第9話 初依頼 幼馴染少年の厚生
キーンコーンカーンコーン。
学校の終業のチャイムが鳴ってから数分後、俺は西野に指定された教室に来ていた。
「なんであんたしかいないわけ、西野ちゃんは?」
「習い事があるそうだ。今日は来れない」
「えー、なら帰る。別の日にするわ」
俺は一人でその教室に陣取りながら、依頼人の相手をしていた。
「それは困る。せめて依頼内容だけでも教えてくれ」
「そうねえ、あんた口外しないって誓える?」
「こういう仕事だ。それは守ろう。命に誓ってもいい」
「へえ、言うじゃない」
もともと、俺の給料に関わることだ。命に関わると言っても過言じゃない。
「ま、別にもうほぼ周知の事実って感じの話だし、いいんだけどさ」
「ほう」
「あ、この髪、どう?似合ってる?一昨日切ったんだけどさあ。男子の意見を聞きたくて」
前言撤回、やはり安易な考えだったようだ。
「・・・もとの髪型を知らないからアレだが、似合ってるんじゃないか?少なくとも違和感は感じない」
「——今のひとことでわかったわ。あんたモテないでしょ」
「今のは別に一言でもなければ、それで俺の何がわかったのかもわからないが、否定はしない」
実に失礼なやつである。まあ、直接キッパリ言うあたり、まだマシではあるのだが。
「いや、普通にモテないオーラ出まくってるって、真顔で褒めるのもちょっと怖いし、目を全くさらさないのも逆に怖い」
「怖い怖い言うな。傷つくだろ」
「ほら、それも真顔、ほんとに怖い。なんで西野ちゃん、こんな子を入れたんだろ。これじゃあ、番犬ぐらいにしかならないのに」
まあ、ほとんどそれがあいつの目的だろう。
「それで、依頼内容は?」
「依頼?ああ、ここに来た理由ね。私の幼馴染のことなんだけどね」
「・・・」
「一昨日、告白されて、フったんだけど、何だかショゲちゃって、その子を立ち直らせて欲しいんだけど」
ああ、なるほど、自分でフったのなら確かに頼む必要があるのか。ん?ちょっと待てよ。
「あー、ちなみに、早瀬が髪を切った理由は?」
「もちろん、その子——
ん?ん?ん!!?ちょっとよくわからなくなってきた。
「すまん。お前の中では決まってることかもしれないが、俺の中では不確定だ。もっと詳しく教えてくれ」
「えー、だ・か・ら、秋ちゃんを一昨日フッたんだけど、秋ちゃんってば『人生終わった』みたいな顔して「ごめん」って言うの。ありえなくない?」
ごめん。まったくわからねえ。わかるのは、その秋くんがとても可哀想なことだけだ。
「わからん」
「はあー?これだから童貞は、あのね、女の子が『ごめん、君のことそう言うふうに見れない』って言ったら『もっと頑張って、また今度チャレンジして!』ってことなんだよ」
それはおそらくお前だけだろう。かなり暴論だと思う。
「それは普通にわからないだろ。普通男子はそんなのわからねえよ」
「え、そう?いやまあそうかぁ。あの子に悪い虫がつかないようにしてたの私だしね」
「そら見たことか。普通に謝るのが一番賢明だと思うぞ?」
「はあ?それじゃあ秋ちゃんが成長しないじゃない。そこをなんとかするのが恋研でしょう?」
なるほど、早瀬の言い分はこうだ。
被害者もとい秋には、何回フラれても諦めないでほしい。しかしそれを自分から言うのは本末転倒、よってその厚生を恋研に依頼する。
面倒だと言ってしまえばそれまでだが、そもそもこの部活動はそういうものだ。真剣に考えなければならない。
「ということで、私、帰るから」
「・・・まあ、わかった。やれるだけやってみよう」
「マジ?実はアンタにやってもらった方が良いのよね」
先程までの態度とは違い、嬉しそうな声をあげた。
「なぜだ?」
「だって、西野ちゃんって可愛いからさ、落ち込んでるときに相談聞いてもらったりしたら、絶対好きになっちゃうじゃん?」
「つまり、西野もお前の言う、悪い虫なわけか?」
