第8話
キアの口ぶりから察するに、キアが勇者と和解をしたのは昨日の夜のはずだ。
確認が早すぎるとは思うけれど、この世界には異世界人に持ち込まれた
おそらくはそれを使って確認を取ったのだろう。遠隔での会話が可能な
けれどおかしい。確かに、フェードはあの日見たのだ。焼かれ、腐った死体が積まれる穴を。死亡者リストと、他の聖女のリストを。
「……ッ! そう言う事か……!!」
衝撃の後、数瞬遅れて理解する。
あの時、フェードは痕跡を消さなかった。それに、数人を殺してしまった。その後処理をしていなかったのだ。
そこで侵入者があった事に気付かれたのだろう。リストの事、穴の事が外部に漏れる前に全てを
「……っく……」
悔し気に呻き、そして――
「く、ふっ、あはははははははははははははははははははっ!!」
――吹っ切れたように高らかに笑う。
「……何がおかしいの?」
そんなフェードを見て、カナエは不機嫌そうな表情を浮かべる。
「だっておかしいだろ? あはは。お前等、連絡一つでそいつの事信じてんのか? 自分達で確認もしないで、その報告を信じんのか?」
「ええ。プトリスの領主、レカール公とは何度か会った事があるわ。少なくとも、貴方よりは信頼の置ける相手よ」
「バァァァァカ!! だから騙されんだよお前等馬鹿は!!」
吐き捨てるようにフェードは言い放つ。
「何度か会った事あるから信頼が出来るだぁ? お前頭腐ってんじゃねぇのか? 何度かしか会った事ない相手の全部信じられる訳ねぇだろうがよ。そんくらいで相手の何が分かるってんだ? 相手は海千山千の公爵だぞ? お前等みたいな乳離れも出来てねぇクソガキ騙すなんざわけねぇだろうが」
「レカール公は貴方の言う下賤の輩とは違うわ! 孤児院を幾つも経営していて、身寄りのない子供達を護っているのよ!?」
「その子供達がどこに就職してるか知ってるか? その後の
「全員は知らないは。幾人かは役所や冒険者ギルドで職員をしているわ」
「はっ! ほんっとうに何も知らないんだな、お前等」
呆れたように、フェードは深い溜息を吐く。
「そっちのリストも見たよ。出来の良い奴はそういう役職に就けてるみたいだけど、出来の悪い奴は魔族との戦闘の最前線に送られるか、お貴族様の愛玩奴隷になってたよ。いやはや、立派な人だなぁそのレカールって奴はよぉ!!」
「
「そう思うなら自分で確かめてみろよ。まぁ、お前等は見つかんなかったら途中で止めるんだろうけどな。見つからないって事はそんな事実は無かったって事にしてさ。本当にクソだよお前等」
「……さっきから、あんた何様のつもり?! 偉そうに御託並べて、あんた人の悪いところしか見てないじゃない!! 良い!? 人には悪い部分もあれば良い部分もあるのよ!! 当たり前でしょ!? そんな当たり前をアタシ達は受け入れて――」
「受け入れりゃ許されると思ってんのか? じゃあそいつが地獄に送ってきた奴らはどうなる? そこも受け入れて許してくのか? そんなの
「だから、そんな事実は無いってカナエさんも言ってるです!! そっちこそ、適当な嘘をでっちあげないでほしいです!!」
「調べもしないで頭っから人の話信じてんじゃねぇよ!! 信頼や友愛で解決する話じゃ無いって分かんねぇのか!?」
「けど……最初から疑ってちゃ、分かり合えない。……俺は、昨日今日の付き合いの君よりも、カナエとレカールさんを信じるよ」
信頼の窺える瞳を少女達に向けるリュート。
「―――――――――ッ!! っんとに……お前等は馬鹿しかいないのか……!?」
「そうやって人を見下すのもいい加減にしなさいよ!! リュート!! もう何話しても無駄よ!! こいつさっさととっちめちゃいましょ!!」
「ああ……申し訳ないけど、君を拘束させてもらう」
「謝る必要無いです!! こういうのは一回痛い目に合わないと分からないです!!」
「それはこっちの台詞なんだよ!!」
フェードは隠し持っていた予備の短刀を抜き放ち、リュート達へと肉薄する。
「無駄な事を……」
リュート達を庇うように、カナエが立ち塞がる。
白銀の鎧に、美しい
「邪魔……すんなぁ!!」
