第2話
大事なのは事前準備だ。それをしているかどうかで、流れは変わってくる。
「という訳で、キアちゃん。これから薬草を採取します。どれを採るかは憶えてるね?」
「はい……」
「必要なのは
言って、フェードは自分の足元を指差す。
「これがそう。これを摘み取って、水を入れた壺の中に入れる。簡単でしょ?」
「はい」
「じゃあやって行こうか。大丈夫、摘み取って直ぐに燃える様な薬草じゃ無いから」
フェードの言葉を合図に、二人は発火草を摘み始める。
これを何に使うのかをキアは知らない。けれど、フェードが必要だと判断したから採取しているのは分かっている。
けれど、こんなものであの勇者を殺せるとは思わない。
「……フェードさんは」
「うん、なんだい?」
どうやって殺すのか。尋ねようと思ったけれど、止めた。それは聞かない約束だ。
代わりに、キアは別の話題を口にする。
「フェードさんは、勇者……様に、お詳しいんですか?」
「いや? そんなに詳しくは無いね。ああでも、知ってる事もあるけどね」
言って、フェードは人差し指を立てて得意げな表情を作る。
「勇者様には何種類かあって、今日会ったリュート様は異世界から転移してきた勇者様らしいね。その他には、異世界の魂がこっちの世界で転生した勇者様や、げーむって言う奴の姿のままこっちの世界に来たりするらしいね」
「それくらいは知ってます。リュート様に関して何か知らないのかって話です」
「えー、知らなーい。すんごい人って事くらいしか分かんなーい」
「……」
それでどう殺すというのだとばかりの視線をリュートに向けるキア。言葉に出さないのは、彼女なりに冷静さが働いた結果だろう。
いつ、どこで、誰の目があるのかも分からないのだから。
それに、勇者は皆一様に特異な能力を持っているものだ。恐ろしいほどの地獄耳を持っていたとしても無理はない。
「……まぁ、安心しなよ。何とかするからさ」
「……」
ふっと力を抜いたような笑みを浮かべるフェード。そこには勇者殺害に対する緊張感は無い。
強そうには見えない。けれど、どこか掴みどころが無くて、妙な気迫と安心感のある少年。
彼の力の抜けた笑みを見れば、自然と自身の肩の力も抜けていった。
「なら、良いです……」
「あはは、あんまし信用してないなー? 僕ぁ、嘘は吐かない主義だからね。信用してくれて構わないよ」
からからと乾いた笑い声を上げながら、フェードは発火草を摘んでいく。
会った時と変わらない態度のフェードを見て安心するけれど、果たして本当に勇者に勝てるのかどうかという疑問は消えてはくれない。
先程フェードが言った通り、勇者には幾つか種類がある。
ケース1――何らかの不慮の事故で死亡した者を神様が哀れみ、異世界に転生させる。まぁ、神様の手違いで死んでしまったりなどあるらしいけれど、そこら辺はどうでも良い。死亡してから転生させられるという事が重要なのだ。その上、神様からの加護を貰えるという至れり尽くせり。
ケース2――何らかの要因により転移させられる事例。ゲーム中に何故か転移する、勇者召喚の儀式により転移させられる、等々、その姿のまま、もしくはゲームの姿のまま異世界に転移するパターン。ゲーム内の力を持っていたり、転生者と同じく特異な能力を持ち合わせていたりもする。
ケース3――この世界出身の勇者、または実力者が別の存在として転生しなおす。元々実力を持っているがゆえに、生まれた時から類い稀な才能を見せる。元々勇者だったために、同じく勇者になる確率は高い。
ケース4――この世界出身の勇者、または転生者、転移者が何らかの要因で時間を巻き戻してもう一度今まで辿ってきた時間をやり直す。これは、その勇者が裏切られたか、何かやり直したい事があるときに発動する事が多い。
他にも
その中で、確実に消し去りたいのがケース1と2、飛んで4だと言っていた。
4も限定的で、異世界から来た勇者は殺害したいと言っていた。
そもそも、フェードは異世界からやって来た者が気に食わないのだ。だからこそ、3だけはどうでも良い。この世界で研鑽し、それでもなお届かなかった高みに届くために転生しなおすのも良し。更なる野望を胸に、
それは、この世界の中で話が終わっている。言ってしまえば、この世界の問題だ。だからこそ、どうなっても当人達の選択だ。その道行がこの世界の歴史の流れ。許容しなくてはいけない事なのだ。
けれど、異世界人は違う。誰だか知らないが異世界からやって来て、誰の思惑か知らないが異世界から連れられ、この世界の流れ、摂理も知らないで勝手気ままにその力を振るう。
それをフェードは許容できない。異世界人はこの世界にとっての病原体だ。世界を蝕む害悪だ。だから殺さなければいけない。排除しなければいけない。
無法を犯す異世界人も、無法を良しとする者達も、無法をばらまく神も、その全てを排除する。例え、何千何万人が犠牲になっても。己の身が朽ち果てようとも。
最初に依頼を持ちかけた時、フェードは淡々とした口調でそう告げた。
そう言ったフェードの目に嘘は無かった。絶対にやり遂げるという狂気を孕んだ目をしていた。だからこそ、キアはフェードを頼った。強大な勇者を殺すには、フェードの協力が必要不可欠だから。
「……」
ちらりと、横目でフェードを見やる。
鼻歌混じりに発火草を摘むその姿は、勇者を殺すという
本当に、勇者を殺せるのだろうか?
