第3話 もう少しだけこのままで

 三年生が引退して、初めての夏。練習が終わってから、マネージャーも含め一年生だけで近所のお祭りに行くことになった。


 あれ?みんなは?

 チョコバナナを買おうとして、列に並んでいたら、いつのまにか、みんなの姿が見えない。さっきまでみんな焼きそばやたこ焼き買ったり、そこにいたんだけど......。

 混んでるし、はぐれちゃったのかな。まだ近くにいたらいいけど......。


 どうしよう。とりあえずチョコバナナを買う列から外れ、キョロキョロしていると、後ろからぽんと肩をたたかれた。


「未紀? 未紀もはぐれたの?」 


 振り向くと、そこにいたのはチョコバナナを持った大輝だった。しかも、ピンクのチョコがかかったのと普通のチョコがかかったのと、なぜか二本も持っている。


「も、って大輝もはぐれたの?」


 肩をすくめた大輝に苦笑いで返されて、どうしようと視線を合わせた。


「とりあえず、これ食べてからあいつら探すか」


 こっち未紀の分、とピンクの方を渡されて、とっさに受け取ってしまったけど......。

 これ、私の分だったの?


「ありがとう? 私の分まで買ってくれたの?」


「未紀は祭りにくると、いつもこれ買うだろ?」


 当然のことのように言われたけど、大輝がそれを覚えてくれていたことが正直意外だった。だって、大輝と一緒にお祭りに行ってたのって小学生ぐらいまでのことだし......。


 小さい時は毎年家族ぐるみで一緒にきてたけど、たしか、もう小学校高学年の頃にはそれぞれ友だちと行ってた。だから、大輝と一緒にお祭りにくるのはずいぶん久しぶりになる。

 それなのに、覚えていてくれてたんだ......。


「そういえば、浴衣着たんだな。未紀が浴衣着たところ、久しぶりに見る気がする」


 屋台があるところから少し離れた石段に座り、二人でチョコバナナを食べていると、ふと視線があってそんなことを言われた。


「え? うん。何? 変だった?」


 そういえば、浴衣着るのずいぶん久しぶりだな。 


 小さい頃はお母さんが浴衣を着せてくれていたけど、自分で友だちと行くようになってからは、普通の服で行っていた。そっちの方が動きやすいし、友だちも私服だったし。


 でも今年は、他のマネージャーの子も浴衣で行くって言ってたし、家にちょうどお母さんが昔着てた浴衣があったから、なんとなく着てみた。赤い蝶のついた濃い紺地の浴衣。 

 それに合わせて、髪も編み込みしてまとめてきたけど、......変だったかな? 


 普段は制服か部活の時のジャージだし、髪だってひとつに結ぶくらいで、凝ったアレンジなんてほとんどしない。大輝の微妙な態度に、なにか変だったのかと急に心配になってきた。


「いや......、似合ってるよ」


「あ、ありがとう......」


 こちらをチラチラ見ながら照れくさそうに言われた言葉に、こっちまで恥ずかしくなってきた。もっと普通に言ってくれたらいいのに、なんか......変な感じ。


 大輝だって浴衣は着てないけど、ユニフォームでも制服でもない私服だ。最近ほとんど野球をする大輝しか見てないから、いつもと違う大輝の外見と態度に、妙にソワソワする。

 大輝が買ってくれた甘い甘いピンクのチョコバナナはとっくに食べ終えてしまって、手持ちぶさた。


 大輝のことは昔からよく知ってるはずなのに、今日の大輝は少しいつもと違っていて、なぜか緊張してしまう。この妙な空気を変えようと必死で話題を探していたら、私よりも先に大輝が口を開いた。


「そ、そういえば、さっき、バスケ部の安藤と三谷さんいたよな。付き合ってるのかな?」


「そう、なのかな? 仲良さそうだったし、付き合ってるのかもしれないね」


 ここに着いて早々に、手を繋いでいる二人を見かけた。一人は中学から同じで私も知ってるし、もう一人の方も顔だけは知っている。他にも何人か男女できている知り合いを見かけたし、実際に付き合ってる人たちもいるのかもしれない。


 中学の時には付き合ってる人たちなんてほとんどいなかったのに、高校に入ってからは、急に周りにカップルが増えた。付き合うまではいかなくてもいい感じの雰囲気の人や、好きな人がいる子は多いみたい。 

 中学の時は一緒にアイドルの話で盛り上がってたのに、いつのまにかみんな身近に彼氏や好きな人作ったりしてる。なんだか置いていかれたようで、少しさみしい。


「未紀は好きなやつとかいないの?

今までそういう話一回も聞いたことないけど、さすがに全くいなかったってことはないよな?」


 そんなことを考えていると、急に話をふられて、心臓がドキリとした。

 大輝とは色んなことを話すし、何でも話せる幼なじみで友だちだけど、こういう系の話は一度もしたことがなかったから。


「え?うーん......、いいなと思う人くらいはいたけど、好きとまではいかないかなぁ。大輝以外の男子とは、部活のこと以外ほとんど喋らないし......」


 もちろん友だちと恋愛系の話もすることはあるし、なんとなくかっこいいなと思う男子の名前を挙げたこともある。好きな人や彼氏の話を楽しそうに話す友だちは可愛いと思うし、少しだけうらやましく思ったりもするけど、好きな人とまで言われると、そこまでの気持ちになった人はいない。


 今は部活ばっかりだから、どっちみち好きな人ができても恋愛する時間もないだろうけど、高校生にもなって初恋もまだな自分はたまに空しくなる。

 彼氏とまではいかなくても、恋ぐらいはしてみたいな。どんな感じなんだろう......。


「未紀らしいな」


「どういう意味?」


 まじめに答えたのに、おかしそうに吹き出されて、ちょっとムッとしてしまった。意味も分からないし、だいたい大輝の方だってそういう系の話を聞いたことがない。


「......大輝の方こそどうなの?」


「え?」


「だから、好きな人とかいるの?」


 大輝に好きな人とか、いずれは彼女とかできたら......。そしたら、今みたいに二人で話したりもあんまりできなくなるよね。それはちょっと、さみしいかもしれない。嫌かもしれない。 友だちなら祝福してあげるべきなんだろうけど、想像したら複雑な気持ちになってしまってモヤモヤしてきた。


 いるのかな、好きな人。知りたいようで、知りたくない。自分から聞いといて、答えを聞くのがなぜか怖くなって、うつむいてしまった。だから、大輝がどんな顔をしているのか分からなかった。


「俺は......、......今は部活で精一杯だから。

恋愛は特にいいや」


 なぜか異様に長い間があった後、ようやく大輝は質問に答えた。顔をあげると苦笑いしている大輝と目が合う。


「なんだ。大輝も私と似たようなものなんだ」


「だな」  


 苦笑している大輝と目を合わせて笑い合う。拍子抜けしたけど、なんだかすごくほっとした。


 いずれその時がきたら、大輝に好きな人ができたら、ちゃんと祝福して距離を置かなければいけないことは分かってる。だけど、今はまだ、もう少しだけこのままでいたい。 

 この心地よくて気兼ねない関係のまま、たわいもない話で笑いあっていたい。


 もう少し、もう少しだけ、このままで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る