第11話 だから、俺はあいつを誑かす

 アドレナリンと云う成分がある。人が興奮状態であるときに発せられるホルモンで、その成分が出ているとき、人は時間の流れを遅く感じ、痛みの感覚すらも麻痺すると云う。


 俺は随分前から、体にこのホルモンがめぐる感覚を忘れてしまった。つまり、おそらく、俺は最近人生を楽しめていないのだ!


 ……まあ、だからと言って別段困るようなことがあるわけではないのだが。


――そうではダメだ。現状に満足してしまったら、またつまらない毎日を過ごすことになる。


――何を言っているんだ。お前は学生だ。勉強さえできていれば十分だろう。


――そっちこそ何を言っているんだ。十代はは一度きり、青春を棒に振るなんて勿体無いと、口酸っぱく母さんに言われたじゃないか。


 終わりのない葛藤で、限られた時間が過ぎていく。・・・通学の途中なんて暇なのだが。


「つまんないな」


 溜息が自然と口からこぼれ落ちる。しょうもないことで悩んでいる自分が、答えの出すことを先延ばしにしてだらけている自分が、どうしようもなくつまらない人間に思えて仕方がなかった。


「朝からそんなに陰気で大丈夫かね、我が助手よ」

「大丈夫さ。俺のこれは生まれつきだ。」


 俺がちんたら自転車を漕いでいると、颯爽と西野は現れた。


「ふーん」


 俺が驚いた様子でないので、彼女は不満げになった。


「それよりお前、それじゃ並走になる。後ろか前か、なんにせよ俺に合わせるのはやめろ」

「優等生なこと。少しなら良いじゃない。ここは車の通行制限があるんだから」

「警察に見つかったら罰金案件だ。お前はともかく俺が払うのはまっびら御免だからな」


 言い返す言葉がなくなったのか、彼女は大人しく俺の前に張り付くようにして走り出した。


「ねえ、あなた。少しは人の気持ちを汲んでみても良いのではなくて?」

「本気でない恋心で言い寄られても、気持ちが悪いだけだ。」


 そう、あの依頼以降、彼女は積極的に俺に話しかけるようになった。


『あなたが相手になってくれたら楽なんだけど』


「付き合ってから芽吹く恋もあるって言うじゃない」

「無責任な」


 不意に、この女は、桜のようだと思った。桜は春に咲く花の筆頭のようなものだ。人気があり、それに見合う可憐さも、美しさも備えている。

 ただ、桜はすぐに散ってしまう。だからこそ、価値が生まれているのかもしれないが、俺は短い期間しか咲かない花は嫌いだ。

 理由は単純、俺が重い男だからである。開花時期が短い花は、見る機会を選ばせてくれない。迷う時間を、準備する時間をくれない。


「なら、簡単じゃないか。俺と西野は、本質的に合わない。諦めれば良いだけだ」


 ただ、少し腑に落ちない。俺は変わらないで良いのか?相手にばかり多くのことを求めて、そんなのは恋愛と呼べるのか?


「それに、諦めるってなんだよ。まるで俺があいつのことが気になっているみたいじゃないか。」


 結局、わからないわからないとぼやきながら、学校についてしまった。こんなの、いつもならあり得ない。台詞一つで、俺は掻き乱されているのだ。

 そう考えると、無性に腹が立ってきた。あいつ、なんてことを言いやがる。


「やあ、助手くん。これで邪魔は入らなくなったわね」


 にこやかに西野は歩いてくる。人の気も知らないで、無邪気なやつだ。その、間抜け面を引き剥がしてやる。


「その呼び方やめろ」

「なんでよ。私、結構好きなんだけど」


 涼しい顔で彼女はそう言ってみせる。こいつ、あくまで自分からは言わないつもりか。


「凪妬でいいだろ。俺も佐奈って呼ぶから」


 すると、彼女の表情は凍りつく。そうだ、その顔。予想外で、あり得ないって顔。それが見たかったんだ。


「ちょ、ちょっと待ってよ。そんなのはさすがに」

「通らないってか?まあそうだな。冗談だから」

「はあ!?」


 思ったより揶揄いがいのあるやつだ。俺はその反応に満足して、彼女に背を向けた。


「あなた、今日何か変よ。」

「変?いつも通りだろ。放課後、部室で待ってるから。今日はサボるなよ、佐奈」

「もう!!」


 あいつは顔を赤くした。気分が良い。ただ、心配なのは、あいつが本気だった時だ。まあ、まずそんなことはないし、気にした時点で負けだ。

 さあ、尋問の時間だ。



   ○


 私は放課後、部室につくと、既に箕島くんは席についていた。


「お疲れ」

「ええ、あなたもね。」


 私は荷物を置いて、彼の前の席に座る。外で何だか物音がしたが、気のせいだろうか。


「残念だが、今日は依頼が一人も来ない。」

「え、どうしてよ」

「人払いをしているからだ。生徒会長に掛け合って、ここを生徒会の会議に指定する、フリをしてもらった。外には張り紙が付いている。」


 なるほど、物音はそれだったか。しかし、この男は、いつ生徒会長と面識を取ったのだろうか。


「ハイそこ、話聞いてるー?」


 いつのまにか、彼は私の目の前にいた。こうも至近距離だと、やっぱり緊張してしまう。


「悪かったわよ。で、要件は何よ。」

「まあまあ、そう急かすなって。暇だから、ゲームをしないかってね。」


 やはり、この人は今日は何かおかしい。そんなことのために、行動力を発揮する人じゃない。何か、私の知らない間に何かあったのだろうか。


「ゲームってなによ。具体的には何をするの」

「簡単なことさ。質問ゲームだよ。交互に質問ができる。内容に禁止事項はない。ただ、相手は答えはYesかNoでしか答えない。」


 本当に単純なゲームだった。 


「それのどこがゲームなのよ。第一に私はそんなゲームなんてしなくても、知りたいことはあなたから情報として買えばいいもの」


 すると、彼は不気味に笑う。悔しいけれど、彼が私に心を許してから見せるようになったのは、あの変な笑顔だけだ。


「甘いな。俺は、本当に大切なもの以外は、金で売買しない!」


 高々と言い放つが、決して褒められた信条ではない。ていうかそれ、タダで貰えるやつは大体たかると言うことでは?

 

「それに、ルールはこれだけじゃない。YesかNoだけでも、答えたくない質問はあるだろ。だから、無回答権が二回ある。だから、このゲームの勝敗は先に無回答権を使い切ったかどうかで決まる。」

「じゃあ、聞かれたくなさそうなことを、聞いていって良いわけね」


 それは、私にとっても都合がいい。彼は、顔に出ずらいから。何を考えているのか、わからない。


「勝者の特権は、一つだけ相手に、YesかNo以外で答えを求める質問をできる。相手はそれに正直に答えなければいけない」

「いいわよ、そのゲーム、やってあげる」


 ハイリスクだがハイリターンだ。それに負けたとしても、ある程度知りたいことはわかる。私は真剣に彼と睨み合った。







 

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だから俺は青春を諦めた 柊 季楽 @Kirly

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