第19話

 ハクアの前に現れたのは、異国情緒溢れる衣服を身に纏った浅黒い肌の青年だった。


 着流しと呼ばれる服装に下駄げたを履き、黒く長い髪を総髪ポニーテールにしてまとめており、腰には手に持った刀を収めていただろう鞘を下げている。


 見た目は普通の異世界人のようだけれど、その中身が分からない。恐らくは、トウキチロウと同じで仮想体異世界人アバタータイプだと思うけれど、いかんせん見た目がハクアの知る異世界人と酷似しすぎている。


 ……まぁ、関係無い。異世界人であれば殺すだけだ。


 ぱちんっとハクアは指を弾いて鳴らす。それだけで、トウキチロウの近くに転がっていた手が動き出し、ハクアの方へと飛んでいく。


「ふっ――!!」


 剣士がハクアの腕を斬ろうと剣を振るうも、宙を舞うハクアの腕は上手い具合に堅い鱗で刀を受け流してからハクアの元へと戻る。


 飛んできた腕を掴み、切り口と切り口を合わせる。


 ――枢要すうよう贖罪しょくざい怠惰ノフェニクス・不死鳥スロウス


 ハクアが能力を行使した途端、切り口から炎が上がる。


「――ッ!!」


「はぁ、これでまた少し勤勉になっちまったなぁ……」


 こきこきと、繋がった・・・・腕の関節を鳴らして、感触を確かめるハクア。


「まぁ、お前等を殺すなら真面目にもなろうさ」


「……治癒魔法の使い手か?」


「いや、魔力の流れは見えなかった。恐らく、俺達と同じようにスキルを使ったんだろう」


「――ッ!! じゃあお前も!!」


「ふざけるな。僕ぁ正真正銘この世界出身の人間だ。お前等みたいなこすい異世界人と一緒にするな」


 トウキチロウの言葉の先を読んだハクアは、苛立たし気に言い捨てる。


「どちらでも構わん。お前が勇者殺しブレイブスレイヤーで、俺達を殺すのが目的なのは変わらないのだろう?」


「ああ」


「ならば、問答無用。ただ斬り捨てるのみだ」


 言って、剣士は剣呑な目をハクアに向けたまま刀を構える。


 そんな剣士を見て、ハクアはくくっと楽しそうに笑う。


「何がおかしい」


「いや。お前とは気が合うなと思ってな。ああ、そうだな。相手が誰だろうが、どんな背景があって何を背負ってるのかなんて、至極どうでも良い。邪魔なら殺す。害するなら殺す。うん、シンプルでとても僕好みだ」


「お前の好みになったところで嬉しくとも何ともない」


「僕だってお前なんて好きじゃない。ただ、その考え方自体は否定しないって事さ」


 言いながら、ハクアは構える。


「まぁ、邪魔だから殺すんだけど」


「それはこちらの台詞だ」


 最初に攻めたのは剣士の方だった。


 二歩一撃を用いてハクアに迫り、勢いを乗せた鋭い突きを放つ。


 剣士の突きをハクアは紙一重で躱し、懐に潜って鉤爪を振るう。


 振るわれた凶爪を剣士は剣の峰に手を当てた構えで受け流し、そのままハクアの身体に剣を押し当てる。


「――ぐっ」


「振るだけが剣では無いぞ」


 剣士の腕を掴もうとしたハクアの手をするりと躱し、二、三歩ハクアから距離を取り、即座にハクアを斬り付ける。


 降りかかる凶刃をハクアはいなし、離された分を即座に詰める。


 剣士に向かって拳を振るうけれど、剣士は放たれる拳をするりと躱すとハクアの腕を斬り落とそうと剣を振るう。


 しかし、ハクアとてそう何度も同じ手を食らったりはしない。手で弾いて剣の流れを変え、即座に反撃に転じる。


 が、ハクアの攻撃を、剣士は流水の如き身体捌きで躱し、隙を見つけては即座に鋭く斬り付けてくる。


 こいつ……やり辛い……!!


