第17話 トラウマ

 …………。ジリジリジリという、スマホのアラームによって目覚める。


 五度目の同じ朝。


 まさか……、俺の代わりにレティルが……。


「うっ…………」


 思い出すと、また吐き気が……。あんなにバラバラにされて、まさか俺が死んだあともあんな感じだったのか。


 たった一つのその感情が俺の心を支配していた。それは恐怖。ただひたすらに怖い。なんで、死ななきゃいけなかったんだ。なんで、あんなことになっているんだ。俺もああなるのか……と。


 体は自然とガタガタ震え。今までの殺され方を自然と思い出していく……。


 嫌だ……、死にたくない。殺されたくない……。誰も死んでほしくない…………。


 そうこう考えていると、レティルがアラームを消した。


「もう少し寝ましょうよ。星雲さん」


 レティルのその姿を見た瞬間、バラバラになった姿が浮かび上がり……


「うわァァァァァ!」


 叫んでしまった。ベッドから落ち、レティルの方を凝視する。


「なんですか、星雲さん。大丈夫ですか?」

「来るな来るなぁぁぁ」


 バラバラの姿にしか見えない……。恐怖による錯覚……。


「本当にどうしたんですか?」

『よくも、私を殺しましたね』

「……!?」


 レティルの言う言葉の一つ一つと共に幻聴に聞こえ、徐々に追い詰めていく。


「病院に行きますか?」

『あなたも同じ目に合わせてやりますよ』

「悪気があったわけじゃないんだ。信じてくれ、頼むから!」


 殺される……。レティルに殺される……。  


「お兄ちゃんどうしたの?」


 小夜が、部屋をノックしそう聞いてくる。


「入っていい?」

「来るなぁ!」


 空きそうになった扉を中から押し返す。


「えっ、本当になに? 大丈夫」

「ああ、大丈夫だから。お前は下に行って待っててくれ」

「分かった……」


 素直に従ったのか、階段を降りる足音が聞こえてきた。大丈夫、落ち着け。レティルが、あんなことにならないためにも、タイムリープしてきたんじゃないのか。


「いや、すまなかった。ちょっと取り乱して……」

「本当に大丈夫ですか? まあそれならいいんですが」

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す』

「うわァァァァァ!」


 自分の部屋を飛び出し、父親の部屋に入り鍵を締めた。駄目だ……、レティルを見るとバラバラのレティルを思い出してしまう。


「あの、どうしたんですか? なにかあったんですか?」

「やっぱ、大丈夫じゃなかった。ちょっと体調が悪いんだ。だから……、俺のことは無視して学校にでも行ってこい」


 こんな状態で、行けるわけもない。


「はぁはぁ……。うっ……」


 再び吐き気がこみ上げたまたま近くにあった袋の中に吐いてしまう。


「ちくしょう……ちくしょう…………」


 思い出すな、別の事を考えろ……。何もない……、何もなかった。そうだ……あれは夢だ、夢だったんだ。長い長い夢……。誰も死んでなんかない……。

 

「大丈夫ですか? 救急車呼びますよ?」

「いい、俺のことは気にせず早くいけ」

「で……、でも」

「いいから!」


 やっと、分かってくれたのか階段を降りていった……。いつもは、学校のことしか考えていないレティルも流石にこういう時だけは、心配してくれるんだな……。少し嬉しい……。


 とはいえ、これをどうにかしない限りレティルとは話せなくなる。それ以前に、このままじゃあまた殺人犯に殺され、タイムリープしトラウマが蘇り吐いて、引きこもってのループになってしまうかもしれない……。


 たが、俺はこれを治す方法など知る由もない……。どうすれば……、どうすれば……。











 こうして、何時間経ったのだろう。時計なんて見ず、部屋の隅でずっと体操座りして下をうつむいている。


 たまに気持ち悪くなり、袋に吐こうとするが、もう腹の中には何も残っておらず、ついに胃液が口から出始め喉が、焼けるように痛む。


「ふぅ……。ちくしょうちくしょう」


 どうしたっていうんだよ、俺の体……。こんなんじゃなかっただろ。今までの苦労を思い出せ、俺。何度も何度もタイムリープして、どうにか殺人犯の正体を知ろうと頑張ってきたじゃないか。たかが一回、あれを見ただけだぞ。そうだ、俺は悪くない。悪いのは全部殺人犯だ! 


