第18話

「見付けたら即座に殺しなさい!! 躊躇ちゅうちょ遠慮えんりょも必要ありません!! 私達が傷付けられた分を此処でつぐなわせるのです!!」


 エルシャの言葉に聖女達が呼応する。


 聖女達は出会った兵士達を殺していく。


 反撃してくる兵士もいるけれど、死ななければ即座に治癒魔法で治す事が出来る。


 歴戦の猛者も居るけれど関係無い。決死の覚悟で聖女達は戦う。


 そう。死んでも良いのだ。自由を奪われ、尊厳を奪われた。殺してやりたいほど憎い相手を一人でも多く殺せるのであれば、死んだって構わない。


 邪魔者を止めていてくれている。リュートは殺してくれた。レカールも殺してくれた。お膳立ては全てしてくれたのだ。


 だったら思うままに殺すだけだ。思う存分殺すだけだ。その果てで例え自身の命を失ったとしても、相手を一人でも多く地獄に落とせるのであれば構わない。


 殺す。殺す。殺す。殺す。


 聖女達の殺意はたぎる。際限なく、湧き上がる。


 躊躇いなく、兵士達を殺す。


 誰も躊躇う事は無い。当たり前だ。なにせ――


「こいつらは人間ではありません!! 人間の皮を被ったけだものです!! さぁ殺しなさい!! 殺して殺して殺して、おのが罪を償わせるのです!!」


 そう、こいつらは人間では無いのだ。なら、躊躇う必要は無い。ただの害獣であれば、狩るのに躊躇いなんて必要ない。


 エルシャは戦闘に立って兵士を殺す。


 頭を叩き割り、腹を裂き、四肢を断ち、首を落とす。


 あれだけ冷静沈着に構えていたヘンリエッタも今では血相を変えて兵士達を殺している。


 たがは外れた。道筋は整っている。自分と他の聖女達の心は同じだ。


 無様に生き残るよりも、最後まで足掻いて殺し尽くす。


 全てはハクアが整えてくれて、導いてくれる。なら、後は好き勝手にすればいい。


「このッ!! このッ!! このぉッ!!」


 必死に剣を振るって頭蓋を叩き割る。


 息を切らしながらも、止まることなく次の獲物へと向かう。


 自分達が今以上の地獄に落ちないように必死に考えてきた。願わくば、全員で生還したいと思っていた。


 けれど、たがが外れた今、その思いは別の感情に塗りつぶされている。


 純然たる殺意。それが、今のヘンリエッタの行動原理。


 地獄を壊す状況をくれた。覚悟をくれた。武器をくれた。


 なら、今は考えない。この事によって王国にもたらされる被害なんて考えない。


 だってそうだろう? 自分達が護ってやっていたんだ。のうのうと暮らしている奴らを、強制的に戦わされながら、夜の相手をさせられながら、自分達が護ってやっていたのだ。


 自分達が酷い目にあっている間、奴らはただ笑っているだけだ。笑って幸せに生きて、たまに起きる不幸に泣いて、少しすればけろっとした顔で日々を送る。


 こっちの苦労も知らないで、こっちの屈辱も知らないで、誰のおかげて生きていられているのかも知らないで、奴らは当たり前のように日々を謳歌している。


 許せるわけが無い。この砦は人間の重要拠点の一つだ。それは知っている。


 あえて言おう。だから何だ?