 目の前の剣士はトウキチロウとは戦闘スタイルが大きく変わっている。


 トウキチロウは打ち合いの中で隙を作っていくタイプだったけれど、この剣士は打ち合う事をしない。相手の攻撃を巧みに躱し、いなし、焦れた相手が作った隙を斬る。


 攻めのトウキチロウに対し、待ちの剣士。


 仕切り直す必要があるが、ただで距離を取れるとも思えない。


だから、もう少し使おう。


 ――枢要すうよう贖罪しょくざい憤怒ノドラゴン・ラース


「――シィッ!!」


 ハクアの変化を即座に感じ取った剣士は、待ちの姿勢から即座に攻めへと切り替え、ハクアの喉元目掛けて鋭い突きを放つ。


「はい、残念賞」


 しかし、その突きをハクアは鱗の生えた手で乱暴に掴む。


 鱗を斬り付け少し進むも、ハクアに届く直前で切っ先は止まる。


 乱暴に刀を放し、ハクアは身をひるがえす。


 それは、剣士にとっては絶好の隙。けれど、剣士は即座に距離を取ろうと跳び退すさる――が、ハクアの尻尾・・が届く方が早かった。


「ぐっ……!!」


 ハクアの臀部でんぶから生えた太くたくましい尻尾が剣士の腹部を激しく打ち付ける。


「龍化が進んだ……!!」


 トウキチロウの驚愕の言葉通り、ハクアの龍化は先程よりも進んでいた。


 腕の鱗は肘までだったのが肩まで生え、脚も膝までだったのが脚の付け根まで生えている。


 それ以上に大きな特徴として先程までは無かった角が生え、臀部からは尻尾が生えている。


 先程よりもハクアから感じる圧が強くなっており、トウキチロウは思わず身構える。


「くっ……化け物が……!!」


 吹き飛ばされた剣士は受け身を取って流れるように立ち上がり、即座にハクアに向かって切りかかる。


 剣士に任せていたトウキチロウもハクアの圧に臆さず、剣士に合わせてハクアに迫る。


 攻めのトウキチロウと、待ちの剣士。共闘する時のその相性はすこぶる良く、トウキチロウが自由自在に攻めて、剣士が隙を突いて鋭く剣を振るう。


 トウキチロウの拳をハクアはいなし、トウキチロウの陰やハクアの死角から繰り出される剣撃を手や足、時には尻尾でいなして難なく対応する。


 静と動の緩急に混乱しそうになるけれど、開き直ってしまえば対処は簡単だ。


 どこからでも攻撃が来るのだ。己の隙を自覚し、その隙を突かれると分かっていれば後はどうとでも対処できる。


「こいつ……!!」


「俺の太刀筋に、もう……!!」


 ハクアとしては単体で来られた方が脅威度は高かった。


 際限無く怒涛の攻撃が続くけれど、ハクアとしてはそちらの方が都合が良い。


 ハクアは攻めには転じない。トウキチロウだけであれば殺す事を考えたかもしれないけれど、そこに剣士も加われば話は別だ。欲をかいて死ぬのは馬鹿のする事だ。


 今回の目的達成まで最早秒読み。それが達成できれば良い。


 今回はキアの・・・依頼で・・・動いている。他の異世界人を殺すのは依頼の範囲外だ。


「うーん……口惜しいが撤退するか」


「――っ!! 逃げるのか!?」


「ああ、逃げる」


 ハクアは大きく飛び退き二人から距離を取る。


 一瞬追撃しようとした二人だけれど、踏み込んだその足を止める。


 ハクアの口腔に眩い炎が溜まる。


咆哮ロアか!!」


 即座に、剣士ではなくトウキチロウが動いた。


 剣士の前に回り込み、トウキチロウは深く腰を落とすと右腕を深く引き絞る。


 トウキチロウの拳に溜まった炎が目に痛いほどに輝きだす。


トウキチロウの攻撃を待たずに、ハクアは口腔から目が眩むほどの炎を吹いた。


 地を舐め壁を舐め、全てを燃やし尽くす劫火ごうかが二人に迫る。


「トウキチロウ!!」


「任せろッ!!」


 ハクアの吐いた炎がトウキチロウに触れる直後、トウキチロウは拳を振り抜く。


 ――炎天ノ型。戦技・迦具土神カグツチ


 赫赫かくかくたる炎が放たれ、ハクアの炎と衝突する。


 轟音、衝撃、そして熱風。


 敵味方関係無しに放たれた炎とその衝撃は砦を易々と壊し、三人を大きく吹き飛ばす。


「ぐあぁッ!?」


「ぐうぅッ!!」


「くっ……!!」


 建物を壊しながら、三人は勢いを殺しきれずに強固な砦の壁を幾つも壊す。


 しかし、その衝撃の中でも三人は空中で体勢を整え、地面を数メートルも滑りながら着地をする。


「――っ!! …………ハクア……様?」


 ハクアが着地をした直後、驚愕の声がハクアの耳朶じだを打つ。


 視線をやれば、そこにはハクアがけしかけた聖女達が数人立っていた。


「まずっ……!!」


 状況を把握すれば、この状況の悪さを理解する。


 二つの強大な炎は勢い衰えず、大きく吹き飛ばされた三人に向けてその魔の手を伸ばしていた。という事はつまり、ハクアの傍に居る聖女達にもその魔の手は迫っているという事だ。


