第七幕 オープニングイベント
「○月×日に、家電量販店の新装開店イベントですね?わかりました。」
「失礼します。」と、私はスマフォの電源を切った。
家電量販店・・つまり電気屋さんかな? に関わらず、「この手の仕事は下積み時代は多い」と先輩や同僚は言ってた。・・実際、電気屋さんのイベントは初めてじゃないし、デパートやスーパーのイベントにも出た経験はある。・・・ほとんどが数十人、多くて百人くらいのお客様だ。
(・・でも、今度は歌を歌わせてもらえる!一生懸命頑張ろ!)
そしてイベント当日を迎えました。
・・・・・・・・・
「何、この規模!!!!???」
・・・どう見ても観客は軽く4桁は、いる。
・・・・・私は唖然としてしまった・・・
私の名前は瀬戸口舞亜。「せとぐちまいあ」と読む。年齢は・・20代まだ前半だ。・・前半だよ!?
そして私の職業と言えば・・・「声優」、主に「アニメ声優」だ。本名ではなく「瀬戸ミーナ」と言う名前で活動している。
・・アニメ声優と言っても、エンディングテロップのキャスト紹介で、役名が流れないような役がほとんどだ。出ても一話だけのちょい役・・メインなんてまだまだ!! という、要するに売れてな・・・これから売れる声優!
・・・でも当然、アニメの仕事だけでは生活できないから、所属している事務所や同じ業界の同僚や先輩から飛び込みの仕事を紹介してもらって+親からの仕送りで何とかやっている。
「仕送り無しでもやっていく!」・・と言いたいところだけど、なかなかそうはいかないのが現実。「なかなか芽が出ない仕事なんでしょ?出世払いでいいよ。・・・今はね。」とは母親の弁。・・・最後の一言がとっても気になるけど、一応理解ある親に感謝しておこう。ありがたや。
そして今回もらった仕事は、「瀬戸ミーナ」の唯一にしてデビュー曲を歌わせてくれる(名が知れてない声優でも歌を出す時代なんだよ・・上手いかどうかは別にして・・・)ということで張り切って来た訳だけど・・何、この客数!?聞いてないよ!!?
私のマネージャー・・まぁ、私だけ見ている訳ではないから専属という訳じゃないけど・・に聞いてみると、「・・MO電気は全国展開する業界最大手よ。そこで「日本最大級の家電量販店」を出すってことで、新聞やニュースでもちょこちょこ話題になったじゃない。・・・これくらいは当然よ・・・」
そんなのチェックしてない~~~!!!
正直私は、・・まぁゲームくらいはするけど、機械とか電化製品は苦手だし、興味もあまりない普通の女の子だ。
ん?声優やってて20代なら「普通の女の子」とは言えない?・・・前半はともかく、後半は聞こえない!
でも、そう言ってるマネージャーも、表情や口調が普段と違って動揺している感じなんだけど・・・これって・・・
この人も、ここまでとは思ってなかったな。やばいじゃん。
だけど、これだけではすまなかった・・・さらに追い打ちをかける出来事が起こったんだ。
「七樹アクアさん、はいります!!」
スタッフの声に、たぶんここにいる全員が声の方を見た。そこにいるのはステージ用のメイクこそしていないけど、
(な、・・七樹アクアさん、本物だ!!)
こんなの動揺しない方がどうかしている!!!
「七樹アクア」―「ななきあくあ」と読む。― は、アニメ界を代表する声優の一人・・にして、超一流のアーティストの一人だ。愛称は「アクア様」・・様付けだよ!?。
メインキャストは数知れず。のみならず、アニメ主題歌も数多く手がけ、なんと、紅白すら出たことがあるのだ。紅白だよ紅白!!?
同じ声優として憧れないはずがない。もちろん私も大大大ファンだ!!
・・はっ!・・・と、とにかく挨拶しないと!
「よ、よろしくお願いします!!」
緊張で上ずった声!素人か!!?