 皆苦しめば良いのだ。犯され、冒涜され、惨たらしく絶命すれば良い。


 護る価値も意味も無いのだから。


 だからこの砦は落とす。兵士は全員殺す。聖女自分達を国のいしずてになんてさせない。不当に奪われる命の上でしか在れない国なんて滅びてしまえばいい。


「は、はははは、ははははははははははははははっ」


 笑いながら、ヘンリエッタは兵士を殺す。


 あれだけ強者ぶっていた奴らが、みっともなく逃げ回った上で殺されている。


 恐怖に顔を引きらせて、みっともなく謝って、勇猛果敢ゆうもうかかんの欠片も無い。酷く無様な姿。


「こんな奴らに、あたし達は……!! 殺す……!! 殺してやる……!!」


「あんた達が奪ってきた分、今度はあんた達が奪われろ!!」


 憤怒を滾らせて乱暴に兵士達を殺す者が居る。


「あははっ!! みっともなく逃げないでよ!! ほら、ほらぁッ!! 逃げんなっつってんだよ!!」


「こんな粗末な物いらないでしょ? わたしが捨ててあげるよ」


「私をいじる指はいらない。私を見て楽しむ眼はいらない。私を蹴る足はいらない」


 楽しみながら、憎悪に染まりながら兵士達を殺す者が居る。


 さながら彼女達の姿は地獄の獄卒のようだ。


 あながち、間違いでは無いだろう。此処は聖女達の地獄。ならば、獄卒が居たところでおかしな話では無い。


 彼女達は目に着く兵士を全て殺す。


 全て、全て、一切合切。新人だろうが、古株だろうが、知らない顔だろうが知ってる顔だろうが、何もかもが関係無い。このプトリス砦の兵士なら、関係無く殺す。


 聖女達の殺戮は止まらない。彼女達の憂さ晴らしは、まだ始まったばかりなのだから。



 〇 〇 〇



 聖女達の侵攻の中、ハクアとトウキチロウは戦い続ける。


 トウキチロウの拳をハクアがいなし、ハクアの蹴りをトウキチロウが躱す。


「……ッ!!」


 どちらも優位を取れず、膠着こうちゃく状態が続く。


 体術、身体捌き、体格に大きな差は無い。だからこそ、膠着する。


 それならばと、攻めに転じたトウキチロウが仕掛ける。


 一歩踏み出し、直後、トウキチロウの両手を炎が包み込む。


 ――スキル。炎天ノ型。赫手かくて


 ゲームでは、拳に炎属性を付与するスキルだったけれど、現実でもそう効果は変わらない。


 拳に炎を纏い、打撃と共に相手を燃やす。火傷を負わせる事も出来れば、相手の気勢を削ぐ事も出来る。


「スキルか。忌々しい」


 しかし、ハクアは炎に臆する事無く果敢に攻め立てる。


 ハクアの攻撃を赫灼かくしゃくに染まる手で迎え撃つ。


 トウキチロウがハクアの攻撃を迎え撃つ度に、肉や衣類の焼ける匂いが立ち込める。


 赫手は攻めても強いけれど、護っても強い。相手は炎によってダメージを受けるけれど、自分は炎のダメージを受ける事が無い。


 時間の制限はあるけれど、相手が逃げに徹しない事を考えれば十分すぎる程のダメージを与える事が出来る。


 相手が打ち合いを望む強者であればあるほど、このスキルは効果を発揮する。


「手足を焼けば止まると思ったか?」


「思わないな!!」


 けれど、護っているだけでは埒が明かない。数を打てば相手にダメージが与えられるけれど、相手が自分に致命傷を与える可能性だって十分にある。スキルを発動したからと言って、勝ちが確定した訳では無い。