「邪魔はするわ。何せ、幼馴染を殺させるわけにはいかないもの」
「……ッ!! お前も
激昂しながらフェードは短刀を振るう。
それを、カナエは手に持った両手剣で受け、いなし、防ぐ。
その
「こいつ……!!」
「悪いけど、全部見えてるから」
カナエの目に碧く光る。
フェードの振った短刀を予期していたように躱し、大剣を軽く振って腕を切り落とす。
「っが、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? 腕、僕のぉぉぉぉぉッ!!」
「煩い」
「がっ!?」
大剣の
脳が揺さぶられ、足に踏ん張りがきかなくなる。
「ふっ――」
流れる様な剣捌きで、フェードの左足を断ち、大剣の腹で残った手の骨を砕く。
「んッ、がぁぁッ!?」
がら空きになった胴体を蹴り飛ばす。
片手片足の無くなったフェードは受け身を取る事も出来ずにゴロゴロと地面を転がる。
「本当はリュートの功績にしたかったから、私は手を出すつもりは無かったけど……」
言いながら、カナエはフェードに歩み寄る。
「……貴方は、危険過ぎる」
息を切らせて地面にひれ伏すフェードに、大剣の切っ先を向ける。
「……言い残す事は?」
せめてもの慈悲なのだろう。フェードにそう問いかけるけれど、フェードは全てを憎しみ切った顔でカナエに言い捨てる。
「……くたばれ……異世界人……お前等は、世界に必要ねぇんだよ……」
「そ」
短く返し、カナエはフェードの心臓を大剣で突き刺した。
「……ぶッ、ぐ……」
「それ、盛大なブーメランよ」
突き刺した大剣を抜き、汚らしい物を払うように剣を振るう。
「……」
血を吐き、完全に沈黙したフェードを見て、一つ頷くカナエ。
「
カナエがそう唱えると、フェードの死体に小さな種火が生まれ、炎が広がる。
「貴方、油断ならないから」
だから、肉片も、血の一滴も残さずに死んでちょうだい。
「……ふぅ」
フェードを燃やして、一仕事終わったとばかりに息を吐くカナエ。
「カナエ……」
リュートの声に振り返れば、リュートは申し訳なさそうな顔をして立っていた。
その視線の先は、カナエではなく燃えているフェードに向けられている。
「ごめん……俺は、また……」
謝るフェードに、カナエはふっと優し気な笑みを浮かべる。
「気にしないで。こういうの、リュートよりも私の方が向いてるでしょ?」
「でも……」
「なら、今度美味しいものでもご馳走して。それでチャラ。良い?」
笑いながら、カナエはとんとんっとリュートの肩を叩く。
そんなカナエにリュートは申し訳なさそうな笑みを浮かべて言う。
「とびきり美味しいのをご馳走するよ」
「ええ、楽しみに待ってるわ。私はこのままプトリスに向かうから、後をお願いするわね」
「分かった。ありがとう、カナエ」
「ええ」
リュートのお礼に頷いて、カナエは足早に街から遠ざかっていく。
一応、フェードの言った事にも一理ある。自分の目で見て確かめてみるつもりなのだ。
実際にそんな事があれば、放っておくわけにはいかない。年端も行かない少女達が
カナエはリュートと幼馴染だ。小さい頃から、リュートと一緒に過ごしてきた。カナエにとって、リュートは幼馴染であり、手のかかる弟のような存在だ。
そして――
「……良かった、無事で」
――淡い恋心を抱く相手でもある。
ちらりと振り返り、リュートの様子を見る。
リュートはたくさんの少女達に囲まれて、申し訳なさそうに笑みを浮かべている。その笑みを向ける先が自分じゃない事に少しばかり嫉妬と苛立ちを覚える。
そしてまた一人、リュートの輪の中に新しい少女が加わる。彼女も、他の少女達に負けず劣らずの美少女だ。そんな少女が近くに居て、男として嬉しく無い訳が無いだろう。
その事実に、胸中に醜い感情が広がるのが分かる。
「……っ」
その感情を振り払うために、カナエは二、三頭を振って思考を切り替える。
今は自分の事よりもリュートの事だ。
早急にプトリスに向かって、事の真相を確かめなければいけないのだ。
此処からプトリスまではそう遠くはない。今から馬で向かえば昼頃にはたどり着けるだろう。
足早に馬のところへと向かい、馬に乗ろうとしたその寸前、自身に影が差す。
「え?」
振り向き、そこで目にしたものは――
全てが終わった。
大団円の万々歳。そのはずなのに、リュートの心は晴れない。
分かっている。理由はフェードの言葉の数々だ。
リュートはフェードの全てが全て間違えているとは思わない。リュートがこの世界に来た事で救われた命がある反面、リュートが居なければ救われた命だってあったはずだ。
それに、カナエはそんな事実は無いと言っていたけれど、リュートは自身で聖女の選定をしている。そして、選定した少女達がその後どうなったのかを、まるで聞かされていない。
キアの言ったような事実があったとしても、不思議では無いのだ。
その事実が、喉に刺さった魚の骨のようにリュートをちくちくと苛む。
「あーあ、カナエに手柄取られちゃったー」
「仕方ないです。戦闘力で言ったら、カナエさんが一番強いですから」
カナエはリュートと同じく勇者だ。けれど、リュートとは違う特性を持っている。
カナエの特性は
けれど、その情報が確定するのに時間がかかった。
キアは心の変化が多く、直ぐに関係者だという事が分かった。けれど、フェードは違った。フェードの心はいつも一定で、楽しければそれが表に出て、楽しくなければ不機嫌にもなっていた。
反応があまりにも普通過ぎたのだ。
だからこそ、カナエはフェードが
しかし、昨日の山中での二人の会話で確信をする事が出来た。あの時は、フェードの心は負の感情が渦巻いていた。それが決定打になった。
キアがフェードを止めるようにお願いした事は想定外だったけれど、やる事に変わりはない。フェードを倒すために、リュート達は尽力した。まぁ、最終的にはカナエが一人で解決してしまったけれど。
「……皆に怪我がなくて良かったよ」
「まぁ、怪我しても直ぐ治せるから平気だけどね」
「ですです! リュート様こそ、大きな怪我がなくて良かったです!」
「俺は、皆が護ってくれたからね。……ありがとう、皆」
「お礼なんて良いのよ! アタシ達皆、あんたに助けられたんだから! 助けて当然でしょ?」
「ですです! これからも、たくさん頼ってくれて良いです!!」
リュートのお礼の言葉に、聖女達は口々に笑顔で言葉を返す。
その事を情けないと思いながらも、そこまで思ってくれているという事実を嬉しくも思う。
「あの……」
聖女達がキアに向ける視線は少しだけ白いものになっている。当たり前だろう。彼女はリュートを殺そうとした張本人なのだから。
「その、本当に――」
「ごめんなさい」
キアが謝ろうとしたその時、リュートは先に頭を下げた。
「え、ちょ、リュート!?」
「な、何故リュート様が頭を下げるのです!?」
「……カナエはそんな事実は無いって言った。けど、俺は自分の目で確認してない。それに、君が嘘を言っているとも思えないんだ。だから、多分俺は本当に知らず知らずのうちに君の大切な人を傷付けたんだと思う」
だから、ごめんなさい。
素直に、誠心誠意、リュートは頭を下げる。
「……顔を、上げてください……」
涙ぐんだ声の通り、リュートは顔を上げる。
「わ、わた、しの……方こそ……」
泣きながら、自分の非を詫びようとするキア。
「私……なんて事を……!!」
「俺は、気にしないよ。今回の事は、俺が悪かったんだ」
何も知らなかった。自分の力がどんなことに使われているのか、自分の力が場合によっては幸せ以外を作り出す事を、知らなったのだ。
リュートは自分の力の使い道をもっと考える必要がある。今回の事は、その良い切っ掛けになっただろう。
「俺は、俺が傷付けた人達のために、一からやり直そうと思う。だから、君も一からまたやり直そう。大丈夫。俺も、手伝うから」
「――っ」
感極まったように涙を流し、リュートの胸に飛び込むキア。
聖女達は不満げな顔をするけれど、まぁ、リュートだから仕方ないと諦めた様子だ。
「あ、りがとう……ございます……」
「良いんだよ。むしろ、お礼を言うのは俺の――」
「ありがとう、ございます。
「――……え?」
涙で歪んだキアの顔が愉悦に歪んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます