第14話

 エフェロを去り、ハクアが向かったのはレカール公爵の治める砦と同名の街、プトリスである。


 プトリスを訪れた理由は単純明快。キアとの約束を果たすためだ。


 聖女計画の首謀者、及び協力者とその加担者を全員の殺害。それが、ハクアの次の仕事だ。


「さてさて。砦には……あー、やっぱり居るなぁ」


 遠くから、砦を覗き込む・・・・


 砦には変わらず三級聖女と兵士が居る。そして、前回はいなかった者も存在した。


「異世界人……それも、見た感じ仮想体異世界人アバタータイプか」


 仮想体異世界人アバタータイプとは、向こうの世界のゲームで使用していたゲームのキャラクターのままこちらの世界に転移してきた勇者の事だ。


 以前出会った異世界人がゲームのアバターがどうとか言っていたので、ハクアが勝手にそう呼称している。


 仮想体異世界人アバタータイプは戦闘に特化している事が多い。が、オールラウンドではなく、一点特化の勇者が多いので中々に手強い。オールラウンダーでも面倒な奴はいるけれど、ステータスが尖っていないので逆に対処がしやすい事が多い。


「まぁ、なんとかなるか」


 異世界人の方はどうとでもなる。問題は、聖女達の方だ。


「……何人か減って、何人か増えてるが、良く持ちこたえてるな」


 満足そうに、一つ頷く。


 死への誘惑に負けることなく、きちんと戦い抜いたようだ。


「安心してくれ。約束は絶対に護るさ」


 それは、キアと交わした約束とは、また別の約束。


 彼女達と交わした、護らなければいけない誓約せいやく





 時は、ハクアとキアが手を組んだその直後までさかのぼる。


「さて、それじゃあキアちゃん。僕はやる事があるかあら、この近くで少し待っててもらえるかな?」


「分かりました。あ、でも……」


 頷き、けれど、直ぐに自身が抱きしめたままのミアを見る。


 分かっている。ミアを故郷に還す事は出来ない。腐った死体を運ぶのは相当リスキーな行動だ。衛生上よろしくも無いし、伝染病の危険もある。


 それは、重々承知している。細部の危険は分からなくとも、腐った死体が悪いものである事は分かっている。


 ゾンビになるかもしれない。スケルトンになるかもしれない。寄り集まって、もっと恐ろしい何かになるかもしれない。


 それでも、キアはミアを故郷の土に埋めてやりたかった。こんな、地獄の墓穴なんかじゃ無くて、故郷の住み慣れた村のお墓に。


「ああ、そうだね」


 キアの言いたい事が分かったのだろう。ハクアは一つ頷くと、ぱちんと指を弾いて鳴らす。


 それだけで、ミアの亡骸は瞬きする間に消え去ってしまった。


「え、え?」


 急に消えたミアの亡骸に困惑するキアに、ハクアは穏やかな声音で言う。


「しばらくの間、僕が預かっておくよ。安心して。なんにもしないからさ」


「はい……」


 ハクアを心底から信用できる訳ではないキアは、ハクアの言葉に曖昧に頷くしか出来なかった。


 それを分かっているハクアは特に気にした様子も無く、ぱんっと手を叩く。


「さ、それじゃあしばらく待っててよ。僕はちょっとやってこなくちゃいけない事があるからさ」


「分かりました」


「一応護衛も付けておくから。頼んだよ、アルテミシア」


 ハクアが虚空を向いてそう声をかければ、くるるっと動物のような泣き声が聞こえてきた。


 アルテミシアという存在が、ミアをこの穴の中から探し出してくれた存在だろうと当たりをつける。見えない事は恐ろしく、薄ら寒い気配だけを感じるけれど、それでもミアをこの穴の中から救い出してくれた事には変わりない。


 キアはハクアの向いている方を見て、ぺこりと頭を下げる。


「ミアを、この穴から救い出してくれて、ありがとうございます」


 一瞬の沈黙の後、くるるという鳴き声とともに、何かが振れる気配。


 思わずびくりと身を震わせるけれど、特にアルテミシアが何かをしてくる様子は無い。


「どういたしましてだって。良かったね、アルテミシアがちょっと気に入ったみたいだ」


 優しい声音で言うハクア。果たして、自身の知覚できない存在に気に入られて、良いものなのか悪いものなのか判断に困る。


「んじゃ、お願いねアルテミシア。キアちゃんも、良い子で待っててねー」


 軽く手を振りながら、ハクアは気負った様子も無く歩いていく。


 キア達が来た道を一人引き返していくハクア。来た道を引き返すという事は、ハクアは砦に戻るという事だ。聖女達に関する書類を持っていたことから、恐らくはそこら辺の物が必要なのだろうと勝手に納得するキア。