 だからこそ、トウキチロウの方からも攻める。スタンスは今までと変わらない。


 確実に捌き、確実に隙を狙う。長引けば相手の方が不利になるけれど、こちらだって不利になる可能性もある。戦場に、絶対は無い。


 ハクア相手に手の内を明かすのは恐ろしいけれど、そうも言っていられない。


 踏み込み、自ら作った隙に拳を放つ。


 ――炎天ノ型。戦技・赫貫カクノツラヌキ


 鋭く、炎を纏った拳がハクアの脇腹を穿つ。


「――ぐっ!!」


 ただの拳なのに、その威力と鋭さは槍の如し。


 あまりの速さに、把握は出来ても対処が遅れた。


 たまらず、ハクアは顔を顰める。しかし、そこはハクアも死闘には慣れたものだ。焦りながらも、下手に距離を詰めずにトウキチロウに絶えず連撃を繰り出す。


「そっちがその気なら……」


 ――枢要すうよう贖罪しょくざい憤怒ノドラゴニック・ラース


「――ッ!!」


 今まで感じた事の無い気配を前に、トウキチロウは即座に退避を判断する。


 トウキチロウが背後に飛び退いた直後、黒い何かが横切る。


「なんだ、それは……!!」


「綺麗だろ? 僕のお気に入りなんだ」


 言って、ハクアは変質した・・・・自身の腕をかざす。


 ハクアの腕にはびっしりと荒々しくも禍々しい鱗が生えており、指先からは鋭い鉤爪かぎづめが伸びていた。


 腕だけではなく、脚にまで鱗と鉤爪は有り、首と頬にも薄っすらと鱗が生えていた。


 その姿は角や翼は無いけれど、さながら龍のようであった。


「お前、龍人との混血種ハーフか……? それとも、人に化けた蛇人ラミアか?」


「ご明察恐れ入るなぁ。その通り、僕は正真正銘の人間だ」


 嫌味を入れつつ答えるけれど、しかし、トウキチロウは納得した様子は無い。


「ならその鱗はなんだ? 魔法か何かか?」


「質問が多いなぁ。ちったぁ自分で考えろよ」


「……まぁ良い。お前を倒して、洗いざらい吐いて貰えば良いだけだ」


「やってみろ」


 にやりとハクアは挑発的に笑う。


 数瞬の停止。刹那、二人の姿がぶれる。


 二人の丁度中間地点で、二人の蹴りが衝突する。


「……ッ!!」


 ハクアの足に生えた鱗が、服の上からトウキチロウの足を傷付ける。


 ――スキル。炎天ノ型。赫脚かくきゃく


 トウキチロウは即座にスキルを発動させ、脚にも炎を纏わせる。


「これで条件は同じだな?」


 笑いながら、ハクアは連撃を繰り出す。


 ハクアは条件が同じだと言うけれど、トウキチロウからしたら同じ条件ではない。ハクアの鱗と鉤爪の出現で、トウキチロウの方が追い込まれた。


 打ち合って直ぐに確信した。ハクアの鱗は龍の鱗だ。


龍はどの種類も軒並み強靭な鱗を持っている。炎に強く、衝撃に強く、刃に強い。そして、荒々しい鱗は柔な物であれば容易に削り取ってしまう。


 斬る事あたわず、打つ事あたわず、射る事あたわず。


 まさに、最強の天然の鎧である。


 トウキチロウの拳がいかに頑丈で、トウキチロウの技がいかに冴え渡っていようとも、龍の鱗を打てばただでは済まない。それは、トウキチロウ自身が良く理解している。


 だから、戦い方を少しだけ変える。


 ――スキル。金剛こんごうノ型。剛腕ごうわん剛脚ごうきゃく


 重ねてスキルを使い、手足の強度を上げる。これで、ハクアの鱗と打ち合ってもそう簡単に削られる事は無いだろう。


「これだから異世界人は……」


 トウキチロウがスキルを発動したのを見て、ハクアは心底腹立たし気に舌打ちを一つする。


 鱗の拳と剛炎ごうえんの拳が目にも止まらぬ速度で打ち合う。


「何故そこまで……!! 俺達異世界人がお前に何をした!!」


「僕のたった一つの幸せを奪った。それだけで、全て憎むに値する」


「俺はお前とは初対面だ!! お前の幸せを奪っちゃいないだろう!?」


「お前は馬鹿か? 相対した人間だけが相手を不幸にするのか? 違うだろ。相対してなくたってな、人ってのは他の誰かを不幸にするんだよ。特に、お前等傲慢な異世界人はな」


