第六幕 ある会社の管理職
「そんなやり方だから、業績が落ち込み気味ではないのですか?」
私が言った言葉に、このフロアの責任者はただただ頭を下げるだけだ。ああ、たぶんわかってないな、この人は。
「いいですか。人気のある商品ばかりを売っていては、多くの場合、売り上げは取れても利益はほとんど取れません。粗利の高い商品を積極的に売らせるようにしないと・・今はどれが該当する商品は把握していますよね?」
「えっと、GAT・・・」
型番をしどろもどろに返す彼。・・・ダメだ、抜けてる。
「・・それとRX708もです。それらの商品を拡販するよう、もう一度通達してください。」
「は、はい。わかりました、部長。」
「よろしくお願いします。」
そう、私は「MO電気」という、全国展開する業界最大手の家電量販店で部長職を任されている。
家電量販店・・まぁ、俗にいう電気屋の店員と言えば、お客様と接客して商品を売るイメージが大きいと思うし、実際多くの社員の業務がそれで間違いではない。
だが、全国展開するこの会社においては、業務は細分化される。私の主な職務は、東京にある5店舗の売り上げ向上あるいは改善に努めることだ。なので正確には「エリア管理部長」という肩書を持つ私は、一つの店舗ではなく東京にある本社が勤務先となる。
私と同じような職務を持つ社員は多くいるが、やり方は大きく三つに分かれると思う。
まず一つは、ほとんど本社(またはエリア支社)にいて、担当の店舗から送られてくる文書あるいはネットワークを通じたデータだけで判断し、メールや電話で指示を出すやり方。
二つ目は、本社に送られるデータは見るものの、どちらかと言えば現場である店舗をよく巡回して直接指示を出すやり方。
そして三つ目は、上記二つの中間のやり方。つまり、一部店舗には本社に送られるデータを基に間接的に指示を出し、一部店舗は直接現場で指示を出すやり方だ。
この三つのやり方は、やり方自体は特にどれが正しいというのはないと思う。担当店舗が多いまたはエリアが広い場合は、間接的な指示出しでないとそもそもこなせないし、能力の高い人ならきっちり結果を出してくれる。
だが私は2番目の直接的なやり方が理想だ。やはり現場でないと見えてこないことも多いし、5店舗というのは定期的に巡店、店回りできない数でもない。
・・いや、正確に言えば現状は3番目のやり方だろう。担当5店舗中4店舗は本社に近かったり、比較的大きな重要度の高い店舗といった感じなので、週に一回は巡店するようにしているが、1店舗だけ来客数、規模ともにそこそこという、・・正直、他担当店舗より重要度の低い店舗がある。
おまけに本社よりやや遠く、方向的にも他担当店舗のついでに行けるようなルートではないため、どうしても後回しになってしまい、間接的な指示がほとんどとなってしまうのだ・・
このやり方でその店舗の業績が向上あるいは悪くても横ばいであれば、さほど問題はないかもしれないが、少しでも陰りが見えてくるようなら行かざるを得まい。
・・ということで、そのめったに来ない店舗「MO電気 穂村店」で現在業務中である。前回からおよそひと月ぶりの巡店だ。
そして、早速一番業績に不安が見える白物 ―冷蔵庫や洗濯機といった家電― の担当者とのやり取りが冒頭のそれである。・・うん、原因は大体わかったから、今後やりやすくなった。
この店は、私の担当5店舗の中では規模が小さいとはいえ、会社全体のそれで言えば中堅、中の下くらいの規模の店舗だ。品数、在庫数は多くはないものの、一応、白物家電部門、黒物 ―TVやレコーダーといったAV(AudioVisual)関連― 部門そしてPC部門という主要部門は揃っている。
余談だが、中堅クラスでも、もっと規模が大きいとこれにアミューズメント ―CDやDVD、家庭用ゲーム― 部門が加わり、さらに大型店舗になると日用品や書籍が加わったりする。超大型になると食料品や化粧品、医薬品さらにはレストランフロアもあったりと、ほとんどデパートという店舗もあったりする。・・・業界最大手は伊達じゃない。
さて、とりあえず当初の目的は果たしたものの、せっかく来たのだから他のフロアも指示を出すかはともかく見ない手はない。この店では店長クラス以外はほとんど顔が知られてない(現に先ほどの責任者も、私を見てすぐにはわからなかった)し、事前連絡も無しの巡店なので、店員の素の姿が見れるだろう。・・はてさて。
AV部門は可も無く不可も無くといった感じかな。あえて指示出しすることも無いだろう。・・と思っていると、
「あんたはこんなこともわかんないのか!?それでも電気屋の店員か!!?」
という怒鳴り声が聞こえた。私の他、店内の他の店員、お客様の一部もそちらを向く。どうやらこれから行こうとしたPC部門、あそこはプリンタ売り場かな?で、店員が接客しているお客様に怒られているようだ。
