第5話 だから、俺は初めて他人の家に上がる


 男というものは不思議なもので、少し話しかけられるだけでも、ノリでボディタッチをされるだけでも相手が女性なら多少なりとも意識してしまう。


 俺も、中学の時にそういう時期があった。


 思春期というのだろうか、自分についてえらく真剣に考えたり、気になったりする時期があった。

 その時期は本当に自分以外の全ての人間を疑い、男子校への憧憬を燃やした。


 女子というものは、男子心を分かっていないのだろう。いや、むしろ完全に理解しているのかもしれない。だからこそ、質が悪いのだ。そうに違いない。 


 相手は意識していないのに、自分は深く考える。

 そんなてのひらで踊らされているような感覚がとても嫌で、中学も後半は女子との関わりは極力避けた。を除いて…。


    〇


「あ!ねえ、あの店も寄ってほしいのだけれど…。」


 交差点にぶち当たっては上目づかいで西野は言ってくる。


「ああ?お前、帰るのが目的じゃなかったのかよ?」

「ええ、最初はそうだったけれど、ダメかしら?」


 こういう話し方をするからダメなのだ。俺は鼻で笑ってやった。


「逢瀬なら別の男とやれ。それから自転車が悲鳴を上げる前に降りろ」

「それは遠回しに私のことを重いって言ってるのかしら?」


 すると、西野は頬を膨らませる。爪楊枝で刺してやろうか。  


「何と云うか、お前も自身が人間であると云うことを、そろそろ肯定するべきだと思うぞ」

「……反論しずらいコメントはやめてもらっていいかしら。正論を言う男は嫌われるわよ」

「正論を言う女は許されるのか?俺は嫌だね、そんな世界」

「世界否定しちゃった」


 どこまで行っても食えないやつだな。嫌いなタイプだ。


「私のは正論じゃなくて本音をはっきり伝えているだけよ。そうしないと男の子は勘違いしちゃうじゃない?」

「生々しい話はやめてくれ」


 実際そうなのだろう。こいつは――以下同文。


「それにしてもあなた、教室ではいつもセミの抜け殻みたいな雰囲気よね」

「なんで見てんだよ。わざわざ他の教室から見に来るようなもんではないだろ」

「え、私、あなたと同じクラスなのだけれど?」

「………」


 本当に知らなかった。


「重症ね。」


 そんなことを考えているうちに、信号は青に変わる。

 やっと北区に来ることができた…。ほんとどんだけ遠回りだよ…。自転車とはいえ、真夏の炎天下の中にずっといるのはかなり辛いんだぞ…。


「そういえば、目的地どこなんだよ。もうそろそろ限界なんだが」


「あ、そうだったわね。でも、もうすぐそこよ?確か次の交差点を右に曲がったら、

左手に見えてくると思うわ。」


「お、そうなのか。ってお前あの高校からめっちゃ遠いな、大丈夫か?」


 家が遠いやつだとわかると一気に親近感が湧く。


「…あら、心配してくれてありがとう。でも、君に言われたくはないわね。そちらこそ大丈夫なの?電車通いなんでしょ?」


…なんていうかこいつ俺のこと知りすぎじゃね?

 俺の家知ってるやつとか初めて見たぞ。


「あ、電車通いね、やめたんだよ。今は一人暮らしだ。」

「そう、やっぱりね…。」


 西野は頬に手を当てて何やらつぶやく。


「…あのさ、お前クラスメイト全員の家とか知ってんの?」

「え、い、いやそんなことないわよ。ただ、箕島家って名家だから…。」


 は?うち名家なの?知らなかったんだけど?

 それに名家なのに貧乏って、いったい何したんだよ…。


「マジか?俺知らないんだけど」


「え、知らされてなかったの?箕島家って有名な傭兵の家系なのよ?私の家も昔にお世話になったことがあると私は教わったけど?」


 よ、傭兵て。

 まあ、たしかに傭兵でもないとあんなの教わらないか…。

 俺は幼少期の血の滲むような稽古の日々を思い出して身震いする。


「傭兵かあ、ま、確かに納得する点はあるけど…。そういうお前はなんなんだよ?」


「私?本当にあなた全く私のこと知らないのね…。私の家は、ここよ。」


「は?マジか…」


 目の前にあるのは、奈良の南大門にすら引けを足らない大きさの門だ。

 そして、此処に住んでいるということは、即ち…この女はお嬢様だということ。


「さ、行くわよ?」


「は?俺はもう帰るぞ?」


 冗談じゃない。こんな中にいるだけで息の詰まりそうな場所に入れるか!


「え?帰すわけないじゃない。私を秘密を知ってしまった人間を生かしておくことはできないわ」

「自分で言いふらしてただけじゃねえかよ」

「いくら何でもドタキャンは無理よ。家にも知らせてあるから。」


 この女、いつの間に…。


 奥から60歳ぐらいの紳士が出てくる。


「おかえりなさいませ。佐奈お嬢様、お怪我がないようで何よりです。

…そちらの方は、お連れの、箕島くんですか?」


「はい、そうですが…でも俺はもう帰りますので気にしないでください。」


 そういうと、執事のような人の顔が困ったように歪む。


「申し訳ないのですが、佳代様がぜひお会いしたいと仰っているので、そういうわけにも…」

「ええ…」

「そういうことよ、言っておくけれど、小説にあるような『助けてサッと逃げる』みたいな行動は現実なら非常識の塊よ?よく知らない人なんかに助けられたら、被害者側も怖いんだから。」


西野は少し震えながら言う。


やけにリアルな話だな…


「お前、それやられたことあんの?」


「なんで知って…あ、いやそんなことないわよ!」


それ隠すのは無理あると思うぞ。

台詞も似合いすぎててなんかクサい。


「ほう?ま、そこは言及しないでやろう。…なら、もう逃げられなさそうなんで、執事さん。案内していただけますか?」


「……わ、わかりました。こちらです。」


 突然話題を振られた執事さんが、少しうろたえながら門の内側に招き入れてくれる。 

 そして俺はその南大門並みの門をくぐり、初めて同い年の女の家に入った。

























































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































































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