その理論は意外とすんなり理解できた。西野は性格はともかく容姿は良い。加えてあの饒舌だ。俺のようなボッチスキルの熟練度が高いヤツでなければ、あのナゾの雰囲気に騙されてしまうことは想像に難くない。
「わかってんじゃん。つーことで、ワリとケッコウカナリ箕島の働きにかかってるから、そこんところよろしく!」
「微強調三段活用とは、余程の死活問題なんだな」
俺が彼女の発言について指摘すると、早瀬はギクリと固まって、それから頬を掻きながら振り返った。
「わかっちゃう?」
「そりゃあな」
なにが分かるのかはわからんが、とりあえず答えておこう。
「私、秋ちゃんのこと、ほんっっっとうに好きなんだよね」
「まあ、それはなんとなく——「健気で可愛くて、いつも私の言うこと聞いてくれて、いつも私のことスキスキオーラ出してさー、ほんっとうにカワイイの!」
被せ気味に秋さんのことを話す早瀬は、確かにバレるとヤバそうな雰囲気だった。秋という少年への異常な執着は、もはや重苦しい。
「わかった。あんたの気持ちはわかったから。…で、依頼は、その少年がいつも通りになればいいってことでいいか?どんな手を使っても?」
「んー、まあそうね。他の女に脇目を振らせなければ何をやってもいいわ」
早瀬は間を置かずに答えた。言質は問ったと言ってもいいだろう。
「オーケー引き受けた。三日後には彼は元通りになってることを保証する」
「言うねえ、楽しみにしてる」
〇
とは、言ったものの。俺は頭を抱えていた。この少年、結構拗らせている。
「ドア開けてくれよー。俺はあんたと話がしたいんだ」
「あんた誰だよ。悪いが僕は絶賛傷心中なんだ。今度にしてくれ」
ああ、めんどくせえ。目が合ってないと伝わるもんも伝わらないってのになあ。
「…学校来いよ!!みんなお前のこと待ってるんだぜ?」
大声で叫ぶと、勢いよく扉は開き、俺はドアにぶたれるところだった。
「僕を引きこもりみたいに言うな。大体アンタクラスメイトじゃねえだろ。」
「まあまあ、そんなお堅いこといいなさんなって」
誰にだって休みたい日はある。休む権利もある。だが、今回は依頼だからな。
「で、どうして僕の家にいきなり来たわけ?」
家に入るのには戸惑ったが、入ることができればこちらのものだ。俺は、さもこの家に入り慣れている客人のように、部屋で一番大きな座布団に座った。
「まあそれは企業秘密だからさ、とにかくアンタにアドバイスをしに来た、しがないメンタルアドバイザーってことで通させてもらえると、ありがたいんだけど」
「なんだそれ」
俺は彼の表情が少しでも良くなるように工夫した。今回の措置は、もちろん明日明後日に向けての改善もあるが、少しでも後悔している時間や悩んで苦しむ時間を減らすためでもある。
「アドバイスつったって、僕はお前みたいなやつにアドバイスできるようには思えないんだけど。倫理観ゼロの箕島?」
俺そんなに他クラスに知られるほど知名度あったのか。てかその二つ名みたいなのマジでキツイからやめてほしいんだけど。
「まあ、確かに俺は女と付き合ったことねえし、人と話すことも少ないな。」
「ほら、お前だって一緒じゃないか。むしろ――」
「ああ、むしろお前より雑魚だよ、俺は。でも、俺は、毎日ちゃんと楽しいぜ」
これは嘘だ。でもこれは必要な嘘で、良い嘘だ。
「そ、それは、お前の運がいいからで――」
「うーん、運ねえ。まあ、それはドンマイとしか言いようがねえけどよ」
「そこは仕方がないのかよ!?」
運に関しては、俺に言ってやれることはなかった。
「まあ、でも十年間恋焦がれて好きだった子にコクってフラれた少年Aさんよお」
「あんたの運も、別に悪いとは思わねえけどな」
早瀬は彼のことが好きだ。その気持ちに揺らぎはない。ただ、彼女の愛が歪んでいると言うだけで。
「はあ、知った口を聞くじゃないか。」
「いや、俺の見立てだと、別に依頼人さん――あんたの好きな子も、別にまんざらじゃなさそうだったぞ?」
この言葉を聞いて、
「そうなのか?でも早瀬さんは僕のこと振ったのに」