・・一瞬、自分が対応しようかと思ったが、そうもいかない。こういった場合、現場のスタッフが対応するのがセオリーだ。もちろんそれでお客様の怒りが収まらないようなら部門責任者、それでもダメなら店長。・・それでも収まらないようなら、本社・・となって初めて私が出るべきだろう。・・・お客様にとっては最初から偉い人と話したい方もいるだろうが、そこは会社組織として割り切らないといけない面だ。
と判断して、私はそれとなく様子を伺うことにする。・・その怒られている店員はどうも正社員ではなく派遣社員のようだ。しかも見た目まだ若い、20代前半だろう。
(ここはお客様をとりあえず近くに座らせてから、上司に相談するのが定石だけど・・)
と思っていたら、お客様に何か一言言って、立たせた状態でおそらくは上司のところに離れてしまった。・・う~ん、良くはないけど、怯んでたみたいだからこんなものか・・
・・と、どうやら上司と思われる30代後半くらいの店員に、件のお客様から見えない位置で話しかけているのが見えた。
私の知らない顔だ。・・確かここのPCフロア長は最近変わったはず・・となるとその人かな?・・ともあれ、相手も私はわからないであろう・・聞き耳を立てるべく、不自然じゃない程度になるべく近くに移動する。
「・・・を聞かれて、・・・したら、・・・でお怒りになられている状況なのですが・・」
かろうじて聞けたのはここまでだ。「・・・」部分はうまく聞き取れなかった。・・・決して作者の手抜きではありません、念のため。
「ごめん、こっちも対応中なんだ。とりあえず・・・に座らせて。・・・は今空いてる?」
「・・・さんも今、電話対応中の様でして・・」
早口すぎて全部聞き取れなかった。セオリー通り座らせる指示は出してるけど、この社員も別件対応中か。
「あー、・・・の件か~。・・う~ん、まだ・・・けど、聞いてみて。」
「・・わかりました。」
と言って離れるおそらくは派遣社員くん。おっと、聞き耳に気づかれたらいけない。さりげなく離れよう。
そして、上司の指示通り、お客様をカウンターに案内して掛けさせると(立っていると座っているのとでは、イライラは全然違うのだ)、再びお客様から離れ、スタッフ用のブースに向かう派遣社員くん。
(う~ん、あそこは白物に近いからさっきの責任者に見られるかもなぁ。・・ちょっと商品を見る振りしていよう。)
幸いというか何と言うか、キーボードやマウスを置いているブースだったので、展示機を確かめる振りをする。・・あ、ちょっと埃溜まってる。
そして5分くらいして、派遣社員君がお客様の元に戻ってきた。しきりに謝った後、ここからは聞こえないがお客様と話をする。・・うん、どうやら大丈夫そうだ。
ホッとした気持ちでいると、自分の対応が終わったのであろうか、先ほどの上司と思われる社員も心配そうに派遣社員君とお客様の様子を確認し、同じ様にホッとしているようだ。
一応、内容は聞いて見てもいいだろう。件のお客様の視界を気にしつつ、上司の社員に話しかける。
「お疲れ様です。本社エリア管理部の皆口と言います。」
私は首にぶら下げているID付きの社員証を示すとともに、名刺も差し出す。
「あ、お疲れ様です。PCフロア長の広田です。」
やはりPC部門の責任者、PCフロア長だったようだ。
「すいません。つい様子を伺ってしまいましたが、・・どうやら大丈夫そうですね。」
私は、今は怒りが納まった様子のお客様と、対応している社員の方に目線をやりながら言った。言わんとしたことに気付いたのか、広田フロア長も苦笑して返す。
「・・いえ、こちらこそ不安にさせたようですいません。彼、宮本というんですが、は知識がない方ではないのですが、うろ覚えのところを聞かれて、しどろもどろになったことを怒られてしまったようで・・」
「ああ。・・彼、まだ若いですもんね。」
「ですね。」
さらに詳しく内容を聞いてみたが、フロア長の言うようにある程度の経験を持つ社員なら十分対応できる問題だった。・・まぁ、私を含めて多くの店員が通る道・・若手の経験値不足と考えれば、それほど問題にすることではないだろう。もちろん、次は同じようにならないように努めねばならないが。
むしろ、どちらかと言えば、
「・・ところで、広田さんも対応中だったとはいえ、具体的な対応を他の社員、しかも電話対応している社員に振りましたよね?何故です?」
そう。自分が対応中に指示を仰がれて、「他の対応していない社員」に振るのはわかる。だが、同じ様に対応中の社員に振るのは如何なものだろう?
しかもこのフロア長の対応は終わっているが、指示を仰ぐように言った社員はまだ対応中のようだが?
「・・・そこまで聞いていましたか。すいません。急ぎの対応というのもありましたが、正直なところ、私も自信のないプリンタに関する内容でしたので、つい即答できそうな社員に振ってしまいました。」
「・・広田さんはフロア長になるまでPC一本?」
「そうです。・・すいません。」
「・・・いえ。ただ、これから周辺機器も覚えていただくようお願いします。」
「はい、わかりました。」
PC部門の責任者、フロア長が自分の管理する周辺機器部門の知識に明るくないというのは芳しくないことではあるが、実はこの会社には似たようなケースはままある。
例えば今回のように「PC部門」と一括りに言っても、PC本体だけでなくプリンタやキーボード、ネットワーク機器といった周辺機器やPCソフト、場合によってはPC自作用パーツも含む。
・・これらを全部網羅している社員が責任者をやるのが理想ではあるが、実際はそのような社員は多いとは言えず、なおかつ責任者となると単純に頭数が足りないのだ。
(まぁ自分もPCやプリンタはともかく、ネットワーク関連や自作パーツはきついしなぁ・・)
などと話していると、件の派遣社員 ―宮本君と言ったかな?― が近づいてきた。
「いやぁ、フロア長、なんとか納得していただきました。ありがとうございます!」
「即答だったろ?」
「ええ。さすがっすね。」
「やっぱね。うん。今度からは注意してね。」
「はい!では売り場に戻ります!」
こうして、宮本君は自分の持ち場であろうPC周辺機器のブースに戻っていく。どうやらこのフロア長、日にちは浅くても部下から慕われているようだ。・・って、あれ?
「えっと、もう一人の社員が、まだ電話対応中のようですけど?」
「ああ。・・・こう言ってはなんですが、売りはそんなでもないんですが、こういった件には全般的に頼れる社員が対応しているので大丈夫ですよ。」
・・と話していると、私の携帯のバイブが鳴る。見ると本社からのようだ。
「・・すいません。ちょっと電話失礼します。」
「ええ。どうぞ。」
電話を取って内容を聞くと、どうやら急ぎの案件らしい。今日中に処理しないと、という訳ではなさそうだが、明日以降の私のスケジュールもそんなに余裕はない。今日やっておいた方がいいだろう。これはすぐにここを出ないといけないな。
電話を切ると、終わるのを待っていたのであろう広田フロア長に詫びる。
「すいません。急ぎの業務が入ったので今日はこれで失礼します。」
「いえ。業務お疲れ様です。」
こうして私は挨拶も軽く自分の車に向かい、穂村店を後にした。
この時の私は、急遽入った案件でスケジュールが狂わないかに頭を取られていた。
さて、本社に到着。この時点で17時。残業は確定だな、今更だけど。
「あ、お疲れ様です、皆口部長。・・すいません。急に呼び立てる形で・・」
本社の部下の一人、直江さんが申し訳なさそうな表情でこちらに言う。
「気にしないで。今に始まったことじゃないんだし・・それで、詳しく聞かせてください。」
「はい。実は・・」
詳しく話を聞くと、どうもやや面倒そうな話だ。
要約すると、「管轄外の来週オープンする新店舗に、オープニングセール期間だけでも応援スタッフを送ってほしい」と言うことらしい。
「来週オープンする、しかも管轄外の新店舗にスタッフを送ってほしい」と言うのも珍しいが、こんな事態になっているのは、どうやらその送ってほしいスタッフの条件にも問題があるらしい。
「ネットワーク関連機器にある程度詳しく、問題対応ができそうなスタッフ」
直江さんからまた詳しく話を聞くと、どうも新店舗を管轄する予定の部長は、「自管轄にいるネットワーク機器にも詳しいベテランの派遣スタッフ」を新店舗に投入する予定だったものの、派遣会社との手続きの関係でひと月ほどそのスタッフを雇えない期間があるが、その期間にちょうどオープンしてしまうということらしいのだ。
・・・言ってしまえばその部長の確認ミスだが、どうにか穴埋めするしかない。・・が、その部長の管轄内では的確なスタッフが見つからず、こちらにも要請が来たと言うことだ。
(・・いないというより、いたとしても、出したくないんだろうな。おそらく・・)
近年、インターネットの需要拡大でネットワーク機器もニーズが増えている。が、販売スタッフは正直少ない。・・と言うのも、ある程度体系づけた知識が必要なくせに、他電化製品に比べ単価が低く、売り上げに直結しにくい商品・・要は、割に合わない商品だからだ。
もちろん、趣味で好きなスタッフもいるので、「ネットワーク機器にある程度詳しいスタッフ」ならまだいただろうが、後ろの文言がよけいだ。「問題対応ができそうなスタッフ」なんて、要は苦情処理だ。それにはどの店も出したくないし、本人も嫌だろう。一部店舗では、ほぼ専門業者に委託してるくらいだ。
この要請にはさすがに困った。正直、管轄内でできそうなスタッフは数人頭に浮かんだが、売り上げの良いやり手か責任者クラスだ。応援に出したくはない。・・要請を受けた店長や他の部長も、同じ気持ちなのだろうなぁ・・
(とは言え、結構な規模の新店舗だ。このまま放置っていうのもなぁ・・どこかに適当な社員はいないものか・・)
と、そこでふと、つい先ほど聞いた言葉が頭をよぎった。
「・・ぇ?あの人の言葉からすると、適任なんじゃない・・?」
私は急ぎ、あるところに電話を掛けた。
上司のそれを見ていた直江は、いつも見ている光景とはいえ、つぶやかずにはいられなかった。
「・・・同じ女性なのに、頼もしいなぁ。皆口部長は。」
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