遍く異世界人は死ぬべきだろう、ゆえに僕は全て殺そう
槻白倫
第1話
勇者が嫌いだ。転移者が嫌いだ。転生者が嫌いだ。
チートが嫌いだ。
馬鹿が嫌いだ。色狂いが嫌いだ。虎の威を借る狐が嫌いだ。
「嫌いだ……全部嫌いだ。大っ嫌いだ……」
少年は這いつくばる少年を踏みつける。
「……っぐぅ、うっ…………殺さ、ないでぇ……」
「あー? ははっ、情けねぇ声出すなよ。お前
笑いながら、少年は彼の頭を踏みつける。
「ほら、さっきの威勢はどうした? 皆を助けるんじゃなかったのか?」
言って、手に持った
少年の身体から足を退け、手に持った頭の口をもう片方の手で動かしてやる。
「たすけてーゆうしゃさまー。わたし、おかされるー。ほら、聞こえてんだろ? 助けてやれよ」
頭を、少年の顔へ近付ける。
「ひぃぃぃぃ……!!」
悲鳴を上げて顔を背ける少年の頭を乱暴に掴む。
「逃げんなよぉ。キスまでした仲だろ? ほら、愛しのマリーちゃんだぜ? ほら、チューしちゃえよ、チュー。好きだろお前? 町中で堂々としてたんだからよ」
「や、だ……やだやだやだやだ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! もう何もしない!! だから許して!!」
みっともなく謝り倒し、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃに汚しながら少年は自らの生を懇願する。
「え? 何もしない? 本当に?」
「本当だ! 俺はもう何もしない!! だからたの――」
言葉の途中。少年の顎を無理矢理外す。
「あぁあ、うぅかぁ!!」
「えー? 何言ってっか分かんね。てかさー」
いつの間にか手に持ったナイフで少年の頭を思い切り突き刺す。
「何もしないなら、息してちゃダメだろ?」
少年は白目を向けて絶命する。
少年が死んだ途端に興味を無くしたのか、乱暴に掴んでいた頭を放す。
「あーあ。死んじゃったー。じゃあ誰が彼女等を護るんですかーって話だけど……」
少年は背後を振り返る。そこには、怯えた様子の彼のパーティーメンバーがへたり込んでいた。
「まぁ、いないよね、そんな奴」
「ひっ……!!」
怯え、後退る少女達。
少年は彼女達の方へと向かい、そして――
「じゃね、ばいばい」
――通り過ぎた。
「へ?」
拍子抜けした様子の少女達。
けれど、次の瞬間には自分が生き残ったのだと
「残さず食えよ、アルテミシア」
「え?」
疑問を抱いた直後、少女の命は消えてなくなる。
その事に、他の少女達は恐怖している余裕はない。次々に、少女達の姿が跡形も無く消えて行く。
「さて、次はどいつかなぁ」
背後で消えゆく少女達から完全に興味を無くした少年は、何処へともなく歩き続ける。
そこに当ては無いけれど、目的だけはある。その目的へと、ただただ歩を進めた。
〇 〇 〇
「人生に
「はぁ……そうですか」
「なんだよ、その気の抜けた返事は。大切だろ、安寧はさ」
ぎゅうぎゅうに人が乗る乗合馬車の中、平凡な顔をした少年は隣に座る少女と談笑をする。談笑と言うには、少女の方があまり楽し気では無いけれど、少年は楽し気に話している。
「魔物に襲われる事も無ければ、敵国に襲われる事も無い。盗賊や山賊だって、今じゃなりを潜めてるんだ。いやー、平和ってのは良いもんだよ、うん」
「そう、ですね……」
あははと、乾いた笑いを浮かべる少女。
周囲の者が聞いていても、少年の話は絶妙に面白くない。少女から愛想笑いしか出ないのも納得が出来ようものだ。
そして、その話がおべっかである事は、周囲の者も重々承知していた。
少年の笑みが、隣の少女では無く対面の少年へと向けられる。
「それもこれも、勇者様方のおかげです。どーもありがとーございます」
へらへらと軽薄な笑みを浮かべる少年に、お礼を言われた少年はにっこりと優しい笑みを浮かべる。
「いえいえ。そう言ってもらえると、俺も頑張ってるかいがあります」
「もう! 頑張ってるのはリュートだけじゃないでしょ!」
「ですです。わたし達も頑張ってるです」
