降下の行先

ゴウンゴウン…低い音を響かせながらエレベーターは下っていく。

私はエレベーターの中で一人、立っている。

厳密に言えばもう一人、エレベーターの制御パネルの前にも男が立っているが、

その男はどれだけこちらが話しかけても決して応えることがなく、振り向きもしない。


「なぁ、いつになったら着くんだ。

そもそも、このエレベーターはどこに向かっているんだ。」

反応はない。もしかしたら動かないロボットや人形の類かもしれない。

私の額を水滴が流れ落ちる。

密閉されたエレベーターの中にずっといるうちに汗をかいていたようだ。

エレベーターの入り口の上にあるパネルに目をやると、

まだ全体の三分の一しか降りていないことがわかる。


「相当フロアの数があるようだな。なぁ、まだかかるのか。」

制御パネルの前に立つ男は無言を貫いている。

ゴウンゴウンという低い音が加速する。

心なしか下に降りるにつれて暑くなってきた気がする。

徐々にエレベーター内の湿気も増え、だんだんと息苦しくなってくる。


「う…苦しい…」

思わず私は胸を抑える。思い切り息を吸って吐いても十分な呼吸ができない。

胸のあたりが締め付けられるように痛み、立っているだけで精一杯だ。

そうしている間にもこの狭い部屋の中はサウナのように暑くなっていく。

エレベーターの降下は加速し、

扇型のフロアパネルもどんどん下層の方へ針を進めていった。


呼吸が浅くなりめまいがしてきた。

まっすぐ立っていられなくなり、私は思わずかがんで膝に手をついてしまった。

すると、突然、制御パネルの前に立っていた男がいきなり動き出した。

「ああ!全く、この暑さと湿気を感じる度にうんざりする。」

「な、なんだ急に。というかお前、やっぱり喋れるじゃないか。」

「いま通過したフロアより下”では”喋れるだけだ。色々と規則でな。」

「どういうことだ?」

「まぁほら、人それぞれに割り当てられたフロアってのがあんだよ。

俺の場合はたった今通り過ぎたフロアがそれってわけ。」

「このエレベーターはどこに向かってるんだ?」

「ずぅっと下さ。お前は俺よりもやらかしたみたいだな。

随分下のフロアからスタートするみたいだ。」

「はぁ…何だかよくわかないが。」


エレベーターは降下を続ける。

「ぐっ…息が…」

どんどんエレベーターの中の環境は悪化していく。

今では喋るのもやっとだ。まるで空気の重みで肺が潰される思いだ。

「こ、これは中々だな…流石の俺でもしんどいぜ。

こんなに下のフロアに案内する機会はそうそうない。」

すると突然、チーンと無機質な音がエレベーター内に響き渡った。

「つ、着いたみたいだ。開けるぞ。」


男が扉を開けると、一気に肌が焼ける様な強い熱波が私を襲った。

そこらじゅうから火があがっており、鬼の様な怪物が人間に罰を与えている。

「そうか。私が来たのは地獄、というわけか…」

次の瞬間、私の脳裏には生前の罪の記憶が鮮明に蘇ってきた。


「じゃあここで頑張ることだな。俺はもういくぜ。」

「待ってくれ、ここから出る方法はないのか。」

「無いな。途方に暮れるような長い時間、ここで耐え続けて、

地道にひとフロアずつ上に上がっていくことだな。」

「そうか…」

「まぁそう気を落とすなって。

運良く欠員が出れば、俺みたいにエレベーターボーイは時々やらせてもらえるさ。

そうすれば、わずかな時間とはいえ自分のフロアを離れて、

上の世界の快適な空気に触れられるってなもんだぜ…」

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