才能の見本市
暗い会場に、ずらっとカウンターが並んでいる。
どのカウンターにも、個性豊かな人たちが座っている。
「さて、まずどこから行くべきか。」
私はしがない会社員。
古びたビル地下の暗がりの中で、
この怪しげな見本市が開かれていると聞き足を運んだ。
なんでも、最近は「才能」の売買をする闇市が密かに流行っているらしく、
自分のスキルや知識に覚えのある連中がこうして夜な夜な自分の才能を売っているらしいのだ。
といっても、売ることができる才能は限られているらしくヒトの脳にインプットできるもののみだ。
筋肉や骨格が貧弱な人間にアスリートの才能を移植しても意味がないし、
手先の不器用なやつに手品師の手捌きを上書きしようとしても無駄だということだ。
私にこの市場を勧めてきた友人はギャンブラーからギャンブルの才能を買ったらしく、かなり儲かっているとのことだ。にわかに信じがたい話だが。
しかしこういう未知の世界は非常に興味深い。
私は順番に才能の看板を見て回る。
「君は天気予報の才能を売っているのか。」
「はい、せっかく資格を取ったのですが、
お天気キャスターになることができず、就職難でして。
どうですか。きっとお役に立ちますよ。」
「ううん、家を出るときに傘がいるとか明日は晴れそうだとか、
そういった類が空を見てわかるのは確かに便利そうだが、
あいにくテレビやラジオで事足りるからな。」
残念そうに落ち込む青年をよそに私は様々なカウンターを見て回った。
「お客さん、税金の申告で不便を感じたことはありませんか。」
「ちょっとちょっと、私の占いをマスターすればいつでも店が出せるわよ。」
「これからの時代は文章力、あなたも一流のライターに。」
見てる分には面白いがいざ大金を出して買うにはインパクトにかけるように感じた。
冷やかし半分で見て回って今日は早々に切り上げようかと考えていると、
会場の隅で一人静かにうつむいている男が目に止まった。
暗がりのテーブルで才能を示す看板はよく見えず、
神妙な男の表情だけが手元の明かりに照らされてぼうっと浮かびあっていた。
男の周りには誰もおらず活気に欠けるがどこかただならぬ雰囲気を感じた。
思わず気になり声をかけた。
「あなたはなんの才能を売っているんだい。」
「ん。あぁすまない。これからの世の中の動きをシミュレーションしていて気づかなかった。」
「というと、経済学者か何かですかな。」
「否、この現代社会において何が必要で、何が求められるかを鋭く考える力だ。」
「なるほど、ビジネスの才能ですか。仕事で役に立ちそうだ。」
「それなりに値は張るが期待は裏切らない。私には多くを理解し、同時に多くを生み出す力がある。」
「よし、買った。あなたの言葉からは揺るがない自信と実績を感じる。
ある種の直感だがあなたに賭けてみよう。」
そうして私は男に金を払うとケーブルで繋がった大きなヘルメットをそれぞれかぶった。
その後から、私の脳内には大きな変化が起きた。
ニュースを見ればその後の社会の動きが容易に想像できるし、常に膨大な量のアイデアが思い浮かぶ。
私は自信に満ち溢れるようになり積極的に頭に浮かんだ素晴らしい案を会社の会議で提案した。
だが、一向に採用されないのだ。
それどころか次第にみな私を煙たがるようになり的外れな奴だと陰で嘲笑い始めた。
「おかしい、何故だ。私の素晴らしい考えがなぜ理解されないのだ。こんなにも斬新なアイデアなのに。」
一方ビル地下の会場では今日も見本市が開かれていた。
参加者はヒソヒソとテーブル隅の暗がりにいる男を指差し話す。
「ちょっと、またあの人参加してるわよ。」
「ああ、誰があんな才能欲しがるんだか。」
「でもこのまえ一人、冴えない男が買って行ったのを見たわよ。物好きもいるものね。」
暗がりでよく見えない男の才能を示す看板には「誇大妄想」と書かれていた。
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