 そんな事を思い、自分の責任を人に押し付け少しでも心を軽くしようとするが、すぐにそんな気はなくなり、自分を責め始める。


 まあ、だけど……ああするように言ったのは、俺なんだよな……。それに、俺が外へ逃げたからあいつが俺の代わりに死んだ……。毎回毎回、レティルも俺と同じようにそうなっていたかは分からない。だが、少なくとも今回だけは、俺のせいだ。


 そんな事を考えていると、扉をノックする音が聞こえてきた。


「あの、レティルです。広樹お兄さん。お友達を連れてきました……」


 友達? ああ、気にかけて連れてきてくれたんだな。まあ、友達って言われて想像がつくのはあいつらだけだが……、嫌な予感しかしない。


「おはよう、星雲くん。いや、ここはこんにちは? こんばんはの方がいいからしら」


 俺は時間が分からないが、時雨は別に分かるだろ。


「なんだ、時雨。俺はちょっと今気分が優れないんだ。また今度来てくれないか?」

「星雲くん……、その声。レティルさんちょっと水を持ってきてあげて」


 ああ、そうか。吐きすぎて、声がおかしくなっているのか。それに一日中引きこもっていたせいで、何も食べてないし何も飲んでないからな。


「水……、持ってきました!」

「ありがとう。星雲くん、出てきたくないのは、考慮するわ。ここに置いてちょっと離れてるから取りなさい」


 流石に、脱水症状で死んだら馬鹿みたいだしな。言われた通り、ドアを開け、そこにあったペットボトルを取り、そのまま水を飲む。


「それで、星雲くん。なんでこんな事になってるの? 何があったの?」 

「いや、ちょっと体調を崩しただけだ……」

「レティルさんからは、星雲くんが引きこもったって聞いたのだけど」


 ちっ……、レティルめ。余計なことを。


「いや、それは違う。本当に、体調が、悪いんだ……。コホンコホン」

「それで、病院は行ったの?」

「いや、行ってない……けど」


 今の状態で行ったら、カウンセラーを勧められそうだけどな。


「そう。治す気あるの? それともやっぱり本当にただただ引きこもっただけなんじゃ……」

「いや、これでも朝よりは良くなったから……。いやぁ、明日にでもすぐにいけそうかな」

「そういう事にしておいてあげるわ。治ったら、ちゃん学校に来るのよ? 星雲くんが居ないと、煽る対象が減るから暇なのよね」


 たかだか、そんな事のために俺は学校に行かなきゃいけないのかよ。


「それじゃあ、レティル。また明日」

「はい、ありがとうございました」


 階段で足音を立てながら、一階へと下がって行った。まあ、一人で思い悩んでいるより、他人と喋って少し楽になれたかな。


 そんな事を考えていると、再び階段から足音が聞こえてきた。しかも、少しずつ音は強くなっている……、と言う事はレティル下から上に上がってきてるのか? レティルか、小夜か? それとも時雨が忘れ物でも取りに来たか。


「星雲くん……。居る?」


 扉をノックされ、聞こえてきた声は時雨やレティル、小夜ではなく水だった。


「ああ、居るけどどうした? むしろなんで、お前までここに居るんだ?」

「レティルさんが……。星雲くんが引きこもったって聞いて……」 


 やはり、レティルが連れてきたのか。


「あー、それは嘘だから。ちょっと体調が悪いだけだから、コホンコホン」

「体調が悪い……? 任せて、私が看病する……」


 そういうと、水羽は扉を無理やり開けようとするが、鍵をかけていたため、開くことはない。


「星雲くん……。ここを開けて? 入れないよ」

「ああ、本当に大丈夫。移しちゃうとか悪いしさぁ!」

「星雲くんのウイルス…………えへへ」


 何故か、更に力が激しくドアが動き始めた。


「もう、体調良くなってきてるからさぁ。本当に大丈夫だから!」

「大丈夫、何もしないよ! ホントに。ただここを開けてほしいだけ」


 いや、看病がどうのこうの言ってたのは何だったんだ……。


「開けてくれる気はない……。仕方ない、諦める。その代わり、明日はちゃんと学校に来てほしい……」

「ああ、体調がよくなりしだいいくから」 

「うん、それじゃあ……」


 階段の足音ともに、一回へと下がっていく。あの二人が来たってことはまさか……。


 今までの普通の足音の大きさとは違い、ドンドンドン! と激しい音共に駆け上がってきた。あいつしかいないだろう。


「星雲、遊びに来たわよ! さっさとここを開けなさい!」

「なんだ、お前もレティルに引きこもってるって聞かせれてるのか? 風邪だよ風邪。いいから、さっさと帰ってくれ」

  

 まあ、こいつがこれで帰ってくれる訳ないんだけどな……。


「そんな事はどうでもいいの! さっさと開けて!」

 

 どうでもいいって……、まあバガだし風邪引かなそうだしな。


「仕方ないわね。ちょっと、ドアから離れててね」

「えっ……、ちょっと何をする…………」

「オラァ!」


 そう聞く前に、漆原は扉を破壊した。


「いや、お前何してくれちゃってんの!?」

「引きこもってる人にはこれが一番なのよね」


 だからと言って、人の家のドアを破壊する奴があるか。


「ここまでやったんだがら、さっさとこんな部屋から出るわよ!」


 襟を捕まれ、そのまま引きずられる。


「いい、大丈夫だから! コホンコホン。ほら、風邪だから!」

「何が風邪よ。全然頭も熱くないじゃない!」


 そう言いながら、額に手を当ててくる。


「ほら、ちゃんと歩きなさい」

「なんで、引きこもってたか言うから、離してくれ!」 

「分かればいいのよ、分かれば……」


 流石にあれだよな、もし言わなくても階段を下がるときまで引きずらなかったよな?


