呼び出された死神

「漆黒の闇の中より出し我が力を求め、召喚の儀を行った人間よ。

今宵はその魂と引き換えに何を望むか。」


チョークと動物の血で床に描かれた魔法陣の中心に現れた私は、

召喚された時の決まり文句を言いながら、私を呼び出した男を見下ろした。

男は興奮気味に私のことを見上げながら叫んでいる。


「や、やったぞ!ようやくこの時がやってきた!」

おおよそよくある人間の反応であった。

私自身、冥府から人間界に呼び出される側の身なので、

どのような手順で我々死神を召喚しているのかは見当もつかない。

だが、ろくに休みもとっていないと見える男の狂気がまじった顔つきと、

そこら中に散らばっている貴重そうな古文書や巻物の数々から察するに、

人間共は皆、相当な努力と手間数を以て我々を呼び出しているらしい。

まぁ、だからこそそれに見合っただけの対価を得られるのだが。


「なぁ、あんた本当に死神なんだよな?嘘じゃないよな?」

「あぁ、そうだ。」

「俺がどれだけこの時を待ち望んだことか、誰も想像できまい。

よし、じゃあ早速俺の願いをかなえてもらおうか。」


男をなだめるように、私はいつも説明している決まり文句を言った。

「願いをかなえるにはそれ相応の代償を。

願いがかなった暁にはその命をこの鎌で刈り取らせてもらう。

さすればその命は冥界送りとなり…」

「永遠に人間界には戻れないんだろ?そんなのわかってるよ。」

「おい話を遮るんじゃない。」

「でもそうだろう?」

「あぁ、それもそうだが…」


ここまで理解が早いとそれはそれで気味が悪い。

だいたいこういう交換条件は薄々前からわかっていても、

いざこうして死神の口から直接言われると恐怖で身がすくむのが常なのに、

この男はやけに興奮して、とにかく先を急ごうとしている。


「じゃあ俺の願いだが、そうだな…

美味い酒を一杯出してくれ。とびきり美味いのだ。」

「…は?お前正気か?」

「ああ正気だとも。ほら、はやくやってくれ。」

今までに前例のないほどの小さな願い事に私は耳を疑った。


「普通は巨額の富だとか、後世に残る名声だとか、

命をかけるに値すると本人が思うほどの大きな願いを言うものだぞ。

そんなのでは願いが小さすぎる。考え直せ。」

すると男はしばらく考えると、思い立ったように願いを言った。

「じゃあ美味い酒を樽一つ分。それと肉も食べたいな。

最後の晩餐にステーキかなんかも出してくれ。」

「おいおい、大して変わらないじゃないか。」

「あいにくあまりこういうことに関する欲はない方でね。」

「参ったな…まぁいい、その命さえ代償にもらえるならその願い叶えよう。」


そうして私は男の最後の晩餐を準備してやった。

「おお、立派なもんだな。最後の晩餐には充分すぎるほどだ。」

男は私に見守られながら最後の食事を済ませると、

満足げな顔をして私の目の前にひざまづいた。


「さぁ、願いは叶えてもらった。

この首、その死神の鎌で刈り取ってもらおうか。」

「随分と思い切りがいいんだな。」

「まぁね。あまりこの世界に執着するものもないもんで。」

「お前さては自殺のために私を呼び出したな?」

「いやぁ、まさか。

そんなのだったらわざわざ古文書を漁って研究なんかしないさ。」

「そうか…何にせよ気味の悪い奴だ。よし、いいだろう。ではいくぞ。」


私は覚悟を決めると持っている黒い鎌を振り上げると、

思いっきり男の首筋に振り下ろした。

すぱん、という音をたてて男の頭が床に落ちると、

その首の断面図が黒くうごめき始めた。

「な、なにが起こっているんだ。」

首の断面からは黒い影が溢れ出すと、

その影は私の目の前で人影になり、もう一人の死神として姿を表した。

するとその死神は呆気に取られている私の手から、

死神の象徴である黒い鎌を取り上げてしまった。


「お、おい。なにをする。それを返せ。」

「ああ、ようやく人間の体から解放された。

この死神の姿に戻るためには、他の死神の斧で首を切ってもらうしかなくてね。

いやはや、助かった。恩に着るよ。これで数百年ぶりに冥界に帰れる。」

男は手早く魔法陣の中で鎌を振りかざし、地面を切り開くと、

冥界に通じる真っ黒い穴が現れ、その中に消えていった。


「おい、その鎌を返せ。それがないと私は冥界に帰れないんだぞ…」

しかし時すでに遅く、私は人間界の薄汚い部屋に一人取り残されてしまった。

いつの間にか私の着ていた死神のローブは、人間が着るような洋服に変化しており、

私がさっきの男の代わりとして、

人間の体に囚われの身になってしまったことは容易に理解できた。


「何てこった。今までいた冥界に帰るためには、

あの男のように一から死神を呼び出す方法を

探しなおすしか道はないということか…」

絶望的な状況の中、私は次なる召喚の儀式を行うために、

床に散らばった古文書をかき集め始めるほかなかった。

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