 キアの予想は中らずといえども遠からずだ。


 聖女関連の書類はすでにハクアの手中にあるため、砦でハクアが必要としている物はもう無い。


 書類の全てという訳では無いけれど、他の書類はレカールの邸宅にあるので此処で入手する事は出来ない。事が進めば、おいおい拝借しようと考えている。


 今ハクアがすべきことは、物の拝借ではない。


 見つからないように注意しながら砦の中へ侵入し、とある部屋を目指す。


 それは砦の地下にある居住空間。


 汚れ、埃の溜まった不衛生なその場所は、区画ごとにわかたれており、出入り口は鉄格子で出来ているというとてもおかしな造りをした部屋だった。


「ってかお部屋っていうか牢屋じゃーん」


 なんて言いながら、ハクアは砦の地下にある牢屋を歩く。


 一部屋四人。それが幾つもある。


粗雑な牢屋に入れられているのは、幼気な少女から妙齢の女性達だ。


 彼女等の目に生気は無く、あるのは地獄の日々を生きて行かなくてはいけない絶望のみ。


 そう、此処は聖女達の牢屋マイルーム。此処に居るのは、全員が聖女だ。


彼女達はハクアを見てびくりと身を震わせ、部屋の隅に移動したり、そのまま身を震わせて恐怖したりといった反応を見せる。


 毎日暴力の限りを尽くされているのだ。当たり前といえば当たり前だ。


「ああ、楽にしていて。僕ぁ君達を害そうだなんて思ってないから」


 ハクアはそう言うも、彼女達は疑心の目を向けるだけで、ハクアの言葉を少しも信用している様子は無い。


 少女達の視線を受けながら、ハクアは牢屋の中を見回す。


 幾つかの部屋を見て回り、とある部屋の前でハクアはその足をぴたりと止める。


「うん。君が良さそうだ」


 ハクアがそう言えば、その牢屋の四人はびくりと身を震わせる。


 ハクアは牢屋の前にいつの間にか現れた椅子に座って彼女達――その中の一人の少女を見る。


「君……えっと、綺麗な金髪の君ね。君は此処に来てどれくらい経つのかな?」


 声をかけられた金髪の少女は困惑しながらも、ハクアの真意を探るように言葉を返す。


「……一年と、少し……」


「ほうほう。で、その目、ね……」


 にこにこと笑みを浮かべながら、ハクアは少女の反発的な目を見る。


 目付きが悪いとかそういう事ではない。彼女の目は、反発の色を持っている。いや、憎悪と言っても良いだろう。


 その目が、ハクアは気に入った。


「僕が君達を此処から出してあげるって言ったら、君はどうする?」


 ハクアの言葉に、聖女達は困惑を隠せない。


 それはそうだ。何せ、真意が読めないのだから。


 いつもの遊び・・の一環か、それともまた別のナニカなのか。


 言葉を返すには、あまりにも判断材料が少なすぎる。


「急に言われても答えられないよね。ごめんね。けど、僕もあまり時間が無いんだ。だから、必要最低限の情報だけ提供するね」


 おほんと、わざとらしく咳払い。


 では、ご傾聴を。


「僕の名前はフェード・・・・。勇者……うーん、いや、違うか。異世界人、ひいてはその協力者に弓引く者だ。ちまたじゃ、僕は勇者殺しブレイブスレイヤーなんて呼ばれてるね」


