第13話

 キアがリュートを殺し、聖女部隊をハクアが皆殺しにした。


 これで、全部終わり……とはいかない。やり残した事が、いくつかある。


「まぁ、ぶっちゃければよ、キアちゃんが殺す必要なんて無かったし、キアちゃんが死ぬのを黙って見てる必要も無かった」


 手に付いた血を払いながら、ハクアは歩く。


「けど、多分キアちゃんは今日を生き残っても明日を生きる事を望まない。全て終わったら、自死していただろうさ。それが、ちょっと早いか、ちょっと遅いかの違いでしかない」


 ハクアが歩み寄れば、ハクアの前に立ち塞がる者もハクアへと進む。


「だから、見殺しにした。言い訳はしない。僕は、キアちゃんを見殺しにしたんだ」


 その気になれば、キアを殺した斬撃を防ぐことだってできた。けれど、しなかった。


 キアは死ぬ事を受け入れていたから。


「人を殺す事は簡単なのに、人を生かすのは殺すのとは非にならない程労力を使う。僕は彼女にそこまでしようとは思わなかった。それこそ、労力の無駄だ」


 ハクアはそこで足を止める。


 目の前には、自らの怨敵が立つ。


「まぁ、お前達を殺す事は無駄だとは思わない。全て、必要な事だからな。……って、聞こえちゃいないか」


 笑いながら、人差し指で怨敵――心眼の勇者カナエの額を叩く。


 額を叩かれながらも、カナエは反応を示さない。


 その目はうつろで焦点が合っておらず、寒くも無いのに身体を震わせ、かちかちと歯が音を立てる。


「やっぱり効果覿面てきめんだったなぁ。ありがとう、アルテミシア」


 ハクアがお礼を言えば、今まで無理矢理立・・・・・たされていた・・・・・・カナエが地面に落ちる。


 直後、カナエの背後に何かが姿を現わす。


 ハクアを優に超す巨躯は、しかし人の形をしてはいない。


 その者はいびつであった。


 犬のような頭部に扇状に広がった角が二つ生え、ハクアを見据える赤い瞳は四つもある。


 胴体は狼のようだけれど、狼には無い腕が六つも生えている。大中小とあり、一番大きな腕が身体を支え、忠くらいの大きさの腕は手持無沙汰なのか居心地悪そうに漂い、一番小さな腕は祈るように胸の前で手を組んでいる。


 腰からは二枚一対の羽が生え、後ろ足があってしかるべき箇所からは長大な蛇の尻尾が生えいる。


 見るからに、まともではない。


 ハクアがアルテミシアと呼んだ存在は、姿勢を低くしてその顔をハクアの身体にこすりつけた。


「ああ、ありがとう。偉いな。潰さずに持ってこられたじゃないか」


 顔をこすりつけてくるアルテミシアを、ハクアはまるで飼っているペットを撫でる様な仕草で優しく撫でる。


 ハクアが撫でれば、アルテミシアは気持ちよさそうに四つの目を細める。


「しっかし、分かっていたとは言え失礼な奴だねぇ。淑女を見て発狂するなんて。ねぇ、アルテミシア」


 ハクアが同意を求めれば、アルテミシアはぐるると一つ不満げに唸る。


 そんなアルテミシアの頭をぽんぽんと叩いてやれば、アルテミシアはずるずると身体を移動させてハクアの後ろに回る。


 見てくれで分かる通り、アルテミシアはまともな存在ではない。


 魔物は数居れど、これほどまでに歪な存在はアルテミシアの他にはいない。そもそも、アルテミシアは魔物では無いのだけれど。


「しゅ、くじょ……?」


 胡乱うろんな瞳にわずかな知性の光を見せ、カナエはハクアを見る。


「どこが……どこがどこがどこが!! そんなのただの化物じゃない!!」


 化物と言われた事が気に入らないのか、アルテミシアはぐるると歯を見せて唸る。


「ひっ……!!」


 アルテミシアが唸れば、カナエは怯えた様子で身体を引きずって距離を取る。


 カナエの心眼は相手の心を見通せる。しかし、それは心眼の神髄しんずいではない。


 身体の構造、身体の異常、その物体の持つ本質、魔力――数え上げればきりが無い程のものを見る事が出来る。


 だから、見えてしまったのだ。アルテミシアの中が。アルテミシアの本質が。


「あ、あんた……それがなんだか分かってるの!?」


 必死に腕を動かして逃げようとしながら、カナエはハクアに問う。


「ああ、分かってるよ」


「じゃあなんでそんなのと居られるの!? あんた本当に分かってるの!?」


「二度も同じことを聞くなよ。分かってる分かってる。ほら、次を見越して三回目を言ってやったぞ? で、次のご質問は?」


「馬鹿じゃないの!? なんでそいつを殺さないのよ!! 私達よりも真っ先に殺すべき存在でしょ!?」


「馬鹿言うな。アルテミシアはこの世界の存在だ。そんなアルテミシアを僕が殺すわけ無いだろ? 僕が殺すのは、世界の異物たる異世界人だけだ」


「だから馬鹿だって言ってるんでしょ!? そいつはこの世界に居て良い存在じゃないのよ!?」


「いや、この世界に居ちゃいけないのはお前達異世界人の方だ。はき違えるなよ異世界人。アルテミシアはこの世界に元々いた存在だ。お前達みたいな異物が、この世界の是非を語るな」


「異世界人だって分かるわよ!! そいつは――」


 苛立ちが最高潮に達したのか、ハクアの頭上からアルテミシアが巨大な腕を伸ばしてカナエに叩き付ける。


 地面が抉れる音と同時に、人体が出すには不適切な音が上がる。


「――ぃぎっ……ぃあああああああああああああ!!」


 下半身を巨大な腕に潰され、カナエは痛みに泣き叫ぶ。


 カナエは一級聖女の力を与えられている。治癒魔法をかければこのくらいの負傷なら治す事が出来る。


 けれど、治癒魔法をかけない。いや、かけられないのだ。


 アルテミシアの存在がカナエの思考を鈍らせる。判断を間違わせる。


 それほどまでに、アルテミシアの本質を覗いてしまったショックは大きいのだ。


 自分が殺したはずの男が生きている事に疑問を抱けないほど、リュート達の安否について考えが及ばないほど、自分が生かされているという事実を考えられないほどに。


 半ば潰された身体を躊躇いなく踏みつけ、ハクアはカナエに問う。


「一つ、質問だ。お前達を召喚したのはどこの国の誰だ?」


「いぃだい……いだいいたい痛い痛い痛い痛い……!!」


 泣きながら、血の混じったよだれをまき散らしながら、カナエは泣き喚く。


「はぁ……この程度でこれか。勇者が聞いて呆れる」


 ぱちんっとハクアが指を弾いて鳴らす。


 その直後、淡い光がカナエの身体を包み込み、瞬く間にカナエの負傷を癒す。


 徐々に痛みが引いていき、カナエはパニックの中から少しだけ正気に戻る。


 肩で息をし、絶対に背後を見ないように地面に視線を落としながら、圧倒的強者を刺激しないように耐える。


「もう一度質問する。お前達を召喚したのは、どこの国の、誰だ?」


 パニックにおちいってはいないカナエの耳は、正しくハクアの問いを聞き取る。


「……あ、アルセイス王国、現国王、ヨハネス・ディラ・アルセイス……」


「ふん。やっぱりあの馬鹿か。あいつら・・・・だけで満足しとけば良いものを……」


 忌々し気に吐き捨てる。ハクアの言い振りから、ヨハネスと浅はかならぬ因縁があるように思えるけれど、それを聞くだけの勇気はカナエには無い。


 今はただ、ハクアの気に障らないようにして嵐が過ぎるのを待つしかない。


「魔族との戦争の状況はどうなってる?」


「に、人間側が、優勢……けど、魔族も一筋縄じゃいかなくて、押されてる地域もある……」


「戦場に投入されてる異世界人の数は?」


「分からない……」


「知ってる奴だけ上げろ」


 言われ、カナエは指折り数えて戦場に出ている勇者の数を確認する。


「私が知ってるのは、六人……」


「名前は?」


「こ、コノダ・ヒデタカ。イサギ・シュウコ。――」


 次々にハクアはカナエから情報を抜き出す。


 カナエはこれ以上痛い思いを味わいたくないのか、それとも背後に立つアルテミシアが恐ろしいのか、従順にハクアに情報を流す。


 カナエの対処をアルテミシアに任せたのはこれが理由だ。


 アルテミシアは、ただ見えるだけの者ではどうする事も出来ない。カナエはなまじ見えてしまったものだから、自身が絶対に勝てない事を嫌でも理解してしまった。


 ぽっきりと。それはもう呆気なく、カナエの心は折れてしまった。


 だからこそ、従順なのだ。保身のために、聞かれた事には嘘偽りなく答える。相手に情報を渡すくらいならと自決する覚悟も無い。


 本当に、なんでこんな奴らが戦っているのか。


「……ざっとこんなものか」


 あらかた聞きたい事を聞き終えたハクアは、今聞いた情報を精査する。


 カナエから足を退け、アルテミシアが差し出すてのひらに腰掛ける。


「来たての奴を優先的に殺して回ったけど、殺した数より召喚される数の方が多いな……これじゃあいたちごっこにすらならないな」


 元より、ハクアの異世界人殺害のペースはそんなに早くは無い。今回のように自分ではなく他の者に止めを刺させる事もあるけれど、殆どは自分で見つけ次第即座に殺している。


 ただ、見つけてその場で殺すような事はしない。ハクアと異世界人が戦えば周囲の人間に危害が加わる。それは、ハクアの望むべく所ではない。


 ハクアが嫌いなのは異世界人だ。別段、異世界人を温かく迎え入れる住民に恨みは無い。


 今回だって、リュート達が街の住民を街の外へと避難させるように整えた・・・。戦う場所だって、最初の場所から殆ど動いていない。


 住民を殺し、街を壊し、人々の営みを壊す事をハクアはしない。


 ハクアは異世界人の敵にはなっても、人々の敵になるつもりは無い。


 人が人に優しくするのは当たり前だ。だから、異世界人に優しくする住民を否定するつもりは無い。人の在り方まで否定をしていたら、それこそ世界の敵になってしまう。


 ハクアが殺すのは、異世界人と、それに与する者。その力を利用する者、その力に溺れる者だ。


 リュートの聖女部隊を殺したのは、彼女達がその力を利用していたからだ。


 通常、聖女になるのには厳しい修練が必要になる。治癒魔法の精度を磨き、魔力を高め、己の集中力を高め、何人も治療できるだけの体力をつける。


 勿論、才能も必要になってくるだろう。けれど、才能だけでは聖女にはなれない。己の才能を磨き、自身の力となるように努力を重ねる。


 聖女とは、自分を高めた治癒魔法師に与えられるべき称号なのだ。


 それを、浅ましくも聖女部隊と名乗っていた彼女達は、何の努力もせずに、ぽっと出の異世界人に力を与えられ、まるで本物の聖女のように振舞う。


 それは、聖女を目指す者達を嘲笑う行為だ。彼女達の努力に唾を吐く行為だ。


 才能も関わるとは言え、三級聖女は二級聖女に、二級聖女は一級聖女に、一級聖女は特級聖女に上がる事が出来る。


 けれど、彼女達は与えられた当時の等級のままだった。それは何故か? 鍛錬をしていないからだ。己を磨いていないからだ。与えられた力に胡坐をかき、与えられた力だけで満足をして聖女だと名乗る。浅ましいにもほどがある。


 聖女というのは与えられるものじゃない。自ら成り上がるものだ。


 リュートの作った聖女が人々を幸せにしてきた? 冗談じゃない。人々を幸せにすれば誰かを踏みつけにしたって良いのか? 誰かの努力に唾を吐いたって良いのか? 誰かの役目を奪っても良いのか?


 良い訳が無い。


 これは聖女に限った話では無い。他のどの職業においても同じ事だ。


 そんな、努力を重ねている者達を嘲笑うのが異世界人だ。


 だからこそ許せない。だからこそ生かしてはおけない。だからこそ受け入れてはいけない。


 しかし、一人ではいたちごっこにもならない。ハクアが殺すよりも、異世界人が召喚される数の方が多いのだから。


 おそらくは、カナエが把握していないだけで異世界人はもっと召喚されているだろう。


「やり方を少し変えるべきか……」


 ハクアの呟いた言葉の真意が読めず、アルテミシアはくるると鳴いて小首を傾げる。


「ああ、良いんだよ。アルテミシアがやる事は変わらない。ただ僕がちょっとやり方を変える必要が出て来たって話だ」


 手当たり次第に殺して回れば早いのだろうけれど、無益な殺生は好みではない。今回みたいに無駄に時間をかけずに殺していけばいいのだろうけれど、それでは浮かばれない者もいる。


 難しいけれど、少し別の手を考える必要が出来てきた。


「ま、おいおい考えよう。今は、目の前の事に集中するとしよう」


 差し当たっては、キアとの約束を果たそう。


「さて、それじゃあ次に移ろうか」


 ハクアが言えば、アルテミシアはくるると鳴いて頷く。


「っと、その前にだ……」


 アルテミシアの手から降り、ハクアは未だ地面に伏せっているカナエに視線をやる。


 ハクアの視線を感じ取ったのか、びくりと身を震わせるカナエ。


「食べて良いよ、アルテミシア」


「いやあぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!」


 ハクアの言葉を聞いた途端、カナエは半狂乱になって逃げだす。


 しかし、立ち上がり一歩二歩と地面を踏みしめた後、急に足が動かなくなる。いや、違う。足は動いている。けれど、地面を蹴れない。


 焦りながら、自身の足を見る。


 地面を踏みしめるべき足が、前へ進むための足が、膝より下から消えていた。


 歪に、まるで、無理矢理噛み千切られたように。


「ひ……っ!!」


 支えを失った身体は倒れる。


 嫌……嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌――!!


「助け――――!!」


 助けを請う言葉は最後まで放つ事は出来なかった。


「はい、ごちそーさん。残さず平らげて偉いぞ、アルテミシア」


 ハクアがそう言えば、アルテミシアは嬉しそうに顔をハクアの身体にこすりつけた。


 さて、次だ。

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