ハイジャックしたのは

「全員大人しくしろ。この飛行機は俺らが乗っ取った。」

離陸から数時間が経過した穏やかな機内に一瞬で緊張が走る。


突如現れたハイジャック犯たちは全身武装で身を包み、乗客を威嚇する。

「全員席から立つんじゃないぞ。

おい、そこのお前は別だ。機長に話をさせろ。」

指名されてしまった哀れなキャビンアテンダントは、

怯えながら機長に繋いだ内線電話を差し出す。


「あんたが機長だな。もうわかっているとは思うがこれはハイジャックだ。

こちらの指示に従ってもらわないと乗客が死ぬぞ。」

「このご時世にハイジャックだなんて、よく警備を通れましたね。」

「最先端の警備には最先端の悪知恵だ。

あいにく、こちらの方が一歩先を進んでてね。

検査機に引っかからない最新鋭の武器やら装備やらを持ち込んでやったのさ。」

「なるほど。技術進歩の恩恵を受けているのは、私たちだけでないようですね。」

「そういう訳だ。それにしてもあんた、やけに落ち着いているな。

こういうのは前にも経験しているのか。」

「いえ、初めての経験です。

ただ、別件でもう一つトラブルが起こってまして、

こちらもまた初めての経験なのです。」

「どういう意味だ?」


次の瞬間、機体が大きく揺れた。

「あっ、あそこを見ろ!大変だ!」

窓際の乗客が顔を真っ青にしながら窓の外を指差す。

ハイジャック犯もそちらの方に目をやり驚く。

「おいおい、なんだあの煙は。しかもエンジンから火が出てるじゃないか。」

「ご覧の通り、今はこちらのトラブルの方が深刻でして。」

「待て、そんなこと言ってもどうにかなるだろう。最先の飛行機なのだから。」

「のはずなのですが、どうにもマニュアル外の事態でして。」

再び大きく機体が揺れ、乗客全員が激しい浮遊感を感じた。

「おいあんた機長だろ。どうにかしろよ。」

「最善は尽くしてます。ですが、最悪の事態も御覚悟を。」


機体は下降を始め、乗客の何人かは不安と恐怖で泣き出し始めた。

「勘弁してくれ、とんでもないタイミングにハイジャックしちまった。

この機から脱出できるパラシュートみたいなのは無いのか。」

「そんな、ダメです。こんな状態で緊急脱出ハッチには誰も入れられません。

せめてもう少し高度を下げてからでないと…」

「ええい、そんなの待ってられるか。

こうなったら俺たちだけでも先に脱出させてもらうぞ。」

ハイジャック犯は静止を振り切り、

電子パネルに「緊急脱出ハッチ」と表示された扉の中に入った。


しかし、そこには外への出口などなく、

いくつかの荷物が置かれただけの場所だった。

「しまった、騙され…」

ハイジャック犯たちが部屋から出るよりもわずかに早く扉は閉じられ、

鍵がかけられてしまった。


機長は電子パネルの表示を「緊急脱出ハッチ」から「貨物倉庫室」に戻すと、

エンジンから出ている炎と煙の演出をしていた噴出装置を停止させた。

アナウンスボタンの電源を入れると、落ち着いた声で乗客に呼びかけた。

「皆様、驚かせてしまい申し訳ございません。

当機は上空でのトラブルにも臨機応変に対応できる最先端の設備が装備されており、

ご覧の通りハイジャック犯たちも無事確保されました。

この後は再び快適な空の旅をごゆっくりとお楽しみください…」

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