私の勢いにアクア様はちょっとだけ驚いたようだけど、同じ様な経験があるのだろう、すぐに柔和な表情に戻り、
「よろしくお願いします。頑張りましょうね。」
と返して頂いた。うわぁ~、感激!!
・・・ますますやばい。何がやばいって、緊張がやばい。
(こ、これってアクア様生ステージだよね?ならこの観客数はうん、納得。・・で、私は歌って前座で・・)
あ、頭がこんがらかってきたし、心臓バクバクしてる。「前門の大観衆後門のアクア様」って四字熟語あったよね?違う、ことわざ・・?
そ、そうだ!マネージャー!・・・いないし!
(そ、そう言えばここのスタッフとの最終打ち合わせがあるから、・・とか、聞いたような聞かないような・・・ちょ、嘘!?マジでテンパってる!!?)
(・・・さっきの子、緊張しすぎかな?)
マネージャやスタッフと打ち合わせしながらも、七樹アクアは少し気になっていた。
プログラムを確認するに、「瀬戸ミーナ」新人の声優さんだろう。正直、私と初対面で緊張するという同業者の方はそこそこいるし、少しは大物になれたという自覚はある。
・・が、あそこまであからさまに緊張しているのは、存外珍しい。おそらく、このクラスのステージを経験したことも無いのだろう。
(初めての大観衆で緊張するのは仕方ないけど、あれだと最悪ステージが止まっちゃうかも・・)
私の経験上、ああいう状態の時は「頑張って」とか「緊張しないで」は逆効果なこともある。逆に追い詰めて緊張させてしまうのだ。・・あれ?私さっきやっちゃった?
・・・もし言うなら、「失敗しても大丈夫だよ」と言った言葉だけど、・・これも私の立場で言うのは逆効果になりかねない。きちんと丁寧に言わないと(あ、私なんていらないんだ・・)と解釈されかねないからだ。
だけど、私もまだ準備ができていないので、そこまで言える時間的余裕はない。どうにか自力で立ち直って!
だが、そんな七樹の願いは叶わなかった。・・と言うより、悪化していた。
数千人規模のイベントは初めての新人声優「瀬戸ミーナ」は、衣装スタンバイは終わっていたものの、・・顔面蒼白であった。
おそらく、マネージャーか関係スタッフの誰かが七樹がスタンバイしているうちに、「頑張って」や「緊張しないで」といった類の言葉を言ってしまったのであろう。どうコンディションを持っていけばいいか、完全に迷ってしまっているようだ。
(・・・これだと彼女、ステージに行けないかもしれないし、行けてもたぶん何もできない・・・)
(彼女には悪いけど、ここは私だけ出るように進言した方がいいかも)と思っていた矢先、それは起こった。
「・・えっと、瀬戸ミーナさん、ですっけ?そろそろ出番なんで準備良いですか~?七樹さんまで、つないでくれたらいいんで~」
ステージ裏全体が凍り付いた。
店舗のスタッフを示すジェケットを羽織った、見た目30代前半の男性が、気だるそうに言ったのだ。何でもないように。
「・・な、な・・・」
「ぁ~、いや、別にプロだから仕事ちゃんとしてくださいよ、とかいう気はないです。自分、「瀬戸ミーナ」何て名前知らなかったですし~」
「!!・・・・・」
あまりの言いように、ショックから徐々に怒りの表情になるミーナ。慌てふためく関係スタッフ。だが、失礼な男の言葉は続く。
「・・ま~、たぶん、ここにきてる観客もはっきりいってアクア様目当てだろうし、・・歌流れても聞かれないかもしれませんねぇ・・・」
「さぁ、どうします?」と言わんばかりの表情でミーナを見る失礼な男性。
「ちょっと、スタッフさ」「・・・やってやるわよ!」
注意しようとしたマネージャーを、かき消すくらいの大声でミーナが叫ぶ。
「そうよね!あなたが言う通り、私を見に来たお客さんなんて、まずいないわよね!だったら、一人でも多くの人に私を!「瀬戸ミーナ」の名前を覚えさせてやる!!」
怒りの形相で男を睨むミーナ。だが、男は「できるかな?」と言った平然とした表情を崩さない。それにもミーナにはカチンと来た。
「せ、瀬戸ミーナさん、そろそろお願いします・・」
「マネージャー!マイク!!」
今までにない彼女の態度に驚き、固まっているマネージャーの手からマイクをひったくると、躊躇うことなくステージ袖へ。
彼女の出番が始まった!