 咄嗟に、ハクアは手を前へ出す。


 ――固有領域。世界深度変換。界域下降。


 ハクア達に迫っていた炎は勢い衰える事無くハクア達へと辿り着く。


 しかし、炎はハクア達に牙を向く事は無く、まるで見えない壁でもあるかのようにハクア達を避けた。


 炎の奔流が通り抜けた瞬間、ハクアは即座に能力を解除した。


 この能力は見られてはいけない。そして、多用してはいけない。それだけで、脚がついてしまうから。


 ハクアはまだこの力を上手く使えない。気取られない程になるまでは大きく多用してはいけないのだ。


「……そう長くは留まれないか」


 炎がはけた長い長い廊下。その先の異世界人二人に視線を向ける。


 二人もどうやら炎を凌いだらしく、すすだらけになりながらもこちらを見据えている。


 幾ら武人とは言え、そう簡単に詰める事の出来ない距離。


 此処らが潮時しおどきだろう。


「後で殺してやる。間違えて勝手に死んでくれても全然かまわないがな」


 声なんて届くはずも無いけれど、ハクアは挑発的にそう言った。


「……あの、ハクア様……」


「ああ、うん。それじゃあ、撤退しようか」


 剣呑な雰囲気かつ、自分達の知る姿から大きく変わっているハクアに困惑する聖女達。


 そんな聖女達に常通りの笑みを浮かべ、ハクアは能力を解除した。


 ハクアが能力を解除すれば、その姿は見慣れたハクアの姿に戻っている。


「っと、お尻丸見えだ」


 照れたように言いながら、ハクアは上着を脱いで腰に巻く。


「さ、行こうか。もうそろ援軍が来てもおかしく無いからね」


「は、はい! あ、他の者は……」


「大丈夫。僕の優秀な友人が誘導してるよ」


 言って、ハクアはトウキチロウ達に背を向けて歩き出す。


 何せ、二人はハクアを攻撃できないのだから。





 二人はハクアを追撃しようと考えたけれど、その傍に立つ聖女達を見て追撃を取りやめる。


 ハクアにとっては仲間のようなものだけれど、二人から見ればそれは聖女達を人質に取っているように見て取れたからだ。


「……くそッ!!」


「落ち着けトウキチロウ。焦って攻撃すれば、彼女達に危害が及ぶ。……此処は俺達も退くしかあるまい」


 二人は去り行くハクアの背中を睨みつける。


 その視線が分かったのだろう。ハクアは振り返ると不敵な笑みを浮かべて手を振った。まるで、また再会する事を望むかのように。


「次は負けないからな」


 トウキチロウの言葉は届かないだろう。


 けれど、言わずにはいられなかった。ハクアは多くの異世界人を殺した。その中には、トウキチロウの友人もいたのだ。


 そして、それは横に立つ剣士も同じ事だ。


 二人はハクアの背中が見えなくなるまで睨み続けた。その後も地図マップで位置を確認していたけれど、下手に手を出す事はしなかった。


 そう。ただ黙ってハクアが逃げていくのを見ているしかなかったのだ。


 二人は知らない。ハクアが首謀者ではあるけれど、砦を落としたのは聖女達だという事実を。それに気付くのは、少しばかり先の事。今は、悔しさを噛みしめながら見逃す事しか出来なかった。





 聖女達は厩舎に集められていた。


「――っ!! は、ハクア様!! 大丈夫ですか!?」


 ぼろぼろになっているハクアを見て、エルシャは泡を食ったようにハクアへと詰め寄った。


「ああ、大丈夫大丈夫。それよりも、全員揃ってるかい?」


 ぽんぽんとエルシャの頭を撫でて宥めすかし、ハクアは全員揃っている事を確認する。


 本来なら、全員が揃う事は有り得ない。聖女とは言え、彼女達は三級。彼女達の力では、百戦錬磨の猛者を殺す事は出来ない。


 けれど、そこはアルテミシアが調整してくれた。


 強そうな奴だけ殺し、そこそこ強い奴と、まったく強くない奴だけを残してくれた。


 所謂いわゆる、八百長のようなものだ。


 けれど、彼女達の復讐は果たせただろう。関係者は誰であれ全員殺した。キアの依頼も完遂出来た。


 なら、もう此処には用は無い。


「さて、それじゃあ馬車に乗って。此処から脱出だ。エルシャちゃん、ヘンリーちゃん、指揮をお願いね」


「は、はい!」


「分かりました」


 ハクアに頼まれた二人は聖女達を馬車へと誘導する。


 十人乗りの馬車が四つ。全員で四十人いるので、余すことなく乗る事が出来るけれど、全員御者の経験は無い。つまり、乗るだけになってしまう。


「ハクア様。全員乗りましたが、御者はいかがいたしますか?」


「必要無いよ。こっちも準備が整った」


 言って、ハクアは汚れた手をぱんぱんっと叩く。


 聖女達が乗り込んでいる間、ハクアは四台の馬車を鎖やらなんやらを使って連結させていた。


 急ごしらえで強度は不安だけれど、いったんこの場を離れるには充分だ。


「さて。じゃあアルテミシア、お願いね」


 ハクアが言えば、アルテミシアはぐるると不満そうに一つ鳴く。


 そう馬は必要無い。御者だって必要無い。なにせ、この四台の馬車を引くのはアルテミシアなのだから。


「頼むよ


 ぐるると一つ鳴き、尻尾でハクアの頭を一回叩いてから、アルテミシアは四台の馬車を引いた。


 ゆっくりと動き出す馬車は、誰の邪魔をされる事も無くプトリス砦を後にする。


「いやぁ、門出日和の良い天気だ」


 そう言って、ハクアは笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る