第7話
剣を構え、急速に接近してくるリュート。
流石に勇者だけあって、その速度は目を見張るものがある。
けれど、目で追えない訳では無い。
身体も、十分に反応する。
リュートが振るう剣を、フェードは危なげなく躱す。
「お前の攻撃は勇者としては下の上だ。目を見張るところがあっても、敵に届かせるには全て浅い」
「知ってるよ、そんな事は!!」
リュートの攻撃。その陰から、小さな刺客が。
ナイフの切っ先がフェードの喉元を掠める。
「だから、お前はこいつらを頼るしか無いわけだ」
オーラのナイフから逃れるように一歩二歩と距離を取れば、即座に水球がフェードに殺到する。
迫る水球をふらふらとした足取りで躱し、迫るリュートの剣をいつの間にか抜いていた短刀でいなす。
いなすついでに、一、二、三とリュートを浅く手早く斬り付ける。
「く……っ!」
「リュート様!!」
即座に、オーラがフェードに迫り、ナイフでフェードを
「
背後から、セシアがリュートを回復させる。
「掠り傷程度で回復だなんて、随分とまぁ過保護だなぁ」
「あんたみたいな奴は短刀に毒仕込んでるって相場が決まってるのよ!!」
「おー、正解正解大正解」
言いながら、目の前で短刀に小瓶に入った毒を垂らす。即効性の麻痺毒だ。戦闘中に使うにはとても利便性が高い代物になる。
「ま、使ったところで直ぐに回復されて意味無いんだろうけどな。あーあ、使って損したぁ」
小瓶を投げ付け、今度はフェードから攻める。
相変わらずふらふらとした足取りながらも、恐ろしいほどの素早さで二人に接近するフェード。
幾ら回復できるとは言え、その回復量には限界がある。
麻痺毒であろうとも、くらってしまえばそれを治療するためにリュートに注意を向けなくてはいけなくなる。
フェードの取った選択は無駄な一手ではなく、相手を牽制するための一手である。
素早く、鋭く短刀を振るうフェード。
麻痺毒で多少の牽制が出来ているとは言え、今のフェードに勝ちの一手があるかと言われると、そうでもない。
ジリ貧なのはフェードの方だ。
鋭く突き出された剣を弾き、死角から伸びるナイフを躱す。
「くっ……!! 流石は
「なぁ、それ止めないか? クソダサくて聞いてて恥ずかしいんだが?」
「なら、いい加減本名を名乗るです!!」
「お前らに名乗る名前は無ーい」
懐から瓶を一つ取り出す。
「やるよ」
取り出した瓶を、二人に向けて投げる――
「――っ!!」
「リュート様!!」
――ように見せかけ、彼等の後ろに居るセシアへと投げる。
「ばーか」
「リュート!! ……っ、きゃぁぁぁぁああああああああッ!!」
蹴り飛ばされたリュートを見た途端、セシアの注意がリュートへと向く。
けれど、それこそフェードの思うつぼだ。
蹴り飛ばされたリュートに視線を向けたセシアは、上空から落ちてくる瓶に気付かない。
フェードはリュート達で視界を遮るように立ち回っていた。そのため、セシアはリュートが何かを投げた事に気付いていない。
結果、上空から落ちてきた瓶の直撃を受けてしまう。
セシアに直撃した瓶が割れた途端、爆発的に猛火が広がる。
一瞬で炎に飲まれたセシアは、焼け
「――ッ!! セシア!!」
「
即座にオーラが治癒魔法をかけるけれど、セシアを襲っている炎をどうにかしなければ意味が無い。
「お前の利点は
リュートの能力は『聖女選定』。聖女を選定し、その役目を与える能力。
聖女にも格があり、一級から五級、規格外として特級が存在する。
三級もあれば一人前の聖女だけれど、セシアとオーラは二級聖女だ。三級よりも格上で、その回復量も回復範囲も三級とは桁違いだ。
それ以外にも、リュートには二級から三級の聖女達が仲間に居る。しかし、皆純粋な聖女ではなく、元々得意としていた戦闘職に
戦い、回復も出来る聖女達なのだ。
今回、その中でも実力の優れる上位二名を連れてきたのだけれど、結果はこのざまである。
