういうことか。すみません、うちのタクマがお世話になりました」

「いえいえ」

「おねえちゃん、バイバーイ!」

 タクマくんはご両親に手を引かれて去っていった。

 私も手を振り返すと、突然「こずえさん、すみませんでした!」とスバルさんが深々と頭を下げる。

「どうしたんですか?」

「わたくしはなんと愚かな……一瞬でもこずえさんを疑ってしまい……」

 何のことだろう、と一瞬ピンとこなかったが、もしかしてタクマくんを誰の子だと問いただした件だろうか。

「気にしてないんで大丈夫ですよ」

「いえ、それではわたくしの気が済みません。どうか何なりと罰を……!」

「罰って……」

 迷子センターのスタッフが興味津々といった様子でこちらを見ていて恥ずかしい。

「なんでしたらもう一回ジェットコースターに乗っても構いませんので……」

「いや、それまた酔ったら介抱するの私なんですけど」

 罰なんて与える気はないのだが、こうなったときのスバルさんは妙に頑固である。

 どうしたら納得してもらえるのか……。

 ふと、私は思いついた。

「じゃあ、買ってほしいものがあるんですけど――」


 ***


「こんなものでいいんですか?」

「こんなものってなんですか、私のほしかったものに向かって」

「いえ、失礼いたしました」

 デスティニーランドの売店。

 私はずっと欲しかったデスティニーランドのマスコットキャラクターの巨大なぬいぐるみを抱きしめてホクホクしていた。

 こういうぬいぐるみに憧れはあるものの、自腹で買うには躊躇するお値段である。

 持つべきものは金持ちの旦那。

「へへ、だきまくら代わりに抱きしめて寝るんだ~」

 持って帰れる大きさではないので郵送の準備も済ませて、私はごきげんであった。

「だきまくらなんてわたくしで充分でしょう」

 スバルさんはふてくされたような顔を向ける。

「いや、人間をだきまくらにするのはちょっと……身体の下に敷いた腕が重くてしびれるんですよ……」

「それはそうですが」

 私をだきまくら代わりにして寝た経験のあるスバルさんは納得したようであった。

「それに、子供が生まれたときにこういうぬいぐるみで遊んでもらえるといいですよね」

 私は、昼間に出会ったタクマくんを思い出す。

 ああいう素直な子が我が家にいたら、きっと楽しい。

「おや、産休を取る決心がつきましたか?」

 ハッとしてスバルさんを見ると、とても嬉しそうな顔をしていらっしゃる。

「あ、いえ、あの」

「家に帰るのが楽しみですね」

「あああ……」

 どうやらもうデスティニーランドを出なければいけないらしい。

 後ろ髪を引かれる思いで、私はスバルさんに引っ張られていくのであった。


〈おわり〉

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