第295話 結婚式
城門を抜けて馬車を下りると、ブェレンザッハの城の入り口前に並んだ楽団が演奏を開始する。
他の公爵家からの配偶者を受け入れる際には、そこまでするものなのだろうか? 少なくとも私はそんな話は事前には聞かされていない。戸惑いながら父の様子を窺うと、やはり困惑したような表情を隠せていない。
「よく来てくれた、ティアリッテ・シュレイ・エーギノミーア。我がブェレンザッハ最大の礼を以って迎えよう。この良き日に感謝を。」
開け放たれた正面の扉の奥からジョノミディスとともにブェレンザッハ公爵が出てきて大袈裟な身振りで挨拶をする。
そのまま進んできたジョノミディスは私の前に立つと、恭しく右手を差し出してくる。それにはどう応えれば良いのかはわかるが、いくらなんでも大仰に過ぎるのではないだろうか。ブェレンザッハの婚礼はこのようなものなのだろうか。
左手をジョノミディスの手に重ねると、その甲にジョノミディスが口づけをする。結婚式ではそのようにするとは聞いているが、とても恥ずかしいものである。
その後二人で並んで城の入口を中に入る。その後ろを父とブェレンザッハ公爵も一緒にやってきた。
「長旅、お疲れのことでしょう。まずはお部屋にご案内いたします。夕食までゆっくりとお寛ぎください。」
ジョノミディスが言い、私たちが頷くと部屋に案内される。私は昨年ブェレンザッハで数ヶ月を過ごしているため、この城のつくりは概ね把握しているのだが、今はまだ客人という立場のため使用人に案内されて客室に向かうことになる。
廊下にはあちこち花が飾られている。以前には見なかったものだ。
翌日は朝から結婚の式典の準備だ。
といっても、私のすることは、念入りに湯浴みをして体を清め、正装に身を包むだけだ。だが、それにとても時間がかかる。爪や髪の先まで手入れをして、側仕えに手伝ってもらいながら服を着る。
布が幾重にもなる正装は夏場ではとても暑いの。結婚式はもう少し涼しくなってからにした方が良かったかもしれないと少々後悔してしまうが、それは我慢するしかない。
式典用の広間へと向かうと、そこにはジョノミディスが待っていた。あちらもとても暑苦しそうな正装である。
予め教えられていたようにジョノミディスの隣まで進み、二人で一緒に壇に登る。
「我が子、ジョノミディス。そしてティアリッテ・シュレイ。姻を得てここに夫婦となることを確認する。」
「私はティアリッテ・シュレイ・エーギノミーアを配偶者とすることに相違はございません。」
「私はジョノミディス・ブェレンザッハを配偶者とすることに相違はございません。」
私たちが意思を宣言すると、飾杖を渡される。それを高く掲げて先端をジョノミディスとあわせる。
「新たな夫婦に祝福のあらんことを。」
ブェレンザッハ公爵の言葉に、並んでいた貴族たちが一斉に杖を掲げる。
あとは私たちがそれぞれ挨拶の言葉を述べれば、式典としては終わりだ。その後は大広間に場所を移しての祝宴となる。
だが、その前に私もジョノミディスも一度着替える。いくらなんでもこの服のままでは暑すぎて倒れてしまいかねない。汗が止まらず、息が苦しくなるほどだ。部屋に戻り、急いで着替えて大広間に向かうと、宴そのものは始まっていた。
ジョノミディスの父であるブェレンザッハ公爵と、私の父であるエーギノミーア公爵の二人がいれば、進行には問題ないのだろう。そして、私とジョノミディスが揃って大広間に入ると、歓声をもって迎えられた。
「ご結婚おめでとうございます、ジョノミディス様、ティアリッテ・シュレイ。」
近寄って祝福の言葉を述べるのはウジメドゥア公爵だ。いや、彼だけではない、周辺各領地の領主が何人も来ている。さすがにイグスエン侯爵当人の姿は見当たらないが、周囲を見回すとイグスエンからも見知った顔の者が来ているのが確認できた。
「ありがとうございます。これを機に、東西の貴族が少しでも近づくことができれば良いと思っております。」
「うむ。国内でいがみ合っていても何の益もない。良好な関係は我々も望むところでございます。」
笑顔で答えるのはウジメドゥア公爵だけではない。侯爵や伯爵たちも頷き手を伸ばしてくる。その一人ひとりと握手を交わし「今後、よろしくお願いします」と声を掛けていくのだが、ここで一番大事なのはそれぞれの顔と名前をしっかり覚えておくことだ。
何人かは直接面と向かって言葉を交わした経験があるが、遠くから顔を見たことがあるだけの者もいるし、初めて見る顔もある。この場で全員の顔を覚えておかねば、後でどんな失敗をしてしまうか分からない。
挨拶にかける時間が短い分だけ日復祭よりも大変だが、そこは気合いを入れて頑張るしかない。
祝福や挨拶のやり取り一通り終わったら、やっと食事に手を伸ばせる。ブェレンザッハの伝統的な料理に加え、エーギノミーア風の味付けをほどこした料理も幾つか作られていた。さすがに海産品を使うことはできていないが、肉や野菜の味付け仕方が明らかに違う。
「このような料理は花嫁に失礼ではございませんか?」
ブェレンザッハの基準で考えると、塩味が薄いのはお金をかけていない証で、相手に対しての評価が低いと受け止められることなのだと聞いた。エーギノミーア式の味付けとなると、当然そのような声は聞こえてくる。
「エーギノミーアでは、塩の価値はとても低いそうだ。私も彼の地に行くまでは、そちらでは塩味が薄い方が好まれるとは知らなかったからな。」
初めてエーギノミーアの城で食事をしたとき、実は自分は望まれていなかったのではないかと思い悩んだのだとジョノミディスは笑いながら言う。それだけ味付けの文化が異なるということだ。
「エーギノミーアでは辛味や酸味の方が高級ですからね。特に不作ですと酸味はとても貴重になりますけれど、塩はなくて困ったことがございません。」
「いや、記録によると二百年近く前に塩田が失われるような大災害があったらしい。もっともその時は畑の被害も甚大だったということだが……」
私の説明に後ろから父が補足すると、ブェレンザッハ公爵も「百八十年前の大災害ならばこちらにも記録がある」と頷く。それは怖ろしいほどの大雨で、多くの川が溢れかえり畑も町も大被害を受けたのだという。
「そのような事態でもなければ塩が採れるというのは素晴らしいな。」
「でも、エーギノミーアでは鉄が採れません。全てをもつ領地はございませんわ。」
どこの領地にも他領に頼るしかないものはある。だからこそ領地間の関係は良好に保っておきたいし、全てを奪い破壊しようとするウンガス王国はどうにか対処しなければならない。
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