「僕に警戒されたくなかったんだろうけどさ、格下が実力出し惜しんじゃ駄目でしょ? 格下なんだから、もっと全力で挑まなきゃ」
セシアに気を向けた瞬間、リュートの肩に鋭い痛みが走る。
見やれば、麻痺毒の塗られた短刀が深々と突き刺さっていた。
「あっ、ぐっ……!!」
「リュート様!! このぉッ!!」
「いや遅ぇって」
リュートが刺されてからフェードに意識を向けたオーラを容赦無く蹴り飛ばすフェード。
「このっ……!! くっ……!?」
「お前も遅ぇってさぁ」
振り上げようとした剣を、フェードは片手で抑え込む。
「言っただろ? お前自身の力は下の上だって。その程度吐いて捨てる程いるんだぜ? その程度でさ、お前らが言う
「がっ!?」
勢いよく、リュートの頭に頭突きを当てる。
「リュート様から離れろ!!」
起き上がったオーラは獣人らしい俊敏さでフェードに迫る。
「あいよ」
フェードはリュートを放し、とんとんっと距離を取る。
「あ、お土産上やるわ」
しかし、大人しく引き下がる程、フェードは優しくはない。
先程と同じ瓶を素早く取り出し、リュートへ放り投げる。
「――ッ!!」
咄嗟に、リュートの元へたどり着いたオーラが、リュートを庇うように抱き着いて瓶とリュートの間に身体を滑り込ませる。
「ばいばーい」
にへらっと
「ええ、貴方がさようならよ」
「は?」
呆けた声の後、背中に衝撃が走る。
「が、ああっ!?」
背中が熱い。それに、痛い。
「油断大敵よ、
いつの間にか立っていた少女は、オーラに直撃するはずだった瓶を手に持って彼等を庇うようにして立っていた。
「は……?」
驚愕したような表情を浮かべるフェード。しかし、少女の顔を見れば忌々し気に歪められる。
リュートの仲間は三人いた。それは、フェードも知っていた。けれど、勝手に此処にはいないものだと思っていた。
先程から馬鹿みたいに派手に戦闘をしていても、住民の一人も出てこない事から、自分が寝ている間に住民が避難をしている事は知っていた。
だから、三人目の少女はその住民達を護っているのだと思っていた。
そこが、フェードの思い違いだったのだ。
「な、んで……――ッ!?
風切り音が聞こえてきた刹那、足に衝撃が走る。
見やれば、そこには深々と矢が刺さっていた。
「数で攻めるべき、でしたっけ?」
得意げな表情を浮かべ、少女は言う。
建物の陰から、屋根から、上空から、至る所から少女達が現れる。
その全てが聖女である事を理解できない程、フェードは物分かりが悪くはない。
「最初からそのつもりよ」
とんっと大剣を地面に突き刺す。
最初にリュートを含めた四人でこの街に来たのは、フェードを油断させるためだ。リュートの聖女部隊は有名であり、移動をするだけで目立ってしまう。
だからこそ、少数で移動する事で四人でしか来ていないと思わせ、フェードに気取られないように街を囲むように聖女部隊を待機させていたのだ。
「あー! 熱かった!! もう!! 焦げ臭くなっちゃったじゃない!!」
服が焦げているセシアが文句を言いながらリュートの隣に並ぶ。
あれだけ盛大に燃えていたのに、目の前に立つ少女は健全そのもの。服以外はどこも怪我を負った様子は無い。
「な、んで……」
「はぁ? あんたアタシを誰だと思ってる訳? 水魔法の使い手セシア様よ? あんな火種程度でどうにか出来ると思わないでよね!」
ふんっと偉そうに胸を張るセシア。
「良い演技だったわよ、セシア。貴女、女優になれるんじゃないかしら?」
「じょーだん。私は大魔法使いになるんだから! 女優なんて興味無いわ! それよりもリュート、大丈夫?」
「いってて……うん、なんとかね」
セシアに問われ、リュートは苦笑を浮かべながら頷く。
リュートはセシアが無事である事に驚いた様子は無い。
「リュート、ごめんなさいね。貴方にこんな危険な役目を押し付けてしまって」
「良いんだ。こういうのは、何かあった時にカナエよりも俺の方が良いだろ?」
「そういう考えは好きじゃ無いわ。貴方には貴方の使命がある。私は戦う事、貴方は人を救う事。貴方を失っていいだなんて、誰も思ってないわ」
少女――カナエの言葉に、皆が頷き、言葉をかける。
「皆……ありがとう……」
皆の言葉を受け、リュートは嬉しそうにはにかむ。
「いや、いやいやいや、臭ぇ三流演劇なんざ繰り広げんな」
彼等の良い雰囲気を壊すように、フェードは乱暴な言葉を放つ。
「お前等全員知ってんのか? こいつの無能のせいで何人も死んでんだぞ? そもそもだ、お前等がそうやって甘やかすから、こいつの無知無能が加速してくんじゃねぇのか? 許す許さない以前に、お前等も同罪じゃねぇか。何良い雰囲気で誤魔化そうとしてんだ。ちゃんと現実見て誠心誠意詫びて死ねよゴミクズが」
乱暴な言葉を放つフェードに、全員が白けた目を向ける。
「可哀想な人……」
誰かが、ポツリとそう呟いた。
「はぁ?」
その呟きに、フェードは心底納得がいかないと言った顔をする。
「可哀想なのはお前等のお花畑な頭だろうが。そいつが居て喜んでんのはお前等だけだ。そいつが居なけりゃな、死ななくて良い人がたくさんいたんだぞ? お前等全員そいつのせいで死んだ奴らの死因とその原因を読んでみろ。僕は読んだぞ。全部に目を通した。全員暴力の限りを尽くされた後に絶望して死んでんだよ。お前が余計なことしなけりゃな、そんな屈辱を味わわずに済んだんだよそいつらは。他の誰でもないお前がそいつら全員地獄に叩き落としたんだよ。お前が聖女になんか選ばなけりゃ、お前にそんな力が無けりゃこんな悲劇は起きずに済んだんだよ。分かってんのか? お前必要無ぇんだよ。そんな力望んじゃいねぇんだよ。利用されるだけ利用されて、不幸にするだけ不幸にして、
唾を飛ばし、必死に息継ぎをして、恨みつらみ罵詈雑言をまくし立てるフェード。
しかし、誰も彼もフェードに向ける視線は冷たいままだ。
「それは、貴方の気持ちであって、貴方の言う被害者の総意ではないわ」
「死人に口は無いんだろ? なら誰かが代弁しなくきゃ、お前らは罪の意識も持たないままのうのうと生きていくんだろ? 僕が被害者だったらそんな事許せるはずもない。苦痛の中で死ねと死後想いを抱え続けるだろうさ」
「正義の代弁者にでもなったつもり? 安っぽい正義感だこと」
「正義振りかざした馬鹿に言われたかぁねぇんだよ!! お前等異世界人はいつもそうだ!! 自分が正しい、自分は間違えてない!! 自分の答えが世界の答えだとでも言いたげに振舞う!! 大勢救ったらそれで良いのか!? 大勢助けたら偉いのか!? じゃあお前らが踏みにじった奴らの気持ちはどうなんだ!? 害意無く、悪意無く踏みにじられた奴らはどこに想いをぶつけりゃいい!!」
「具体性に欠ける質問をしないで頂戴。……ただ、今回の事を言っているのであれば、その想いをリュートにぶつけるのは間違いとしか言えないわ」
「そいつが諸悪の根源なのにか?」
「リュートは諸悪の根源じゃ無いわ。彼は利用されただけ。悪いのは善意を利用する悪徳達よ」
「その善意がもたらす弊害を考えられなかった馬鹿に責が無ぇだと!? どんだけおめでたいんだお前等の頭はよぉ!!」
呆れたように、馬鹿にしたように、失望したように、嘆くように、フェードは言う。
そんなリュートに、カナエは淡々とした口調で言う。
「おめでたいのは貴方の頭よ。貴方と戦う前に、キアさんからその話を聞かされてすぐさま確認を取ったわ」
「なら分かんだろ!! どれだけの奴が不幸になっ――」
「無かったわ」
「……は?」
「貴方の言う書類も、死体の捨て置かれた穴も、存在しないそうよ」
「は?」
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