ステージ裏の時間がまた慌ただしく動き出す。瀬戸ミーナの歌、そしてトークが終わったら、本命の七樹アクアの出番だ。
・・・と、ここに先ほど失礼な発言をした男性の姿はない。・・・おそらく、事務所のスタッフか店舗のスタッフ―ひょっとするとその双方―からつまみ出されたのであろう。・・・まぁ、当然である。
「どうなってるの、あの失礼なスタッフ?」「すいません、すいません!!」
ステージディレクターに平謝りする店舗スタッフ・・おそらくはあの男性の上司であろう、に意識を向けながら仕事するスタッフも多かった。
・・だが、七樹アクアは違った。新人「瀬戸ミーナ」のステージを見、あの失礼な男性がいた方向も見て、こうつぶやかずにはいられなかった。
「・・まったく、私も、全力でやるしかないじゃない!」
その日の彼女のステージは、自分でも会心と思える出来だった。
「お疲れ様!良かったわよ!!」
「あ、マネージャー。・・すいません、あんな態度とってしまって・・」
頭を下げるミーナ。だが、マネージャーは首を振り、
「・・あんなこと言われたら怒って当然よ。気にしないで、悪いのはあのスタッフだから。」
「はい・・・すごいですね。アクアさんのステージ・・・」
彼女の出番は無事終わり、今は七樹アクアのステージの真っ最中。観客のボルテージは今や最高潮。それを引き出している七樹アクアをステージ袖から見ていても、最高と表現する他ない。
「流石よね。・・どう?憧れのアクア様の生ステージは?初めてでしょ?」
「・・ええ、すごいです。歌もパフォーマンスも次元が違う。・・私なんか気にしない・・当然ですよね・・」
マネージャーはちょっと驚いて言った。
「・・意外ね。熱烈なファンって言ってたからもっと興奮するかと思ったら、結構冷静なのね。」
この言葉にはミーナ自身も驚いた。そうだ、私は多くの声優仲間と同じく、七樹アクアの大ファン「だった」。
・・いや、もちろん今でもファンであることは間違いないし憧れ、目標の対象ではあるけど、なんて言うか、
「・・まぁ、そのおかげで今回のあなたのステージは成功したんだろうし、結果万歳よね。」
その言葉にまたミーナはハッとなった。そうだ私は、
(「偶像(アイドル)のアクア様」のファンじゃなくて、「大先輩の声優アーティスト、七樹アクア」のファンになってる・・!?)
「・・・えと、・・あの失礼なことを言ったスタッフの方、なんて言う方ですか?」
怒りがぶり返したのかと思ったマネージャーは、慌てて答える。
「も、もちろん、あんな失礼なスタッフ、ここからすぐに追い出したわよ。・・なんでも、この店で働くスタッフじゃなくて、他の店からの応援としてきていたって、ここの店長は言ってたけど・・」
このお店のスタッフじゃないのか・・・
「・・それで、名前は?」
「・・確か「長谷(ながたに)」とか言ってたけど・・」
「長谷・・・」
こうして、新人声優「瀬戸ミーナ」の、MO電気東京総本店におけるオープニングイベントの仕事は終わった。
・・・そして、このイベントを見た声優マニアの一部が、「あの声優、結構いいぞ?何に出てるやつだ??」と言った情報をSNSなどを中心に流し、「瀬戸ミーナ」の名前は少しずつ知れ渡ることとなる。
「「瀬戸ミーナ」か。・・・いいな。チェックしとこ・・」
帰路に就くこの見た目30代の男性も、その一人だ。
・・・これは今からおよそ、一年前の話である・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます