不思議な列車

私は気づくと地下鉄の列車の席に座っていた。

見渡す限り、車両はどこも古臭く、天井の電球も所々切れかけている。

車内に人は殆どおらず、少し開いた窓からは、

トンネル内に響く列車の通過音が入ってくる。


「私はいつからこの列車に乗っているのだろう。」

足元の暖かい暖房の熱が眠気を誘う。

このまま次の駅を寝過ごしてしまいそうだ。

最もどこで降りるのかもよくわからないのだが…


「ちょっと、あなた。早く起きなさい。」

誰かに強く肩を揺さぶられ私は目が覚めた。

隣を見ると、そこにはいつの間にか中年の男が座っていた。

「急に何ですか。いつからそこに。」

「さっきの停車駅で乗ってきた者です。

悪いことは言わない、あなたは次の駅で降りなさい。」

「停車駅?次の駅?」

私には何が何だかさっぱりわからなかった。

第一、叩き起こされたばかりで頭も回らない。


必死に話しかけてくる謎の男は説得を続ける。

「私は当分降りられそうに無い、せめてあなただけでも。

駅であなたを待っている人もいるでしょう。」

駅…?待っている人…?私にそんな人が居ただろうか。

居たような気もするし、そうで無い気もする。

ぼうっと考えているうちに電車の揺れと足元の暖房が私の意識を奪っていく。

「寝るな、この列車で寝てはいかん。」

中年男は私の肩を揺さぶり続け、私の眠りを妨げる。

「何なんですすか、もう…」

「次の停車駅に着くまでは私が話し相手になるから、決して寝るんじゃ無いぞ。」


そうして中年男は様々な身の上話を、半ば一方的に話してきた。

子供はもう独立していること、今は妻と2人で暮らしていること、

休みの日はよく公園に散歩に行くこと…

色々話してきたが起きているのに精一杯で全部は覚えきれなかった。

そうしているうちに列車はゆっくりと停車駅についた。


「さぁついたぞ、降りなさい。」

「あなたも降りないんですか?」

「私も降りたいんだがそうもいかなくてな、

もう少し先の駅で降りれるよう頑張るよ。」

「はぁ…そうですか。」

列車の中に立つ男の声に答えながら私は駅の出口を探した。


駅の出口の方は白っぽい光に包まれており、

私はそれに吸い寄せられるように歩いていった。

次の瞬間、私は病室のベッドの上で目を覚ました。

「あっ、目を覚ました!あなた、あぁよかった!」

隣に目をやると妻が半ば泣きながら私の手を握っていた。

「ここは…?」

「あなた、覚えてないの。

勤めていたビルが火事になって、逃げ遅れたまま現場で意識を失っていたのよ。」

ああ、そうか。思い出したぞ。私は燃え盛る火の中、逃げ遅れたんだった。

「他にも何人も意識を失っている人が居て、あなたが最初に目覚めたのよ。」

「なんだって…他にも人が。」

私は思わず、病室を飛び出して他の患者たちを見て回った。


「あっ。」

そこにはベッドで横たわる、電車の中であった中年の男の姿があった。

私に気づいたのか、そばで見守っている妻と思われる女性が話しかけてきた。

「あら、あなた。目が覚めたの。うちの主人はまだで。」

「ええ、ついさっき目を覚ましたばかりで。」

「うちの人、いつも自分より人の心配ばかりするから、

事故の時も他の人を助けて自分は逃げ遅れたって。ほんと、うちの人らしいわ。」

「あの、もう少しかかるかもしれませんが、

ご主人、きっと目を覚ますと思います。」

確証もないのに言葉だけが先に出てきてしまった。

夫人は少し驚いた顔をすると、少し笑って返事した。

「ふふふ、ありがとう。私もそう願うわ。」

私は、横たわる男の顔を見た。

意識もないはずなのに、その顔はどこか満足そうに微笑んでいるように見えた。

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