限りない暑さの中で

増田朋美

限りない暑さの中で

限りない暑さの中で

今日は、静岡県のどこかで、気温が41度にもなったそうだ。まあ言ってみれば風呂の湯と同じくらいの温度ということになるが、とにかく命にかかわる危険な暑さと、テレビでは盛んに報道されていた。そんな中でも、製鉄所には人が絶えずやってきた。自宅にいると、なんだか暑くて勉強や仕事もはかどらないが、ここに来れば勉強ができるという人が多いのである。まあ多分それはきっと、製鉄所が、標高の高い場所に在って、夏になっても比較的涼しいというだけではないと思う。何か別の理由があると思うけど、それは言わないで置くという人が多かった。それを言ってはいけないという雰囲気があった。

そんな、製鉄所の中では、ちょっとした問題があった。理由はなぜなのかわからないけれど、水穂さんの具合がよくなく、ブッチャーも、杉ちゃんも困っているのだ。

その日も、杉ちゃんたちが暑いと言いながらお昼を食べていたときに、水穂さんはまたせき込み始めたので、ブッチャーも、杉ちゃんも急いで四畳半に行く。そして、超スピードで水穂さんの口にタオルをあてがってやらなければならない。もし、出すものが畳に散乱したら、こんな暑い中、畳屋さんを呼んで、畳を張り替えもらわなければならないのだ。いくら畳屋さんだって、商売とは言え、この暑さでは、来るのを躊躇するだろう。そのくらいの暑さだった。

せき込んで、出すものをタオルに吐き出すことを繰り返す水穂さんに、ブッチャーは、

「あーあ。帝大さんからもらった薬飲ませても結局これですか。俺たちはどうしたらいいんだろう。」

と、思わず口にしまった。介護する人間が、そういうことを言うのは、本来はいけないことのはずなのだが、ブッチャーは、思いっきりそういうことを言ってしまう。

「どうしたらいいんだろうって、僕たちは、手伝うしかないだろうよ。それ以外する事はないぞ。」

と、杉ちゃんは、いつも通りに応える。この暑さの中、杉ちゃんだけがいつもと変わらなかった。逆に、いつもと変わらないでいられる方がある意味超人的だ。

「そうはいっても、こんな暑い中で、世話をしている俺の身にもなってくれ!」

思わずブッチャーはそういってしまうが、杉ちゃんは、口笛を吹いて、それには答えなかった。水穂さんがまたせき込む声がする。すでにタオルは汚れている。その上にまた汚すのかとブッチャーは思うのだが、水穂さんはそんなことはお構いなしで、タオルに出すものを出し続けるので、ブッチャーは大きなため息をついた。部屋の温度計を見ると、32度あった。エアコンでいくらか涼しくしているのだが、それでも32度あるのだから、外は相当暑いだろうな、とブッチャーは思うのだった。ブッチャーが、もうやれやれと言いながら、タオルで水穂さんの口元をふき取っていると、玄関先で今日はという声がする。

「ああ、今取り込んでるからさあ、こっちへ来てくれるか?」

と、杉ちゃんがでかい声で、そういうと、はいはいわかりましたと言って、玄関の引き戸をガラッと開けてやってきたのは、キュイだった。

「ああ、どうもです。」

ブッチャーは挨拶だけした。キュイがまったく汗をかいていないのに、一寸うらやましいというか、恨めしく思った。

「こんにちは。いやあ、今日は暑いですね。久しぶりに故郷を思い出すほどの暑さでした。まあ、どうせ、戦闘が続いているんでしょうけどね。それがない分、こっちは全然ましですよ。」

「キュイさんの故郷もこんなに暑かったの?」

と、杉ちゃんが聞くと、

「ええ、暑かったですよ。40度何て、当たり前のようにいっていました。だから、日本の暑さなど問題にならなかったんですが、久しぶりに、このくらいの暑さになって、暑いなあと思いましたよ。」

と、キュイは答える。其れと同時に、水穂さんがまた咳をした。ブッチャーは急いでタオルを口に当てたが、ああ、それじゃあ私がやりますよ、と新しいタオルを取って、キュイは水穂さんの口元にタオルを当ててやり、吐き出しやすいように、背中をさすってやった。暑いのも平気な顔をして、はいはいとなだめながら、背中をさすってやっているキュイに、そういうことなら、アフリカ出身の介護人がもっといてもいいのになあなんてブッチャーは思ってしまった。

「ブッチャーさん、薬在りますか?多分、飲ませてあげないと止まらないと思いますよ。」

キュイにいわれてブッチャーは、

「だって、昼ご飯をたべた時、飲んだじゃありませんか。もう飲むんですか。それじゃあ飲みすぎですよ。」

とでかい声で言ったが、でも飲んだ方がいいなと思った。急いで台所に行って、吸い飲みに水を入れてきた。そして、小さな箪笥の中から、いつも帝大さんから処方されている、、鎮血の薬を吸い飲みの水で溶かして、キュイに渡した。キュイは、ありがとうと言ってせき込んでいる水穂さんに、薬を飲ませた。これをして数分後、やっとせき込むのは止まってくれて、水穂さんは静かに眠りだすのである。

「よかったな。やっと治まってくれてさ。止まらなかったら大変なことになってたぜ。どうもすみませんね。」

と、杉ちゃんが言うのであるが、ブッチャーはどうもそれだけでは腑に落ちないような気がした。しょうがない事じゃないか、と杉ちゃんも言うのであるが、こんな暑い時に、一言も謝罪をしないで、眠ってしまうなんて、何だか生意気というかなんというか、そういう複雑な気持ちがしたのである。

「でもよかったじゃないですか。とりあえず止まってくれたんですから。私なら、そう思いますよ。だって、私の故郷では、薬にありつける人なんて一握りもいないんですから。」

そういうキュイに、ブッチャーは、そんな貧しい国家と一緒にしないでもらいたいなと思った。でも、杉ちゃんとキュイは、話を続けている。

「そうかそうか。みんな、お医者さんを呼べないんだな。」

「ええ。大体の人は、お医者さんではなくて、大体音楽家とか、神官なんかに頼るんですよ。日本ではそんなことあり得ない話でしょうけどね、私たちの中には、お医者さんとか、薬とか、信用しない人のほうが多いんですよ。」

「信用しないの?」

杉ちゃんが聞くと、キュイは恥ずかしそうにこういうことを言った。

「はい。村に伝わっている伝統を伝えるために、医者とか、科学とか、そういうものをバカにする人が多いんですよね。まあ、確かに、村の中には、それを好まない人は大勢いますよね。」

「そうか。それを恥ずかしいと思えるんだったら、まだいい方だよな。まあ確かに、アフリカというのは、そういう国家も多いよね。」

杉ちゃんはキュイの話にそういったが、ブッチャーは、医療をバカにするなんて、ずいぶん知的レベルの低い所で生活していたんだなあとため息をついた。まあ、それに甲乙つけると差別につながってしまうから、それ以上のことは言わなかったが、そういう事が当たり前である国家には、とても住めないなあとブッチャーは思う。

「また、何かありましたら、お手伝いしますから、遠慮なくおっしゃってください。日本が、この暑さになれるのは、もう少し先でしょうし、それまでは、暑いところから来た人間を使えばいいんですよね。」

キュイは、にこやかにそう笑って言ったが、ブッチャーは、どうも他人にお願いするというのはなと思ってしまった。

「何も恥ずかしがる必要はないんです。今は国際化時代ですし、暑い国、寒い国、いろんなところから人が来ているんですから、そういうひとを使えばいいだけの話ですよ。きっと、海外へ移住した日本人が、現地の人の役に立つことだって、たくさんあると思いますよ。」

「う、うん。そうだけど、、、。」

と、ブッチャーは思う。何だか、経済的に豊かではない国家からやってきた人間に、そういうことを言われてしまうのは、どうもなあと思ってしまうのだ。

「まあいいじゃないかよ。この暑さ、誰でも自信がないのは当たり前だ。其れなら、暑さに慣れている人間に手伝ってもらうのは、何もおかしなことじゃない。だって、暑いのはまた事実だし、それに対応できないのもまた事実だ。勉強でわからないことがあると、わかるやつに教えてもらうのが当たり前だよな。其れと一緒だと思えばいいや。しかし、暑さに慣れている人間がこうしてやってきてくれるなんて、日本もいい国家になったね。」

