さびれた探偵事務所

「今日も来ないですね、依頼人。明日には家賃を払わないといけないのに。」

助手はさびれた探偵事務所でため息をつく。

「まぁまぁ。近いうちにこの前の事件の謝礼金も入る筈だから。」

事務所の主人である探偵は、お気に入りのパイプを磨きながら呑気に鼻歌を歌う。

「いつまであの女性をあてにしてるんですか。それよりもっと依頼を受けないと。」

「そうだな。しばらく休みがちだったからな…

おや、そう言っているうちに誰か来たぞ。」

軋んだ音を立てながら事務所のドアが開けられると、

入り口には中年の男が立っていた。


「噂の探偵事務所というのは、こちらですかな。」

「ええ、そうです。」

探偵はさっと中年の全身を見渡す。

「私、本日は用事があってこちらへ…」

「いえ、皆まで言わなくて結構。その手に持っている封筒の件でしょう、先生。」

「なんと、よくお分かりですね。

しかもなぜ初対面なのに私が教師だとおわかりで。」

「まずあなたの手元に目が行きました。大きなペンだこに指についたインクの汚れ。

知的そうな顔立ちから記者か物書きを連想しかけましたが、

その袖についた白い粉がヒントになりました。それはチョークの粉でしょう。」

「あっほんとだ。いつの間にか汚れていたようです。」

「その封筒の中は恐らく依頼料。ある人を探してこちたに辿り着いたと。」

「すごい。まったく持ってその通りです。それではこちらをお受け取りに。」

「いや、それならお断りです。ちょっとあいにく忙しいのでね。」

「えっ、どういうことですか。これを受け取るだけで…」

「結構です。さぁ行った行った。」


探偵は困惑する男を他所に事務所から追い出してしまった。

「せっかくの依頼だったのに、なんで追い返しちゃったのですか。」

助手は口を尖らせて探偵を責める。

「いや、あれで良い。彼、本当は訳ありなようだし。」

「どういうことですか?」

「教師は恐らく仮の姿だ。身につけていた高級そうなメガネに腕時計。

とてもじゃないがここらで教えている教師の安月給だけでは買えない。

それに、依頼料をどんと前払いするほど金に余裕があるくせに、

こんな小さな事務所にお忍びで来ているところを見ると、

察するに本業は殺し屋か何かで、以来内容も標的探しだろう。」

「すごい、そこまで一瞬でお見通しだったのですね。」

「さすがの僕でも犯罪紛いの以来は受けたくないからね。

ただ、こうしてまた依頼を逃したのも事実だ。またしばらくは貧乏暮らしだな。」


事務所から追い出された男は探偵事務所の看板を振り返りながら呟く。

「妹がこの前お世話になった事件の謝礼金を代理で持ってきたのに、

訳もわからず、すっかり追い返されてしまった…

もしかすると、謝礼金は不要だという粋な計らいだったのだろうか。

だとしたらなんて親切な方だろう。きっと妹も喜ぶぞ…」

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