第7話 だから、冗談はよしてくれ

 変な夢を見た。


「なぎと、ひさしぶり!」

 

 俺は実家にいて、一人の少女に会っていた。夏なのか、その子は麦わら帽をつけていて、明るい声で俺に話しかけている。

 俺が何か喋ろうとすると、誰かが俺と彼女の間に割って入る。


       〇


「なんだ?今の」


 ベッドの上だった。客間だろうか。床は畳ではなくて木製で、自室とは対照的に、とても高級感があった。おそらくあの屋敷のどこかの一室なのだろう。


「そういや、俺はあの一家に騙されて」


 急に恐ろしくなって、眠気が覚めた。これは誘拐と云う奴だろうか。


 すると、何やら防護服のようなものを来た人が部屋に入ってくる。


「やっと起きた?箕島凪妬くん」


 くぐもった声だが、明らかに西野だ。


「西野、俺は悲しいよ。お前がここまで人間として欠落した奴だと思ってなかった」

「まあまあ、落ち着き給え、実験は終了よ」

「犯罪紛いのことをしておいて、なんだその言い草は?」

「ちょ、ちょっと待ってくれるかしら。話が速いわよ。」


 俺が身を乗り出すと、西野は後ずさる。なんだか芝居行儀で、阿呆らしくなってきた。


「えっと、これにはね、理由があるのよ。とっても深くて、覗き込むのも恐ろしいほどの深淵な理由が」

「…理由がどうあれ、人を許可なく研究サンプルにするのは立派な犯罪だ。それよりここはどこだ、今は何時だ?」

「ああ、答えるから、答えるから近づかないで!このケダモノ!」

「は?」


 焦るようにドアを閉めた後、廊下で西野は叫んだ。

 監禁された上にケダモノ呼びとは、ここは地獄か。身に覚えのないことを言われて、俺は唖然とした。

 

「さっき飲ませた薬は、強い睡眠薬と、が入ってるのよ」

「なんでそんなもの作ったああああ!」


 俺は怒りのあまり沸騰した。こやつ、本気で言ってるのか。


「ご、ごめん!ほんの出来心だったのよ。別に最初から君を巻き込むつもりはなかったの」


 申し訳なさそうに西野は白状する。最早、隠すものは何もないといった様子だ。


「で、この薬の効果が、眠らせた後起きてから十分以内に見た異性を好きになる。と云うものなんですが――」

「だから防護服なわけか、お前」

「そうよ。どう、私のこと、好きになった?」


 ふざけたように西野はドア越しに俺に問う。


「そんなことがあってたまるか」

「まあ、そうよね。やっぱり一定の空気感みたいなものがないと期待できない…か」


 何やら手帳にメモする西野、どうやら本当に実験だけのようだ。


「まあ、念のため起床後十分間は、離れて話すわね。さっきあなたが言っていた質問に答えると、ここは屋敷の二階の客間で今は夕方の三時よ」

 

 思ったより時間は経っていないようだ。俺はため息を吐いて、事務口調で話す西野をじっと観察する。


「…お前、変わってるな」

「もう今更感はあるけどね、どう、日常会話に登場するような美少女の裏の顔を知った感想は?」


 あまりに西野が可笑しく言うものだから、俺もふと笑ってしまった。


「…最悪だ」

「なにそれ。でも、いかにもトモダチがいない人って感じの答え方ね」


 不満を言いながらも、西野は笑っている。そういえば、彼女は学校ではこんなに笑うのだろうか。


「それじゃあ、西野、お前はどういう埋め合わせをするつもりなんだ?」

「んー?そりゃ、このサンプルは大きいからね、ギャラはたっぷり出すわよ」


 西野は手を銭の形にして、じゃりじゃりと擬音語を出す。


「ちなみにいくらくらい…?いや、そうじゃない。今回はそれだけじゃ足りないぞ」


 ええ?と西野は頬を膨らませる。


「欲張るなあ、じゃああと二万上乗せして、どう?」

「そういうことじゃない。そんな薬作って、どうするつもりなんだ?」

「なにって、そりゃ売るのよ。そのためのサンプル回収なんだから。」


 売るって、それは大丈夫なのだろうか、資格とか、商品登録とか。


「お前の家、薬品会社なのか?」

「いやいや、そんなわけないでしょ。これは、私が興味を持ってやってるだけよ。あなたは知らないかもしれないけど、私はなんでも屋なの。この媚薬研究のほかにも、恋占いやら、浮気調査なんかもね」


 こいつ、高校に入ってからなんてことをしてるんだ。思っていたより十倍ぶっ飛んでいたようで、俺は呆れた。


「いまどき占いなんて信じる奴いるのか?」

「それがねえ、結構いるのよ。先輩はもちろん、先生もたまに占われに来るのよ?面白そうでしょ」


 カカカ、と西野は笑う。


「理解できないな。そんなインチキに時間をかけるのは」


 この女に占われる自分の構図を想像して、イライラしてきた。最初の一言で、洗脳とかされそうだ。


「インチキじゃないわよ。ちゃんと縁結びはするからね」

「そこまでする行動力に呆れるよ、まったく」


 大体なんだよ縁結びって、こいつは八百万の神なのか?

 こんな神は嫌だなと思いつつ、俺は着替えを済ませて、帰る用意をする。


「さて、そろそろかな」


 そういって、西野は扉を開ける。


「はい、ギャラよ」


 札が入った封筒が投げられる。俺はそれを必死につかむと、これがそこそこ厚みがある。これは…重いぞ。


「こんなにいいのか?三か月は遊んで暮らせるぞ、これ」

「いやいや、さすがに無理でしょ。て云うか本当に居なかったからね、高校生男子のサンプルは。こんな商売だから風当たりも強くてねー」


 それはそうだろう。実際俺も騙されただけで、普通に勧誘されても絶対断るからな。


「そうだ!あなたを雇えばいいじゃない!」

「は?急に何を血迷ってるんだ。俺は付き合わんぞ」

「血迷ってなんかいないわよ。あなたさえいれば、クレームも直談判も復讐も逆恨みも、すべての問題を排除できるじゃない」


 目をキラキラと光らせて、西野は楽しそうに語る。なんだその、名案を思い付いたような顔は…


「ねえ、報酬は弾むから。お願い、この通り!」


 神様仏様凪妬様っと西野は手を合わせる。


「お前、この世には金でも買えないものを知ってるか?信用だ」

「………」


 すると、西野は無言でもう一袋差し出す。


「前払いで追加料金よ」


 俺は素早くそれを受け取ると、中身を確認する。


「…明日は何時からだ?」

「買えるのね、信用も」


 さらに西野は目を輝かせて、ニヤニヤと笑みをこぼす。


を雇うなら、最大限の安全を保障する。依頼主クライアントだからな」

「本物ってあなた、何者よ」

「お前に言われたかねえよ」


 まったく、このお嬢様は、お小遣いにどれだけの金を渡されているのだろうか。


「それじゃあ、明日は朝六時に来てくれるかしら」

「あいよ」


 そして、俺は久しぶりにをした。











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