「なら教えろ!! 俺がお前に何をした!!」


「いや、お前は俺に何もしてない。お前の行動で、俺が不利益を被った事は無い」


「なら此処で俺とお前が戦う意味は無いだろ!!」


「お前から仕掛けてきたくせに……」


 まぁ、仕掛けてこなくたって、こっちから仕掛けたけれども。


「僕が異世界人と戦うのに理由なんて要らないんだよ。お前等が存在してる限り、僕はお前等を殺し続ける」


「理由なんて要らない……? そんな……そんな無差別な怒り、許容できるか!!」


「しなくて良い。誰も、認めて欲しいだなんて思ってない」


 無差別だろうが理不尽だろうが、関係無い。どうだって良い。


 認めなくて良い。受け入れなくて良い。ただ死ね。ただ殺されろ。それだけで十分だ。だから……。


「屈辱の中で僕を思い知れ。僕は、お前達に虐げられた者達の怒りだ」


 トウキチロウが見せた一瞬の隙を突き、ハクアは一歩踏み込む。


 ハクアは手を伸ばし、トウキチロウの胸倉を掴む。


「――ッ!!」


「捕まえた」


 トウキチロウが反撃をする前に、ハクアは豪速でトウキチロウを壁へと叩き付ける。


「――っは……!!」


 肺から強制的に空気が抜ける。


 叩きつけられた壁は壊れ、廊下と隣り合っていた部屋の中が窺えた。


 その部屋には、騒動に気付いてから蹲って隠れていた兵士が居た。


「逃げ……!!」


「はっ! 無様だな、人間ゴミムシ


 トウキチロウを掴んだのとは反対の手で、指をパチンと弾いて鳴らす。


 それだけで兵士は火達磨ひだるまになり、叫喚きょうかんしながらのた打ち回る。


「――ッ!! お前っ……がぁッ!?」


 ハクアに食って掛かろうとしたトウキチロウだけれど、それよりも前にハクアがトウキチロウを掴んだまま壁に押し付けながら廊下を走り出す。


 トウキチロウを押し付けられた壁は壊され、二人が通った後には瓦礫の道が出来る。


 ハクアの腕を外そうにも、ハクアの鉤爪がトウキチロウの胸を刺し貫いているために、むやみやたらに引き抜けば重傷を負ってしまうのは明らかだ。


 例えハクアの腕を折ったとしても、この手の相手が簡単に手を離すとは思えない。


「削れて死ね」


 脱出不可能に思えたハクアの掴み技の中、壁を崩す轟音の中で無慈悲なハクアの声が聞こえ――


「ならば貴様は切られて死ね」


 ――もう一つ、トウキチロウには聞き覚えのある声が聞こえた。


「――ッ!! またこのパターンか!!」


 即座に、ハクアはトウキチロウから離れる。


 ハクアの拘束から解放され、地面に落ちたトウキチロウは激しく咳き込みながらも、自身に刺さった・・・・ままの・・・ハクアの腕を慎重に引き抜く。


「大丈夫か、トウキチロウ?」


「あ、ああ……助かった……」


 トウキチロウの前に立つのは、ハクアにとっては初めましてで、トウキチロウにとっては久し振りとなる相手だった。


「いってぇなぁ……どいつもこいつも人様の腕を軽々しく切り落としやがって……」


 闖入者ちんにゅうしゃを睨みながら、ハクアは切り落とされた自身の右腕を抑える。


「ふんっ。友のためなら、雑魚の腕の一本や二本落とす事など躊躇するはずも無い」


 言って、その者はハクアに向けて剣を向ける。


「トウキチロウは下がっていろ。こいつは俺が相手をしよう」


「……まーた新しい異世界人か。まったく、害虫のように湧き出てくる」


 苛立たし気に舌打ちを一つする。しかし、戦意の喪失は見えず、その目は獰猛な光を宿していた。

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