多分あの依頼人は、この少年Aを、自分の好み通りに「育て」たいんだろう。ただ、何も教えず振るってのは、「言葉足らず」ってものだ。少なくとも純情な少年にはそうだろう。
「つまり、あれだ。アンタにまだチャンスはある。絶望するのは早いってこった。」
「そう?僕まだ行けるの」
彼は自分の手を眺めて、それから鏡台まで走って行って、自分の顔を見た。
「だいぶひどい顔してると思うけど、大丈夫そ?」
「もちろんそれじゃダメだ。しかし、それをどうにかするのが、俺の本来の仕事でもある。」
そう、ここはスタートラインだ。重要なことを考えるためには前置きが多少、必要だった。端的に言うと、彼に心の持ち直しをさせる準備が必要だったのだ。
「次学校へ行く時の課題としては、彼女と何話すのか。あと友達に休んでた理由聞かれたらどうするか。」
「・・・そ、そんなのは今日寝る前にでも考えるさ」
「だよな」
あー、辛い辛い。俺には振られた経験はないが、想像するだけでも辛いことだ。自分の気持ちも用事も、他人は当たり前に知らない。言葉にしなくては伝わらないが、そんなに人の心は簡単に整理できない。誤魔化すのすら傷心中の人には辛いだろう。
「衝動的にやってしまったことに後始末はつきもの。と、そこでそんなあなたにご提案が!」
彼は今までそんな経験はなかっただろう。早瀬が側にいて、彼女に夢中だったのだから。だから、今は言わば学校が楽しくなくなっている状態。俺のように楽しくないことに慣れた人間でなければ、辛さから逃れられない。
「っ、どうにかできるのか?」
メンタルケアに必要なのは必ずしも全肯定ではない。大事なのは適度な刺激、的確な指示、そして問題を大きく考えすぎないこと。
「俺が思うに、アンタに気持ちの整理は必要ない」
「なんでだよ。俺はまだ悩んでるんだよ」
「まあ、落ち着け。極端な話、告白ってのは当たって砕けるか、上手くいくかのどっちかだろう?事実は単純明快だ、アンタは見事にフラれたわけだ」
現実を突きつける。これは重度に心を病んでいる人間には逆効果だが、まだ彼は軽傷だ。辛辣かもしれないが、悩みに悩んで事実を拡大解釈するよりは断然マシだ。
「…簡単に言ってくれるな」
「ただの事実確認だ。アンタは困ってるのは告白の後始末だろ。なぜフラれたのか?自分は何か間違っていたのか?とかか?」
図星だろう、言い訳がなくなり、彼は少し俯いた。
「あのな、少しメタいことを言うが、そんなのは今さら悩んでも答えは出ないし、この先永遠に思い出して悩むんだから。今『悩もう』とするのは良くない」
人間の心はとても知的なもので、成功や勝利よりも、失敗や敗北、そして後悔の記憶を思い出しやすいようにできている。失敗から学べってか?それはそうかもしれないが、忘れてしまった方が楽なことも存分あるはずだろう。
「だったらどうすれば良いんだ?」
「そうだな。アンタには、俺が今から言うことをいくつか実行してもらう。騙されたとでも思って、素直に聞いてくれ」
それから、俺は具体的で細かい指示を何度も述べた。あまりに長いので、彼の家を出るのは夜が更けてからだった。彼の母君に夕飯をご馳走になったので、今夜の食費が浮いた。
ただ、そのはした金については、使い道を考えようとは思わなかった。俺は家に戻ると、錆びついた貯金箱に小銭を放り込んだ。それからは、いつも通り学生としてするべき作業をして、寝床に入った。
「上手くいけばいいが」
若干不安を含む声に聞こえたかもしれないが、俺は明日を楽しみにしていた。格好がつくつかないはともかくとして、全てうまくいけば面白い結果になることを確信していた。
俺はやれるだけのことをやった。それが
「倫理観ゼロね。価値観は数値で表せないとはいえ、随分な皮肉だな」
そんなに俺にそのキャラを押し付けたいのなら、演じてやろうじゃないか。笑みを浮かべて、俺は眠りについた。
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