「それで、どうしてこんなところで引きこもっていたのよ。いきなり、朝から聞いたわよ。なんか、辛いことでもあったの?」

「いや……まあ……」

 

 タイムリープの事を話しても馬鹿にされるだけだし……、どう誤魔化すか。真実を混ぜれば、嘘はバレにくくなるっていうよな……。


「実はな。俺、盗撮されてるんだ」

「はぁ、それが引きこもりとなんの関係があるのよ」

「家の外ならともかく、何故か家の中に居るときの写真まで撮られてるんだ。それが、気味悪くて怖くなっちゃって……」


 まあ、犯人が誰だか分かってるんだがな。


「なるほど、そういうことね。じゃあ、私がそいつを捕まえればこの引きこもりはやめてくれる?」

「ああ、もちろん」


 水羽が、そう簡単に捕まるはずもないしな。そもそも、こいつの場合疑いすらしないだろうな。


「分かった、なら約束ね。それじゃあまた!」


 そう言って、漆原は部屋を飛び出していった。はぁ、これでようやく終わった。






 それから、また時間が経過した。特に何も起きず、ただぼーっと壁を見つめていた。


「どうしたら……」

「それで、星雲さん。体調はもう大丈夫なんですか?」


 気を抜いたすきに、後ろにレティルが立っていた。うっ、いつの間に……。やばい、また吐き気が。


「何があったのか、しっかり教えて下さい。タイムリープしてきたんでしょ?」

「話しかけないでくれ、頼むから!」

『星雲さんのせい星雲さんのせい星雲さんのせい』


 幻覚と幻聴が、俺の心を支配していた。やはり、俺のせいなんだ。あいつが死んだのは、やり直せたとしてもその事実は変わらない……。俺なんてどうしょうも…………。


 むに……。背中で柔らかい感触を感じた。


「何があったのかは分かりません。ですが、これだけは言わせてください。一人で考えず、タイムリープ能力の存在を知っている私に相談してください。必ず力になりますから……。たとえ私に何かあっても、それはあなたのせいじゃありません……」


 レティルの体は暖かく、それでいて柔らかかった。


 もし、タイムリープ能力なんて無かったら、そのまま楽に死んでこんな事考えなかったのかな……。やっぱり、タイムリープ能力なんて現実では役に立たないな。


 いつまでも、そんなバラバラの死体のことを引きずるのは、やめよう。あれはこれから何度も見るかもしれない……。だが、そんなのはどうでもいい。殺されるのは見たくない? そんな偽善なんて通用しない! 何度見ようが乗り越えてみせる。最後に解決してればいいのだから! 


「レティル、今何時だ?」

「えっと、もうそろそろ一時ですけど……」


 一時……、と言う事は。


「分かった、ちょっと行ってくる。お前はここから動くなよ!」

「はい、分かりました。広樹お兄さんはどうするんですか?」

「ふっ……、ちょっとタイムリープしてくるさ」


 俺は、レティルにそう言い残し、部屋を飛び出し階段を掛け下がって行った。部屋の電気は消えておりそこは真っ暗であった。


「さぁ、こいよ……」


 俺は、今までの死亡地点である冷蔵庫の前までやってきた。そして、到着したと同時に廊下から足音が聞こえてくる。


 ……これは、レティルじゃない。殺人犯だな。


 キッチンへの扉が開き、ヘルメットをした例の殺人犯がそこに居た。


「お前が来ることは分かっていた。だから、こそこれだけは言わせてもらう。必ずお前が誰か暴いてやるからな、覚悟しろよ」


 殺人犯は、ナイフを取り出しこちらにつっこんでくる。それに対し、俺は自ら刺されに行った。 


 ナイフは腹部を貫通し、背中から突き出る。


「くっ…………」


 痛い……、熱い……。体が焼けるようだ……。だがこれは承知の上だ。


「さっさと、殺せ! 俺はもうその覚悟は出来ている!」


 そういうと、殺人犯は頸動脈をナイフで切った。


 これで……、もう一度やり直せる。今度こそ……今度こそは…………。







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