第20話
リュートは殺した。
聖女部隊も殺した。
カナエも、レカールも、砦の兵士達も、全て殺した。
聖女達の墓穴を埋めた。
魔族との戦争の最前線である砦は壊した。
公爵の豪邸を燃やした。
しばらく、街の機能は大幅に低下するだろう。
これだけやって、けれど、まだ終わってない事が一つだけあった。
寒村の中のみすぼらしい家の裏で、ハクアは穴を掘る。
魔法を使わず。アルテミシアの手を借りず。能力を使わず。
スコップ一つ使って、二人分の穴を掘る。
ハクア達の目指す目的地に行く最中、ハクアの我が儘で少し遠回りをしてこの寒村に寄った。
聖女達は行動指針を決めるのはハクアだと思っているので、特にその寄り道を気にしている様子は無かった。
しかし、約二名、この寄り道の意味を考えている者が居た。
「ハクア様、いったい何をしているのですか?」
皆が馬車から出て羽を伸ばしている中、ヘンリエッタとエルシャはハクアから少し離れた場所に立ち、ハクアのしている事を見守っている。
手伝いを申し出たけれど、即座にハクアに拒否されてしまったので、見ているだけに留めているのだ。
「君達は、ミアちゃんって知ってるかい?」
「……ええ。同じ痛みを分かち合った仲間です」
「はい、勿論……」
二人はミアの最後の時を思い出してしまっているのだろう。
そう。ミアの最後は凄惨なものだった。
度重なる戦闘、凌辱の末、精神的に追い詰められたミアは夜中に首を吊って自害したのだ。
二人は、ミアと同室だった。朝起きて、仲間が死んでいれば、その精神的な衝撃は大きいだろう。
それが、あの砦では珍しい事ではなかったとあれば、あの砦の異様さを増す材料になるだろう。
「今回、君達を助けて、あの砦の連中を殺したのはミアちゃんの姉であるキアちゃんからの依頼だ」
「そうだったのですね……」
「ミアちゃん、よくお姉さんの話をしてました……優しくて、怒ったら怖くて、でも、とっても大好きなお姉さんだって……」
エルシャの目から涙が溢れる。ヘンリエッタも、悲し気に表情を曇らせる。
「僕ぁ否定のしようがない程の悪人だ。君達を助けたのだってキアちゃんの依頼があったからだ。この依頼が無かったら、君達を助ける事なんてしないで勇者だけ殺して知らんぷりだっただろうさ」
だからキアに感謝をしろ、なんて言うつもりは無い。巡り合わせが良かったな、とは思うけれど。
「それでも、助けていただいた事実は変わりません。改めて、お礼を言わせてください」
「いらなーい。もう散々聞いたし」
ヘンリエッタの言葉に適当に返し、乱暴にスコップを穴の外に放ると、ハクアは穴の中から出てくる。
大きさ的には、少女二人が横たわるには充分な大きさ。
「もしかしたら、君達は見ない方が良いかもしれないな。どうだい? 先に馬車に戻ってるかい?」
「いえ。最後まで見ていきます」
「はい。これが、ミアちゃんの葬送であるのならなおさらです」
二人とも、ハクアが穴を掘る理由を理解していたのだろう。引き下がる様子は微塵も無い。
「なら、良く見ておく事だ」
言って、ハクアは指を弾いて鳴らす。
すると、何処からともなく二人分の死体が現れる。
一人は焼け焦げ、腐った死体。
一人は身体を半ばから切断された死体。
思わず、エルシャは口に手を当てる。しかし、目は二人をしっかりと見ている。二人をちゃんと見送るために。二人に失礼にならないように。
ヘンリエッタは眉を顰めてはいるけれど、表情に大きな変化は無い。その内面の変化は計り知れないけれど。
ハクアはミアの死体を横抱きにすると、丁寧に穴に降ろす。続いて、キアの死体を丁寧にミアの横に並べる。
煤や血の付いた手は
「さぁ、後は穴を埋めるだけだ」
「ひとつ、よろしいでしょうか?」
「なに?」
「……皆で、花を添えてもよろしいでしょうか?」
悲し気に眉尻を下げ、ヘンリエッタは言う。
確かに、ただ埋めるだけでは味気無い。それに、キアは勇者を殺した
「ああ、そうだね。皆にも言っておいで。ただ、無理強いはしないように。お墓の上にだって、花は添えられるからね」
