禁断症状

俺は病院の一室で目が覚めた。

体は包帯でぐるぐる巻きにされており、

関節は簡単に動かないようにギプスのような物で固定されている。


何でこうなったかは全く身に覚えがないが、どうやら大きな怪我をしたらしい。

痛みをさほど感じないのは、

体につながっている管から麻酔のようなものが流し込まれているからのようだ。

それより困るのは、なぜ自分がこんな状態になっているかが思い出せないことだ。


「全く思い出せない…一体どうなってんだ。」

考えても考えても思い出せないので、

その後しばらくは、ぼうっと窓の外を眺めながら過ごしていた。

すると、病室の引き戸が開き、医者が入ってきた。


「おやおや、お目覚めですね。お痛みは?」

「別になんとも。麻酔のおかげなんだろうな。

それより、自分が何でこんな状態なのかわからないんだ。

俺は何か大きな事故にでもあったのか?」

「その点ですが、現段階では思い出すべきではないので、

記憶を制限する麻酔を投与させていただきました。」

「なんだって。」

「記憶が戻ればこの不幸はきっと繰り返されるでしょう。

根本的な治療をするためには、危険要素は取り除かなかればなりません。

ささ、まずはそのご飯でも食べて体の方を治してください。」


医者と看護師に説得されるがまま、味のしない病院食をかき込み、

その日は寝るほか選択肢はなかった。

そうしてやってきた次の日もまた麻酔の影響か、

記憶が戻ることがなく悶々と過ごした。


しかし、三日目にさしかかると、俺の中に変化が現れ始めた。

記憶ではなく、何か強い衝動に似た感情が湧き上がってくるようになったのだ。

喉が激しく乾くような苦しさと、ひどい寝不足からくる苛立ちが合わさったような、

体が目に見えない何かの不足を訴えているような感覚なのだ。

横になっていてもベッドの底がぐわんぐわんと傾いているように感じる。


「何かの…禁断症状なのか?」

そう思った俺は目の前の水を飲み干してみた。

寝たきりの体が水分を欲しているのかと思ったからだ。だが、何も変化はなかった。

「体に何かの栄養素が足りてないのか?」

そう思い看護師に聞いてみたが、栄養バランスのとれた病院食に加え、

点滴まで投与されているのだから、これ以上栄養が満ち足りた状態はないと言う。

しかし俺の記憶を勝手に消した連中だ、どこまで信用していいものかわからない。


そういえば、ここの医者は記憶が戻ると、

またこんな包帯まみれの状態になりかねないと言っていた。

もしかすると、この形容し難い何かへの禁断症状と、

消えた記憶は関係があるのかもしれない。

「となると、この禁断症状の正体を探し当てればいいわけだ。

かたっぱしから試してみよう。」

病院の中での暇つぶしがようやく見つかった俺は、

毎日様々な欲求を満たせそうなものを試してみた。


はじめのうちは甘いものやしょっぱいものを食べてみたりした。

それから、体に自由が効くようになってからは、

こっそり酒を飲んでみたりタバコを試してみたりもした。

しかし、どれも効果はなかった。

「あれからもう何日も立つがいっこうに手がかりが掴めない…

どうにかなりそうだ。」

苛立った俺は気付いたら病院の屋上にたどり着いていた。


立ち入り禁止と書いてあったが、

鍵をかけ忘れていたのかなんなく入ることができた。

あまりよくないことをしているとはわかっていたものの、久しぶりに、

それなりに高いところから外の風景を眺めれば、

良い気分転換になるのではと期待してしまったのだ。

俺は屋上の外周を囲う、低い柵の近くによると下を見下ろしてみた。


三階建ての病院で、たいした高さではなかったものの、

それなりにヒヤッとする景色だった。

しかしその緊張感が刺激となり、柵から離れては、

また近寄ったりして何度も覗き込んだ。


するとある時、思わず足元の配管につまずいてしまい、

柵を超えて屋上から飛び出してしまった。

しまった、まずい。と思った瞬間には既に時遅く、

俺は地面に向かって落ちていった。

だが、その落下中、鋭い快感が脳内で弾け、俺の中を物凄い勢いで駆け巡った。

何だこの感覚と底知れぬ満足感は、と思いながら落下を続けたが、

突如、ばふん、と柔らかいものが俺の体を受け止め、思考を止めた。


「おーい、大丈夫ですか。」

屋上の下に置かれたエアークッションの上に落ちた俺の方へ、

医者たちがやってきた。

「なんだこれは、なんでこんなとこにクッションが?」

「あなたが禁断症状を起こす頃かなと思って先手を売っておいたのです。」

「どういうことだ?それに俺の体は何を求めていたんだ?」

「あなたは人一倍スリルや危険を楽しみ、それに取り憑かれている方のようです。

今回の入院もそれが原因です。たとえ体が治っても、

危険を求めるその心を治さないと、再び大怪我しかねないと判断したので、

入院にいたる経緯の記憶は思い出さないように薬を投与したんですよ…」

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