第4話 幼なじみ
それから、ほんの少しの時間だったかもしれないけど、大輝とたくさんのことを話した。学校や授業のこと、お互いのクラスの友だちのこと、共通の先生のこと、それから、野球のこと。
大輝は、推薦組ではないけど、高校に入ってからも、すごくがんばってるし伸びてきている。それでも、推薦組やまだ二年生の先輩もいるし、レギュラーに選ばれることはすごくすごく難しいことだけど、大輝はあきらめてない。絶対にいつかレギュラーになって、そして甲子園にいきたいってキラキラした目で語ってる。
楽しそうに野球のことを話す大輝の話を、私もうんうんと相づちを打ちながら聞いた。やっぱり大輝は野球の話をしている時が一番楽しそうだな。一番、良いな。
野球部のマネージャーになってから、昔よりも野球のことにくわしくなって、前よりも大輝の話にもついていけるようになった。それがすごく楽しいし、嬉しい。
そんなことを話していると、ふいに着信の音がなって、大輝がポケットからスマホを取り出した。大輝がそれを操作すると、うすぐらい闇の中で、スマホの画面の光がやけにまぶしく感じる。
「入り口の近くにいるけど、どこいるのか?って」
大輝はしばらくスマホをいじってから、みんなとのトーク画面を見せてきた。サイレントモードにしてたから全然気づかなかったけど、私のスマホにも着信があったみたい。
すっかり話に夢中になってしまったけど、そういえば私たち、みんなからはぐれたんだった。合流しないといけないよね。もう少し話していたかったな......。
大輝と話すことなんていつでもできるはずなのに、この時間が終わってしまうのが残念だと思っている自分に驚いて、その気持ちを隠すようにあわてて言葉を絞り出す。
「あんまり待たせたら悪いし、いこっか」
そうだなと先に立ち上がった大輝は、いこうとさりげなく私の方に手を差し出す。その手をそのまま握って立ち上がった。
なんとなく握っちゃったけど、これ、いつまでこのままなんだろう......。
石段を一段ずつおりて、降り終わった後も繋いだままの手をどうするべきか迷う。
私よりも体温の高い大輝の手。その手はまめのつぶれた跡がたくさんあって、しっかり練習をしている手だった。小さな頃よりも、ずいぶんと力強くなって、大きくなった手。大輝の手って、いつのまにこんなに大きくなったの......? 昔とは全然違う。
昔から知っている大輝だけど、そうじゃないみたい。なんだかよくわからないけど、急に大輝も異性なんだと意識してしまって、心臓の音がうるさくなってきた。
小さな頃は何度も手を繋いだし、大輝とはもう姉弟みたいなもの。今さら意識する必要なんて全然ないはずなのに、意識し始めたら止まらなくなってしまう。繋いだ手が異様に熱くて、変な汗までかいてきた。
耐えきれなくなって、ついに手をパッと離してしまった。
「み、みんなに見られたら、からかわれるから」
ふ、不自然だったかな。変に思われたかな。
今さら大輝のことを意識するなんて絶対変なのに。
でも、緊張し過ぎて、心臓の音が大輝にまで聞こえそうだったんだよ。
必死に言い訳を考えて、早口でそれを言葉にする。
「......たしかに。あいつらに見られたら何言われるか分かんねーよな。俺らただの幼なじみなのに」
いきなり手を離したからか、大輝は一瞬目を丸くしたけど、すぐに納得したように前を向いて歩き出す。
......ただの、幼なじみ。
なん、だろう。大輝の言う通りなのに。私たちは幼なじみで、それ以上でも以下でもない。
それなのに、何で今一瞬嫌だと思ってしまったの? 何でこんなにさみしい気持ちにならないといけないの?
自分で自分の気持ちがわからない。
ぐっと唇をかみしめてから、少し先を歩く大輝の後を追いかける。
手を離したのは私の方だったのに、離れていった手がなぜか寂しくて、ただの幼なじみだと言われたことがやけに耳に残った。
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