杉ちゃんだけがカラカラと笑っていた。ブッチャーは、杉ちゃんのいうことに、どうしても賛同できなかったが、静かに眠っている水穂さんを見て、なるほど、そうかなと無理やり考え直したりした。

そんな風に、日本の夏は過ぎていく。だんだん、温度が上昇し、もしかしたら、キュイの故郷と同じくらいの温度で当たり前になってしまうのかもしれない。何処かの国では、気温が高すぎるほど高い時は、外出禁止時間を設けたりしていることもあるようだが、日本もいずれそうなってしまうのではないかと思われるほど暑い日々が続いていた。そうなると、必ず発生するのが熱中症である。それで、救急搬送されてしまう人も、数多い。中には、死亡してしまう人もいる。夏というのは、楽しめる季節ではなく、凶器におびえながら暮らす、恐怖の季節になってしまうかもしれない。

ブッチャーと、杉ちゃんが、買い物してきたスーパーマーケットから帰る途中のことであった。目の前にパトカーが一台走ってきた。二人の前をパトカーは通り過ぎていくのかと思ったが、パトカーは、近くにあった、アパートの前で止まった。そしてドアが開いて、制服を着た警官が、アパートの一階の部屋に入っていく。何だろうと思って、杉ちゃんもブッチャーも、歩くのをやめてその情景を観察した。そのうちパトカーがもう一台、またもう一台入ってきて、パトカーで渋滞になってしまった。それだけではなく、周りの住宅街に住んでいる人たちも、何事かと外へ出てくる。

「おい、一体何があったんだよ。」

杉ちゃんが、警察官の一人にそういうと、

「はい、誰かが、このアパート内で遺体で見つかったようですよ。」

と、めんどくさそうに警察官は答えた。何だろうと思ったら、警察官が担架を持ってきた。多分きっと発見された遺体を乗っけて運ぶのだろう。

「アパートに住んでいるやつが遺体で見つかったのかな。」

と、杉ちゃんが思わずつぶやいた。やがて、警察官が白い布でかぶさった担架を運んでいく。

「あの大きさからすると、ちっちゃな子供だぜ。」

と、杉ちゃんが言った。ということは、親がいるはずだが?とブッチャーは思ったのだが、親のすがたが見えないのがおかしいと思う。

「じゃあ、親御さんはどこにいるんだろうな?」

と、ブッチャーは首を傾げたと同時に、パトカーに一人の女性が乗っているのが見えた。多分彼女が親御さんだろうかと思われたが、いわゆる水商売系の女性でもなく、ちゃんと仕事を持っている女性という感じに見える。いわゆる、ふてぶてしいような感じはしない。ということは、事件ではなく事故なのだろうか。

そのまま、警察の人たちは、その女性と何か話を始めた。そんな中で民間人が覗いていたら、捜査の邪魔になるかもと思って、杉ちゃんとブッチャーは静かにその場を離れた。

その日の夕方のことである。ブッチャーが、何気なくテレビを付けると、

「今日、静岡県富士市のアパートで、五歳の男の子が、熱中症で死亡しているのが発見されました。警察は、エアコンが故障していないのに、電源が入っていなかったことから、殺人事件とみて、母親を逮捕しました。逮捕されたのは、静岡県富士市内に在住する女性で、大手の製紙会社に勤務する、石川有里子という女性で、、、。」

何!そんなことが在ったのか。俺たちが目撃したことは、そんな大事件になっていたのか。とブッチャーは思い直す。もしかしたら、俺たち、すごいものを目撃してしまったのかもしれない。