 勇者殺しブレイブスレイヤー。その言葉を聞いて、聖女達は驚愕に騒めく。


 ハクアは気に入っていないけれど、その名は広く轟いてしまっている。そのため、こういう時は使い勝手が良いのだ。


「その、勇者殺しブレイブスレイヤーが、いったい何の用?」


 金髪の少女が問えば、ハクアは笑みを崩さずに答える。


「君達は選定の勇者リュートに聖女の力を授かり此処に来た。そういう認識で間違い無い?」


「授かってない!! 押し付けられたのよ!!」


 ハクアの言葉に、金髪の少女は歯を向き出しにして鉄格子に手を打ち付けてハクアを睨む。


「うん、そうだね。それどころか、君達は騙されたんだ」


 金髪の少女の言葉に頷き、ハクアは続ける。


「君達は聖女と言われた。けれど、実際にやっている事は娼婦となんら変わらない。いや、娼婦よりも酷い扱いを受けてる。そこの、彼女みたいにね」


 ハクアが金髪の少女の後ろにいる少女に目を向ければ、ハクアと目が合った少女はびくりと身を震わせる。


 その少女は薄汚れた包帯を右目を隠すようにして顔に巻いていた。


「目、取られちゃったんでしょ?」


 ハクアがそう言えば、金髪の少女はもう一度鉄格子を強く打ち付ける。


「だから何? あんたに関係無いでしょ」


「三級聖女は治癒魔法が使えるけど、部位欠損はどうにもできないもんね。止血と傷の治癒だけで精一杯だったんだね。大変だったねぇ」


「知ったような口をきくな!! あんたに何が分かるのよ!!」


「うーん……確かに、目は・・分からないなぁ」


 言って、ハクアは唐突に自身の目に指を突っ込んだ。


「――ッ!? あんた、何やって……!!」


「ふっ、ぐっ……!!」


 痛みに顔を歪めながらも、ハクアは少しの躊躇も見せずに眼窩がんかに滑り込ませた手を引き抜く。


 ぶちぶちと神経系が引き千切れる嫌な音が鳴る。


 虚ろとなった眼窩からは止めどなく血が流れ、ハクアは痛みに顔を歪めている。


「ぁ゛あ゛……いってぇ……!! こりゃあ、確かに知ったような口はきけないねぇ……」


 痛みに顔を歪めながらも、へらへらと笑みを浮かべるハクア。


 そんなハクアの様子に、この場に居る誰もが戦慄した。


 だって、普通じゃない。普通の者ならば、相手の気持ちを知るために目を抉り出したりなんかしない。そして、激痛に苛まれながら笑みを浮かべる事なんて出来やしない。


「ば、馬鹿じゃないの!? その傷、アタシ達は治せないのよ!?」


「あれ? 治してくれるつもりだったの? 優しいねぇ」


「命令すれば良いだけでしょ!? あんた達がいつもやってるみたいに、剣をちらつかせて命令すれば、アタシ達はなんだってするしかないんだから!!」


 それが、自分達が生きるための道なのだから。


「生憎と無理矢理は僕の趣味じゃぁない。ま、このくらい平気さ。いつもの事だからね。ちょいと君、こっちにおいで」


 言いながら、ハクアは隻眼の少女を手招きする。


 手招きされた少女は困惑しながらも、恐怖で身体が動かないのかハクアの元へ行こうとしない。


「止めて!! エルシャに何するつもり!!」


「何って、僕の目をあげるんだよ。片目じゃ、せっかくの美貌が台無しだろう?」


「目を、あげる……!? あんた何言ってんの!?」


「言葉通りさ。それ以上の意味は無いよ。ほら、こっちおいでよ」


 まるでお小遣いをあげる親戚しんせきのおじさんのような気安さで隻眼の少女――エルシャに手招きをするハクア。


「大丈夫。僕は痛いのは嫌いなんだ。するのも、されるのもね」


 だから、安心すると良い。


 声音は優しく。けれど、表情は痛みで若干引きっている。


「……っ」


 ハクアの気持ちが届いた訳では無いだろう。


 エルシャが動いたのは、単に恐怖からだ。


 これ以上ハクアの言葉を拒否すれば、次の瞬間にはむちが飛んでくる。此処にいる者はいつだってそうする。最初は楽し気にその様子を見て、次第に苛立たしくなって、最後には鞭で乱暴に打つ。