「ごめんごめん。そうだね。俺達で、頑張ってるんだもんね」
少年の言葉に少しだけ怒った調子で言う二人の少女。片方は人間の少女で、もう片方は小柄な獣人の少女。そして、仏頂面をしている少女がもう一人いるのだけれど、その少女は会話に混じってこようとはしなかった。けれど、意識はきちんと彼等に向いている。
平凡な少年はにっこりと笑みを浮かべて言う。
「いやぁ、仲がよろしいですね。流石はパーティーメンバーといったところですか?」
「ええ、まぁ。でも、それ以上に俺にとっては大切な人達ですよ」
照れたように少年が言えば、人間の少女は顔を赤くし、獣人の少女はぴんっと耳と尻尾を立たせる。
「も、ももももう! な、なに言ってんのよ!」
「で、ですです! 嬉しいですが、恥ずかしいです!」
「あはは、ごめんごめん。でも、俺にとっては本当の事だからさ」
「も、もう!」
「ですです!」
悪びれもしない少年に、ぺしぺしと拳を打ち付ける二人の少女。
そんな光景を馬車の者達は微笑まし気に見守る。
「いやぁ、羨ましい限りです。僕は浮いた話の一つも無いもんでしてねぇ」
「俺に出会いがあったんですか、貴方にもきっとありますよ。世の中は出会いで満ちてるんですから」
「ははっ、違いない! 僕と勇者様が此処で会ったのも何かのご縁でしょうなぁ。そう言えば、勇者様方はどうしてエフェロへ? こう言っちゃなんですが、とても勇者様方が足を運ぶような街では無いと思いますが?」
エフェロとは、この乗合馬車が向かっている街の名前である。
特に特筆した街ではなく、何処にでもあるごくありふれた街。世界に名を馳せる勇者様が訪れる様な特別な街ではない。
「ああ、それは――」
「少し羽を伸ばそうと思っただけです。リュート様は多忙の身。たまには、遊行に興じなけければ、心身共に持ちませんので」
少年の言葉を遮り、仏頂面の少女がエフェロに来た目的を話す。
「あ、ああ、そうだね。俺達、羽を伸ばしに来たんだ。今まで忙しかったから、たまにはゆっくりするのも悪く無いかなって思ってさ」
「そうなんですね。エフェロは特に有名では無いですが、美味しいと有名なパン屋がありますよ。それに、なにより落ち着いた雰囲気です。心身ともにお休みになるのなら、うってつけでしょうね」
「そうなんですね。俺、パンが好きだから、美味しいパン屋があるのはとても嬉しいです」
「是非寄ってみてください。っと、そんなこんなで、もう到着ですよ。長旅お疲れさまでした、勇者様」
「リュートで良いですよ。歳も近いでしょうし」
「いえいえ、そんな恐れ多い。これからも、感謝と敬愛を込めて、勇者様と呼ばせていただきますよ」
ニコリと、少年は微笑む。
勇者――リュートは気恥ずかし気に笑うも、悪い気はしていないようだった。
〇 〇 〇
街にたどり着き、少年がまず最初にする事は宿の確保である。
「まずは宿の確保。金が無いから安っぽい宿になるけど、別に構わないでしょ?」
「はい」
「んじゃ、行こうか。宿を取ったらご飯にしよう。僕ぁ腹が減って仕方ないよ」
少年と共に、少女は宿を取りに向かう。
てくてくと、二人は歩く。
何度か訪れた事のある街だけに、勝手は分かっている。
人の少ない街であり、来客も少ない街であるエフェロは宿がそこまで繁盛しない。そのため、街に宿は少なく、また、宿自体もそこまで良いものではない。
ともあれ、贅沢は出来ない。宿が取れればそれで良い。
宿が取れれば、二人は昼食を食べに食堂へと向かう。
といっても、食堂は宿のすぐ隣。歩いて数秒で着いた。
お昼は食堂、夜は居酒屋と二つの顔を持つこの食堂では、料理の安さもあって食事時は人で溢れ返る。
適当な席に座り、二人はスープとパンを頼む。
「いやぁ、無事に着いて良かったね」
「そうですね」
「そう言えば、あれであってたかな? 僕、自信なくってさ」
「はい、間違いなく」
「そっか。それは良かった」
少年は絶えず笑みを浮かべているけれど、少女は酷く表情が薄い。
運ばれてきたスープに口を付け、パンを頬張る。
「君も食べた方が良いよ? お腹が空いてはなんとやらだ」
「はい」
頷き、少女はパンを食べ始める。
そんな少女を見て、少年はにこにこと笑みを浮かべる。
「前から……」
「ん?」
「前から思ってましたけど、ハ……フェードさんは、よく笑っていられますね。面白くもなんともないのに」
「ああ、うん。笑顔って大事だよ? 誰とでも仲良くしないとね? ほら、キアちゃんもにっこにこ~って。笑うと可愛いんだからさ」
「嫌です。楽しくも無いのに……」
少年――フェードの言葉に、少女――キアは不愛想に答える。
しかし、フェードは笑みを絶やさず、キアに言う。
「えー? 僕とのお食事デート楽しくなーい? 僕は楽しいけどなぁ」
「フェードさんじゃ無かったら楽しめたと思います」
「ひっどー! 僕ぁ深く傷ついたー」
言って、へなへなーっと力を抜くフェード。力は抜けているけれど、特段傷付いた様子も無い。
言葉そのままの意味ではない事が分かっているからこそ、傷付くことは無い。元々、この程度の返しで傷付く程繊細でも無いけれど。
「それで、この後のご予定は?」
「変わらないよ。いったん街の外に出て仕事をする。エフェロ周辺の山でしか採れない薬草を採取しようね」
「分かりました」
にこにこと楽しそうに言うフェードに、キアは淡々と一つ返事をする。
そんなキアに、フェードは不服そうな顔をする。
「もー、キアちゃん事務的だぞー? もっと楽しまないと。気楽に気楽にー」
「フェードさん程、能天気じゃいられませんよ……」
「ひっどい。僕ぁそんなに能天気じゃ無いんだけどなぁ」
どこからどう見ても能天気な面を引っ提げているにもかかわらず、フェードはそんなことを
「……本当に成功するんですか?」
ぼそりと、キアが周囲の者に聞かれない程の声音で尋ねる。
口も
「うん、するよ」
にもかかわらず、フェードはキアの問いに明確に答える。
「するよ、絶対。僕がいるんだもの。しなければ嘘だ」
能天気な笑み。けれど、その笑みには言い知れぬ気迫があった。
強そうには見えない。特別整っている訳でも無い。気迫を感じる要素なんて無いはずなのに、キアは自然と顔を強張らせて身体を縮こまらせていた。
「ごめんね、ちょっと強く言い過ぎたね」
キアが怯えてしまっていると理解すれば、フェードはにこっといつも通りの能天気な笑みを浮かべなおす。
フェードの表情が自分の知っているものに戻り、キアは安堵したように身体から力を抜く。
「……わたしこそ、すみません……」
「良いんだよ。そりゃあ、誰だって初めての事は緊張するものさ。キアちゃんは今回の仕事は初めてだものね。そりゃあ、緊張もするさ」
まるで熟年の先輩のような口振りでキアを慰める。
「さて、食べ終わったら行こうか。時間は有限だ。一分一秒も無駄にしたくは無いからね」
「はい……」
二人は黙々と食事を続ける。
時折、フェードが思い出したように話しかけるけれど、キアからは何を言う事も無かった。
キアの心情を理解しながらも、フェードは笑みを浮かべて楽し気に話しかける。はたから見れば、少年が美少女に粉をかけているけれど、袖にされていると言った風に映るだろう。
実際、周囲の者は二人をそういう目で見ていた。
けれど、彼の、彼等の実情は違う。
二人はただの仕事相手。フェードが雇われた側で、キアが依頼主だ。
目的は勇者やその一行の殺害。そう、二人は勇者を殺すためにこの街に来たのだ。
それ以外の目的は無い。それ以外に興味はない。
彼等が欲しいのはただ一つ。勇者の命だ。
勇者を殺すために、彼等は何食わぬ顔で街に入り込み、その気を窺う。
英雄気取りの破壊者共、ただただ死んでくれ。惨たらしくなくて良い。激痛の中でなくて良い。醜態をさらしながらじゃなくて良い。ただただ、その命を散らしてくれ。それだけが、彼と彼女のただ一つの願いである。
「それじゃあ、行こうかキアちゃん」
「はい……」
食事を終えた二人は立ち上がり、食堂を後にする。
「採れると良いなぁ、薬草」
能天気に笑みを浮かべ、フェードは街にほど近い山を目指した。
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