ちょうどそのころ、影山家には、華岡が来ていて、杉ちゃんが、出したカレーをがつがつと食べていた。

「おう。うまいなあ。これはうまい。やっぱり杉ちゃんのカレーは最高だな。いつもありがとうねえ、カレーを作ってくれて。」

と、華岡は、いかにもうまそうという顔をして、カレーを口にした。

「まあ、たいしてうまいルーを使ったわけでもないよ。夏だから暑い時用に、辛いルーを使ってみた。」

と、いう杉ちゃんに、華岡は、出されたを水をガブッと一気に飲み干した。

「うまいうまい。ルーの名前なんか読めなくても、杉ちゃんのカレーは十分にうまい。でもなあ、俺が今担当している事件の男の子は、カレーも食べさせてもらえなかったんだろうな。」

そういうことを意味深そうにいう華岡に、杉ちゃんは、何があったの?と聞いた。

「ああ、もうテレビでも知られちまっているけどさあ、ほら、五貫島のアパートで、子供が熱中症で死んだという事件があっただろ?」

と、華岡は言った。

「その事件なら、僕も、ブッチャーと一緒に目撃したよ。ちょうど、遺体が週されていくところをね。」

と、杉ちゃんが言うと、

「俺が、管理官を任されたんだがね、まあ、あの母親の事情を聴いてみると、どうも身勝手すぎるというかなんというか、まったく、そんな態度で子供をよく作ったなという感じなんだよね。」

と、華岡は腕組みをした。

「はあ、どんなところが?」

と杉ちゃんが言うと、

「まったくな、子供が、雷でパニックを起こしたり、この暑さでどこにも行きたがらないので、頭に来てやったというのだ。製紙会社で働いていたというのに、よくそんなことが言えるよな。なんだか、働けるということが、大人になるとは限らないという事件のような気がする。」

と華岡は答えた。

「はああ、なるほどねえ。で、子供を保育園とかそういうところには預けられなかったの?働いている母親であれば、そういう事をやっていいと思うけど?」

「そうだねえ、杉ちゃんには何と言ったらいいのかわからんが、、、。」

華岡はちょっというのを渋った。

「なんだよ、僕のことは気にしないでいいから言っちまえ。うまいものを食べたんだから、悪いものはみんな吐き出しちまえよ。其れでないと人間やっていけないよ。」

と、杉ちゃんがいうと、華岡はそうだねと一言だけ言って、

「じゃあ言うよ、杉ちゃん。その少年は、保育園ではちょっと気になる子のレッドリストに入っていて、保育園から入園を断られていたというんだ。」

と、つづけた。

「はあ、なるほどね。そんなことで驚くような僕じゃないよ。そういうことは、多かれ少なかれ誰でもある事さね。だったら、ほかの保育園を探せばいいだけじゃないか。レッドリストに入っているんだったら、そういう子を預かってくれるための園というものだってあるだろ?」

何も驚かない杉ちゃんに、華岡はある意味すごいなとおもったが、それでも話をつづけた。

「いやあねえ、一度保育園を断られるとさあ、杉ちゃんみたいにすぐに頭を切り替えようということは、

なかなかできないよな。いつまでも断られた時の、先生の顔が頭に残ったりするもんだよ。っ大体の人はね。」

「だけど、働いているんだったら、そうするしかないだろ?それは、僕でもわかる。」

華岡の話をさえぎって杉ちゃんは言った。

「いいか、事実何てそんなもんだ。それに善も悪もないの。保育園落ちたら、保育園落ちた、それだけの事だぜ。じゃあ、それに対してどうしたらいいかっていうと、新しい園を探すことじゃないの?もし、動けなくなるっていうんだったら、それに善悪付けちまう方が悪いの。そういう余分なことを考える前に動かなきゃだめだろう。」

「杉ちゃんそれ、どこで教わった言葉だよ。よく覚えていられるよな。そんなこと。」

華岡は、杉ちゃんに聞くと、

「観音講で習ったの。僕はいつもそれを守っていくようにしている。」

と杉ちゃんは即答した。

「そうか、そのお母さんも、もしかして、そういうところに通っていれば、もうちょっと違っていたかもしれないな。それくらい、心に余裕があれば、息子さんを熱中症で死なせるなんて、しないと思うよ。」

と、華岡は考え込む。確かにそれはあったかもしれなかった。世の中が平和であると、どうしても宗教というものはうさんくさいものになってしまいがちであるが、この危険な暑さという事態の中では、役に立つ教えもあるのかもしれなかった。

「きっとそのお母さんも、ちゃんと考え直す時があるんじゃないか。まあ確かに、部屋ん中で子供を放置してしまったということは、いけないことだけどさ。だって、こうなると差別的かもしれないが、ちゃんと製紙会社で働いていたという人であって、変な商売をしていたわけでもないんだからよ。」

「そうだねえ、、、。杉ちゃんのいう通りなら、この暑さが、まじめな女性を殺人者にしてしまったような気がするよ。俺も、取り調べで彼女にあったけど、チャラチャラしていた、だらしない女性という感じでもなかったもの。」

杉ちゃんと華岡は、そういうことを言い合った。この話をして世の中が変わるわけでもないけど、華岡はそういうことを語って、またカレーを食べるのである。そういう他人の噂話ができるということは、実は大変幸せということになるが、華岡も杉ちゃんも、そういうことには、気が付いているのかは、不祥だった。

杉ちゃんと華岡が、そういうことを話している間、ブッチャーは、製鉄所でまた水穂さんの世話をしていた。

「ほんとにごめんなさいね、ほら、この暑さでしょ。だからあたしたちでは、面倒見切れなくなっちゃったのよ。」

そういうことを言っているのは、製鉄所の中でも、比較的まじめだと言われていた女性たちだった。この暑さは確かに、女性たちの心の動きも変えている。

「この暑さだし、男手があった方がいいでしょ。だから呼び出したの。」

彼女たちは普段であれば、率先して水穂さんの世話をしている女性たちだ。ただ、せき込んでいる水穂さんの世話をしているブッチャーを見て彼女たちはそういうのだ。もし、ここにキュイさんでもいたら、うまく説得してくれるかもしれないが、キュイさんは、こういう時に限って、バラフォンのレッスンがあるということで、手が離せないと言われてしまった。全く、なんで偉い人というのは身勝手なんだろうと思う。ああしてすごいセリフを言っておきながら、俺がいざ頼むとすぐこうなってしまう。でも、偉い人というのは大体そんなものだよなと、ブッチャーは思い直して、水穂さんの世話を続けた。

「水穂さん薬飲みますか。先ほど飲んだばかりですけど、これじゃしょうがないですもんね。やっぱり、偉い人は言うことが違うなあ。」

ブッチャーは、キュイが言ったことを思い出しながら、そういうことを言った。そして、吸い飲みをほら、水穂さんの顔の前に突き出した。水穂さんは、頷いて何とかせき込みながらその中身を飲み込んだ。薬を飲んでもらうと、確かに数分でせき込むのは止まった。ブッチャーは、水穂さんの体を支えて、そっと、布団に寝かせてやり、薄がけをかけた。

「まあ、今日も畳を汚されないだけよかった。それでよかったことにしておこう。」

と、ブッチャーはそれだけつぶやく。周りの女性たちは、もう冷房が効いた食堂に戻り、自分たちの好きなことをやっているのだろう。其れも、一寸おかしなところであるのだが、この暑さでは、それをとがめることもできなかった。そうしてむなしく、強い人は平気で批評をし、弱い人は自分の事だけで精一杯になってしまう時代がやってくるんだろう。いや、もうこの暑さ、そうなってしまったのかもしれない。だってまじめにやっている人が、俺に頼んでくるんだから。

ふいにブッチャーは、先日ニュースで見た事件を思い出した。多分、あの母親も、そういうことだったんだと思う。少年を生んだ時は、ちゃんと育てようと思ったに違いない。でも、それも通用しなくなったこの暑さ。まじめな人が一転して不真面目な人になっていくこの暑さ。もしかしたら、本当に、暑さに強い手伝い人を必要とするかもしれない。どうなっていくのかわからない時代だとブッチャーは思った。限りない暑さの中で。





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限りない暑さの中で 増田朋美 @masubuchi4996

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