 だから、エルシャの身体は勝手に動いた。


 相手の機嫌が悪ければ、いつも以上に酷い事をされるから。それが嫌で、エルシャはハクアの元へと向かった。


「良い子だ」


「ちょっと、エルシャ!!」


 鉄格子の傍まで来たエルシャの包帯を取ろうと伸ばされたハクアの手を、金髪の少女は強く叩き付ける。


「触らないで!!」


 金髪の少女の行動に、周囲の者が思わず息を呑み、次に飛んでくるであろう怒声に備えて身を堅くさせる。


「……君は、本当に勇敢だ。素直に、僕は君を尊敬するよ」


 しかし、次に飛んできたのは怒声なんかではなく、心底から感心したような声だった。


「僕なんかじゃ想像も出来ない地獄の中でなお、君は気高く在ろうとしている。素晴らしい。勇者なんかよりも、よっぽど尊敬するよ」


 他意の無い、素直な賞賛の言葉に、金髪の少女は困惑する。


「は? 何言って……」


「けどごめんね。今は邪魔をされると困るんだ。だから、暫く動かないでいてくれると助かるよ」


 ぱちんと指を弾いて鳴らす。


「――っ!! 何!?」


 音が鳴った直後、金髪の少女の身体は唐突に動かなくなってしまった。まるで、巨大な誰かの手に握られているかのような感覚。


「さ、包帯を外すよ」


「ちょ、ちょっと!! 離しなさいよ!!」


「後でね。大丈夫かい? 自分で外せるかい?」


「今すぐ解きなさい!! ――っ、その汚い手をエルシャに近付けるな!!」


「死体を触ってきた後だからね。一応手は洗ってきたよ」


「そういう意味じゃないって分かってるでしょ!?」


 もがく金髪の少女。しかし、謎の拘束からは逃れられない。


 震えながら包帯を外すエルシャ。


 無理矢理抉り出されたのか、傷痕の残る右目周辺。


 そんなエルシャの顔を見ても、ハクアは表情一つ変える事無く空いた手でエルシャの右の目蓋を優しく開く。


「大きさは調整した。だから、安心してね。中古なのは申し訳無いけどね」


「止めなさい!! エルシャ、そんな奴の言う事聞かなくて良いの!! 逃げなさい!!」


「さぁ、ゆっくり息を吸って。そう、ゆーっくり」


 すうっと息を吸う。


「それじゃあ、ゆっくり吐いて」


 ゆっくりと、息を吐く。


 それに合わせて、ハクアは優しく眼玉をエルシャの右目に入れる。


「――――――――ッ!! この……!!」


「はい、おしまい。どうだい? 見えるかい?」


 最後にエルシャの目蓋に優しく触れる。


 恐る恐る目蓋を開くエルシャ。そして、驚いたように目を見開く。


 左目を閉じて、確かめるように周囲を見る。


「見える……」


 ぽつりと、言葉をこぼす。


「見えるよ、ヘンリー……」


 目に涙を浮かべながら、エルシャは金髪の少女――ヘンリーに言う。


「嘘……」


 いつの間にか、ヘンリーの拘束は外されており、自由に動くことが出来た。


 今まで何も見えなかった訳ではない。左目があった。だから、光を完全に失った訳では無かった。


 けれど、目は顔にある。顔は、女性にとって大事なものだ。とりわけ、お洒落に気を遣う年頃ならなおさらだろう。


 それに加え、目は再生する事は無い。だから、その嬉しさも一押しだろう。


「やー、良かった良かった。僕も痛い思いをしたかいがあったってものだよ」


 にこにこと笑みを浮かべながら、目が見えるようになった事を喜ぶハクア。


「あ、ありがとうござ……いま……す……」


 エルシャが遅ればせながらお礼を言うけれど、そのお礼は尻すぼみになっていく。


 それも、致し方の無い事だろう。何せ、先程抉られたはずの右目がハクアの右の眼窩にきちんと収まっているのだから。


「え!?」


 エルシャは驚きながら自身の右目を確認するけれど、そこにはきちんと右目がある。自分のが無くなった訳では無い。


 なおの事、エルシャは困惑する。


「僕ぁちょっと特別でね。目玉くらいなら何とでも出来るのさ」


 笑顔を浮かべて言うハクア。


「あんた、何者なの……?」


エルシャを背に庇いながら、ヘンリーはハクアを警戒する。


「言ったろ? 僕は勇者殺しブレイブスレイヤー。反則技持ってる異世界人を殺すには、僕も反則しないと勝てないんだよ」


 だから、これも反則の一つさ。


「……何が目的?」


「あぁ、そうだそうだ。目的ね、目的。僕の一貫した目的は異世界人殺し。けどね、短期間での目的で言えば――」


 ――この砦の陥落。及び、君達聖女の解放さ。

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