呑気な姿のフェードを見ていると、毎回そんな思いが顔を見せる。
国を落とした勇者がいると聞く。
古龍を討伐したという勇者がいると聞く。
神獣を仲間にしたという勇者がいると聞く。
神に愛された勇者がいると聞く。
魔王を倒した勇者がいると聞く。
彼等の存在は明らかに自分達とスケールが違うのだ。やっている事も、立っている場所も、その目的も、何もかもが彼等の方が大きい。
だからこそ不安になる。
「キアちゃん、手が止まってるよ」
「――っ」
優しい声で言われ、自分の作業の手が止まっていた事に、その止まっていた手が小刻みに震えている事に気付く。
小刻みに震えている自分の手を見られたくなくて、ぎゅっともう片方の手で包み込む。
「恐怖は良いものだよ。自分が何者なのかを教えてくれるから」
それを見ているはずなのに、フェードは慰めかどうかも分からない事を言いながら発火草を摘み続ける。
「……フェードさんも、怖いって思う事があるんですか?」
「そりゃああるとも。僕くらいの小心者になれば、日々生きる事に恐怖を覚えるほどさ」
「……小心者はあんな事言いませんよ」
「そこはほら、僕の終生までの使命だから。小心者だから言わないなんてことはあってはいけないんだよ」
使命。勇者を殺し、勇者を是とする関係者を殺す事がフェードの使命。
それは何とも虚しく、何とも悲しい使命だろうか。
……自分の言えた事では無いけれど。
「さて、今日のところはこれくらいにしようか。キアちゃんも初めての森で緊張してるみたいだしね」
話は終わりとばかりに立ち上がり、フェードは手に付いた土やら汚れやらを手を叩いて落とす。
「え、まだ一時間も採ってないですよ?」
「もう一時間くらい経ってるよ。ふふっ、緊張して気付いてなかったなー?」
言ってフェードが太陽を指差す。太陽の位置が大きく移動しており、一時間は確実に経っている事をキアに知らしめる。
どうやら、考え事をしている間に時間が過ぎてしまっていたらしい。
「まぁ、魔物がいる森だからね。緊張しちゃっても仕方ないよ。さ、今日はもう戻ろう。続きはまた明日ね」
言って、フェードはさっさと街の方へと歩いていく。
この山には魔物が居る。弱く、数もそんなにいないけれど、戦った事の無いキアでは太刀打ちが出来ない。
キアはフェードに置いて行かれないように着いて行く。その後姿を見ている者に、気付かぬまま。
〇 〇 〇
街に戻れば、何やら少しだけ騒ぎになっていた。
騒ぎの方に意識を向けてみれば、そこにはリュート達が居た。
老若男女がリュート達を囲んで、やんややんやともてそやしている。
「いやぁ、人気者だねぇ」
「そうですね……」
「じゃあ、僕達も行こうか」
「え?」
行かない方が良いに決まっている。何せ、勇者は標的なのだから。怪しまれないようにするのなら、近付くべきではない。
それなのに、フェードは涼しい顔をしてキアの手を引いてリュート達の元へ行く。
「いやぁ、もてもてですなぁ勇者様! よっ、色男!」
からかうような言葉で声をかけるフェードに、リュートは一瞬驚いたような顔をするも、直ぐに苦笑を浮かべる。
「色男は勘弁してほしいな。俺は別にモテてる訳じゃ無いんだから」
「いやいや、老若男女
「あはは……できれば、その例えは止めて欲しいなぁ」
「そうよ! リュートは普通に女の子が好きなんだから! この間だって、女の子に言い寄られてデレデレしてたんだから!」
「ですです! 男の方にもモテますが、女の子の方が好みなのです! 特に、御胸の大きな片が好みです!」
「事実だけど……それだと俺が節操無いみたいに聞こえるから止めようか……」