「分かりました。行きましょう、エルシャ」
「うん。ありがとうございます、ハクア様」
ぺこりと一つお辞儀をして、二人は聖女達の元へと向かう。
皆が来るまでの間、ハクアは自身が盛った土の上に座って休む。
「き、君……そこで、何をしてるんだい?」
そんなハクアに、不信感を持った声がかけられる。
見やれば、そこには老齢の男性が立っていた。
明らかにハクアを警戒している様子だ。
「二人の墓を作ってたんですよ」
「二人……? ……まさか!!」
老人は慌てた様子でハクアの元へと駆け寄って、穴の中を見る。
「こ、これは……!! キアちゃん……それに、まさか……ミアちゃん、なのか……?」
「ええ」
「何故、こんな……こんな、酷い目に……!!」
「話せば長くなります。それに、親しい人には聞かれたくない事もありましょう」
ハクアの言葉の裏を読めない程、老人は浅くはなかった。
「……そうか……そうですか……」
ずずっと鼻をすする音が聞こえる。
ハクアは何も言わずに、老人を見ないように視線を外す。誰も、泣いている姿など見られたくはあるまい。
「ハクア様、ただいま戻りました」
ヘンリエッタとエルシャの後に続いて聖女達が墓へとやって来る。皆、その手には花を持っていた。
泣いている老人を見て事情を察した聖女達は、悲し気な表情を浮かべはするけれど、声をかける様な事はしない。
「さ、花を添えておやり」
「はい」
頷き、ヘンリエッタが最初に花を添える。
続いて、エルシャ。それから、聖女達が順に続く。
泣きながら、言葉をかけながら、聖女達によって花が添えられていく。
その横で、老人はハクアに言う。
「もしよろしかったら、村の者も花を添えてもよろしいでしょうか?」
「それを断る権利は僕には有りませんよ」
「ありがとうございます」
一つお辞儀をして、老人は急ぎ足で村人達を呼びに行った。
ハクアの横に、誰かが並ぶ。
「あぁ……お前も入れるかい?」
ハクアが問えば、アルテミシアはくるると鳴く。
そして、どこから取って来たのか、人の顔ほどありそうな大きさの、恐ろしいほどに美しい花を添えた。
それから、村人達がやって来て、花以外にも物を添えた。
服、食べ物、食器、装飾品。
彼女達の次の人生の幸福を願うように、一つ一つ丁寧に。
「それじゃあ、土を被せますね」
全て置き終われば、ハクアはスコップで丁寧に土をかけて行く。
その間、すすり泣く声は鳴りやまない。盛大に声を上げて泣く者もいる。
本当なら、もっと違う形で送られるはずだっただろう。
結婚して、子供を産んで、孫が出来て、幸せをいっぱい心に詰めて、笑って最後を迎えられたかもしれない。
仮定の話だ。確証は無い。
けれど、それは有り得た未来だ。
その未来は若くして摘み取られた。人の無知な善意によって。人の欲望に塗れた悪意によって。
改めて思う。
異世界人はこの世界に必要が無い。
勇者は必要だ。魔王を倒すには、勇者の存在が必要不可欠なのだから。
けれど、それが異世界人である必要はどこにも無い。
こうして誰かを見送るたびに、そう思う。
「……二人の新たな門出に、どうか幸多からん事を」
土を被せ終わり、皆で二人の冥福を祈る。
キアには散々な人生だっただろう。
だからこそ、最後は最愛の妹の隣で眠って欲しい。
これで、終わり。
今回の件は幕を閉じた。
けれど、ハクアにとってはまだ終わりではない。まだまだ、続いて行く。異世界人が存在する限り、ハクアの旅に終わりは無い。
祈る目蓋を開け、組んだ手を解く。
「さて、次」
遍く異世界人は死ぬべきだろう、ゆえに僕は全て殺そう 槻白倫 @tukisiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。遍く異世界人は死ぬべきだろう、ゆえに僕は全て殺そうの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます