第9話

 全てを聞いた。フェードの口から、全てを聞いた。


「まずね、この死亡者リスト。この子達がどう死んだのかだ。君も薄々気付いているとは思うけれど、彼女達は凌辱りょうじょくの限りを尽くされているね」


 酷い話だと、表情一つ変えずに言う。


「戦闘の待機中、またはその後。彼女達はまるで慰安婦の如き扱いを受けた。そう言うのは、本当なら娼婦が受け持つものだ。領主が娼婦を雇い、兵達に抱かせる。砦から離れられない兵達には娯楽が無い。そうなれば、給金の使いどころがない。仕送りをしている者もいるだろうけれど、独り身が居ない訳でも無い。せっかく稼いだお金だ。使わずに死ぬなんてごめんだろう? だから、彼等は娼婦を抱くのさ。本来なら、ね」


 まぁ、娼婦以外にも物売りが来て酒やら食べ物やらの嗜好品を買う事もあるけれど。


 この砦は公爵がケツ持ちという事もあって、そう言った物は充実している。だから、決まった商人がただ品をおろすだけなのだ。


 戦時中というのは、いつ敵の襲来があるか分からない。そのため、兵士達も常に気が休まらない。


 それを忘れさせるのが女である。


 娼婦のたくみな手練手管てれんてくだで男を夢中にする。一時でも、戦争中である事を忘れるように。


 女に酔いしれる男は夢中になって女を抱く。その時だけは、女に全神経を集中させる。


 その肌を、声を、とろけた顔を忘れないように。


 ただ夢中になって、女を抱くのだ。


「しかしまぁ、調べたところ此処に娼館への依頼は出てないみたいだね。なんでかな、不思議だなって思って調べてみた。ちょいとばかし、覗き見させてもらったんだ」


 親指と人差し指で輪っかを作って自身の目で穴を覗く。


「そしたらさぁ、彼等目合まぐわってるじゃないか。誰とかなぁ? 勿論、お察しの通り聖女様達とだよ。僕の目から見れば、同意の元じゃあ無いね。同意だったら、あんなに泣きじゃくったりしないからね」


 ミアが泣きじゃくっているその様が、想像をしたくないのに勝手に想像されてしまう。


 泣いて、腰を打ち付けられて、止めてと言っても止めて貰えず、ただ泣きながら必死に抵抗をするけれど、男の腕力に勝てるはずも無くて……。


「三級聖女ってのはね、作りやすいらしい。それこそ、五十人に一人の確率で作る事が可能らしいね。いやぁ、量産型聖女様だねこりゃあ。便利なもんだぁ」


 けらけらと不快感を隠しもしない顔で笑う。


 彼等の行いに、その行いの元凶に、フェードが憤っているのが分かる。形だけじゃない。心の奥底から、フェードは憤っている。でなければ、こんなに歪に笑えない。


「まぁ、だから、この砦に居る聖女様は三級しかいない。彼女等は代えが効く。だから多少乱暴に扱っても良いんだよ」


「多少……?」


 キアは奥歯を噛みしめる。ぎりぎりと、痛々しいくらいに音が鳴る。


「……凌辱の限りを尽くされたのに、多少……?」


「そう。多少。彼等にとっては多少の事さ。何せ代えが効く玩具おもちゃだもの。多少無茶したところで、直ぐに補充されるんだ」


 無茶をする。それはつまり、普通の男女の営みでは行われないような事をするという事。


 人はそれを男女の営みとは言わない。人はそれを、凌辱と言う。


 それが多少の事だと個々人が判断をしてしまうくらい、この砦の道徳モラルは低下していた。


「代えが効く存在に、加減なんて必要ないってこったね」


「――ッ!! ミアはこの世界に一人しか居ない!! ミアの代えなんて居ないわ!!」


「それは君個人の想いでしかない。彼等からしてみれば、この砦に居る少女達は個人じゃない。三級聖女という体系システムでしかないんだよ」


「――――――――ッ!!」


 悔しそうに、キアは地面に拳を打ち付ける。


 どん、どん、どん……何度も、何度も、皮が剥がれ、血がしたたるまで。


「彼女等は聖女にして娼婦。傷を癒し、心を癒す使い捨ての聖女」


 フェードの視線がキアから穴に落とされた少女達に向けられる。


 その数は百を優に超え、数百にまで届いている事だろう。


 この中に、高貴な身分の者はいない。商人も居なければ、鍛冶屋の娘も居ない。大きな町に属していない、辺鄙へんぴな村のただの娘達だ。人物評プロフィールの出身のところにもそう書かれている。


「こんな……っ、こんな辛い思いをしていたのに……っ、手紙なんて書いて……っ!! た、すけてって……言って欲しかった……!!」


「書いたところで、聖女の手紙は検閲けんえつされて、書き直しされた事だろうね。それに、彼女等は一度たりとも手紙なんて書いてない」


「…………え?」


「文官が適当にでっちあげてたんだよ。文字の書けない村娘ばかりだ。村人達は筆跡なんて気にしないだろうし、そもそも字が読める者の方が少ない。それが分かっていて、手紙を送っていたんだよ。誰それからの手紙だって言われて渡されれば、君達は疑ったりしないで受け取るだろう? 字を読めなくても、大切に取っておくはずだ。手紙の意味自体は知っているみたいだしね」


「嘘……嘘嘘嘘!!」


 キアは鞄から手紙の束を取り出す。ずっと大事に持っていた、何度も読み返したミアからの手紙。


「これ、これ……!!」


「うん、偽物。それと同じような手紙が文官の部屋には一杯あったよ」


「……ぁ……あぁ……!!」


 つまり、ミアはずっと助けを呼べなかったのだ。ミアが元気でやっていると思っていた間も、誰にも助けを出せず、一人苦しんでいたのだ。


 ミアが傷付いている間、自分は誰が書いたかも分からない適当な手紙を読んで心を温めていた……。


「ごめ、なさ……ごめんな、さい……!! 許して、許してミアぁ……!!」


 抱きしめたままのミアを更に強く抱きしめる。


「手紙が来なくなったから君は心配になって来たのだろう? 手紙が無くなったという事はつまり、その者が死んだという事だよ。手紙は生きている内にしか書けないからね。手紙が来ない事が死亡通告みたいなものさ」


 その意味が分からず、キアはこの場所まで来た。いや、薄々に感付いてはいたのだ。手紙が出せない事の意味を。けれど、認めたくはなかった。だって、たった一人の家族だから。


「聖女の殆どがこの場所から遠い村から集められる。それこそ、素寒貧すかんぴんな村人じゃ来られない距離だ。まぁ、君は来てしまったけれどね」


「だって……ミアが、ミアが……!!」


「うん、心配だったんだね。分かるよ、その気持ち」


 安い同情。そのはずなのに、フェードの言葉にはそれを上辺だけと言わせないだけの重みがあった。


「わざわざ遠くの村を選んだのは、やましい事をしている自覚があるからだ。何も知らない村娘を使ったのは、賢しい事を嫌ったからだ。賢しくなければ、悪知恵を働かせる事も無い。そうすれば、逃げられる事も無いのだからね。良いかい、よくお聞き」


 フェードはキアの顔を優しく上げ、しっかりと目を見て告げる。


「あの砦は地獄だ。奴らは平気で人の尊厳を奪い、命を奪う。それを、ちょっとした事だと思っている。国のために戦う自分達が得られる、特権だと思っている。誰であれ、命を奪う事を特権だなんて言うような奴は古今東西ろくな奴じゃない。もう一度言うよ。あの砦は地獄だ。他の誰でもない、聖女達の地獄なんだよ」


 地獄。そんな場所に、何も知らずに自分は世界で一番愛している妹を送り込んでしまった。


「あの地獄を作ったのはあの砦の者達と、あの砦の最高責任者であるレカール公爵だ。そして、諸悪の根源は聖女選定の力を持った異世界からの勇者、リュート・カサカだ」


「勇者……リュート……」


 思い起こされるのは、あの場所に居た、ミアを選んだ少年の顔。


「あいつか……!! あいつが、ミアをこんなところに……!!」


「まぁ、勇者は何も知らない可能性が高いね。裏で色々動いてるのはレカールだ。勇者はそれに利用をされているだけだ。けど――」


「だから何!! 利用されてたとしても、勇者は騙す側じゃない!!」


「――そう、その通りだ」


 にっと、フェードは嬉しそうに笑う。


「君と意見が一致したようで何よりだよ。そう、その通りなんだよ! 騙されていた。だから何だ! 人々を不幸に陥れ、少女達の地獄を作り上げていた事実に変わりはない! 知らぬ存ぜぬで済ませられるラインはとうに超えてる! それに、罪は罪!! なら罰は必要だろう!?」


 興奮したように、フェードはキアに言う。


「誰一人として、許しちゃいけない。特に、自身の器にそぐわない力を考え無しに振るう勇者は絶対に許しちゃぁいけないよ。そう思わないかい?」


「ええ……ミアをこんな目にあわせた奴らを、一人として許せはしないわ……」


「そうだろう? だからさぁ、殺しちゃおうよ。勇者も、その他諸々も。全部全部殺しちゃおう。美味しいところは君に上げる」


「美味しいところ……?」


「ああ。僕ならあんな下級勇者を殺すのは造作も無い。けどね、それだけじゃつまらないだろう? 君だって、僕が殺してその報告を聞いただけじゃさは晴れないだろう?」


 言われ、少し考えた。


 けれど、考えるまでも無かった。あの勇者が居なければ、自分達は幸せに生活出来た。いつもと変わらない日常だけれど、愛する日常を送る事が出来たのだ。


 勇者さえいなければ。あいつさえ、妹を選ばなければ……。あいつさえいなければ、こんな馬鹿げた地獄を作ろうとも思われなかったはずだ。なるほど、諸悪の根源とはよく言ったものだ。あいつさえいなければこんな事にはならなかった。


 他の誰があいつに幸福をもたらされていたとしても、私は私の不幸を生んだあいつを許せない。


 毅然とした、けれど、憎悪の詰まった目をフェードへと向ける。


 そんな目を向けられているにも関わらず、フェードはにぃっと愉快そうな笑みを浮かべる。


「覚悟は決まったみたいだね」


「ええ。あいつを……勇者を殺すわ」


「その意気や良し。安心して欲しい。僕が必ず非力な君を勇者へと届かせよう。ああ、けれど、一つだけ確認させて欲しい事がある」


「なに?」


「勇者を殺した時、きっと……いや、間違いなく君は死んでしまうだろう。それでも良いかい?」


「構わない。ミアのいない世界を生きる意味なんて無い」


「ふふっ、即答とは恐れ入った。素晴らしい姉妹愛だ」


 だからこそ、この話を持ち掛けたのだけれど。


 ただ絶望を与えるのは容易い。勇者の仲間、聖女部隊を奴の前で一人一人殺していけば良いだけだ。自分のしてきた事が無意味に終わる様を見せつければ良い。


 けれど、それではキアの憎しみは治まらないだろう。


 キアにそれをやってもらうのもまた一興。しかし、それ以上の良い案を思いついてしまった。


 であれば、選ぶのはそちらが良い。キアのためにも、それが良い。


「さて、一時とは言え君と僕はパートナーだ。軽く自己紹介をしようじゃないか。僕の名前はハクア・・・。気軽にフェードと呼んで欲しい」


「……どっち?」


「どっちでも良いよ。因みに、ハクアは本名でフェードが今考えた偽名。いつもはどっちで呼んでも良いけど、作戦決行日にはフェードの方が都合が良いかな」


「……なら、ハクアさんで」


「うん、了解。それじゃあ、君の名前は?」


「私はキア。ただの、キア」


「キアちゃんね。憶えたよ」


 にこっと笑みを浮かべるフェード。その笑みには先程までの悪魔的な色は無い。けれど、どこか胡散臭さを覚える。


「勇者を殺すその日まで、よろしくねキアちゃん」


「こちらこそ、よろしく……あ……」


 差し出された手を、キアは取ろうとした。


 けれど、キアの手はミアから漏れ出た良く分からない液体で汚れている。自分は気にしないけれど、流石に仇を殺す手伝いをしてくれるフェードに対して礼を失している。


 一度拭ってからと思い、引こうとしたキアの手を、フェードは躊躇う事も無く掴む。


「よろしくね、キアちゃん」


 浮かべた笑みには、一片の変化も無い。


 その笑みは胡散臭かったけれど、何故だか素直に信用する事が出来た。


「よろしく……お願いします」


 謝意と、敬意を込めて、キアは口調を改めた。


 こうして、キアはフェードと手を組んだ。それが間違えていたのか、合っていたのかは、後になって分かる事だ。けれど、今この時だけの結論を言うのであれば、キアにとってフェードの手を取る事は間違えてなどいなかった。


 例え、この怒りを一時忘れる事になったとしても、それは些事に過ぎない。それで、復讐が果たせるのであれば。


 例え、この者が仮に言い伝えに聞く魔王であったとしても構わない。だって、魔王は勇者の敵なのだから。勇者を殺すのに、これほど相応しい者はいないのだから。

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