フォローになっているのか微妙なフォローをする二人に、リュートは苦笑いをしてしまう。
「はははっ! 健全な男の子の証じゃ無いですかぁ!」
フェードは大笑いをしながら二人に言う。
「笑いごとじゃないよ……」
「良いじゃないですかぁ。そりゃあ、魅力的な女性に迫られて嬉しくない男なんていないですよ。かくいう僕もそう言った経験がありましてね、そりゃあもうだらしなく鼻の下を伸ばしてしまいましたよ」
フェードの言葉に、周囲に居た男性達が共感するように頷く。何名か、
「まぁ、僕の場合は
フェードが明るくオチを言えば、周囲の者はおかしそうに笑う。
フェードとしてもそれを狙ったのだろう。まったく嫌そうな顔をしていない。
でへへと照れ臭そうに笑うフェードに、周囲の者は励ましとからかいの言葉をかける。
リュートもフェードの言葉に笑い、きっと良い出会いがあると楽し気な笑みを浮かべながら言う。
「……」
それをずっと隣で見ていたキアは表情こそ薄らと笑みを浮かべてはいるけれど、胸の内で渦巻く言いようのない不快感を抑えきれない。
なんだこれは。なんだこの茶番は。
こいつは、フェードは、
殺すと言った。殺せると言った。腹の内はまだ見せてはくれないけれど、それでも勇者に対する不快感を持っている事は察する事が出来た。
だからこそ、フェードが気持ち悪い。
何故殺そうとしている相手と笑顔で接する事が出来る? 何故忌み嫌う勇者と笑顔と言葉を交わせる? 何故親し気に出来る? 何故肩を叩かれて平気なのだ?
ああ、そうか。
わたしは、この人が怖いのだ。
疑問を抱く中で、キアは自分の感情の正体を知る。
得体が知れない。正体が掴めない。本性が分からない。本音が分からない。こちらが近付こうとすれば笑みと軽薄な言葉でするりと
自分を偽れるから、自分を誤魔化せるから、フェードは人の輪に溶け込むのが上手い。今も、自分を下にして、勇者を持ち上げ、一つ笑えるポイントを作って一気に輪の中に溶け込んだ。
笑みの裏には複雑な感情の入り混じる汚泥が広がっている。
それは臭わない。それは目に映らない。
感情を隠した化け物が、笑顔で人の中に居る。
「大丈夫、キアちゃん?」
「――っ!!」
不意に声をかけられ、大袈裟に驚いてしまう。
目立たないよう、さりげなく声をかけたために、キアの様子に気付いている者はリュート以外にはいない。
こんなさりげない気遣いも、フェードが相手だと考えると、酷く薄気味悪い。
「す、こし……具合が悪くて……」
取り繕うように言えば、フェードは優しい笑みを浮かべる。
「そっか。じゃあ、戻ろうか。すみません、勇者様。連れの具合が悪いらしいので、これで失礼させていただきますね」
「え、そうなのかい? 大丈夫?」
「は、はい……」
「何かあれば、俺を頼ると良い。少しは力になれるはずだ」
キアが青い顔で頷けば、リュートは少しだけ真剣な表情でフェードに言う。
「またまたご謙遜を。ですが、その時は是非お力をお借りします。では、僕達はこれにて」
「ああ。また」
「ええ」
フェードは最後まで笑顔を崩す事無く、極自然な動作でキアの手を引いて集団から離れて行った。
その事に、リュート達以外は気付かない。本当にさりげなく、集団から姿を消したのだ。
何者なのだろう、この人は。いや、それ以前に、人なのだろうか?
勇者が人間離れしているのは知っている。けれど、目の前の男は、それ以上に底が見えなかった。
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