第293話 仕事のあり方

 成人の祝賀会が終わると、私は執務をしつつ結婚の準備を進めていく。


 三ヶ月という時間は長いようで短い。結婚の準備だけを考えていれば良いのならば十分な期間であるが、執務と並行して進めていかねばならないのだ。


 今年は、橋や港、堤防を管理する部門に配属された。最も慣れている仕事は税務関連だが、途中で抜けられるのは困るという現場の声により、別の部門に行くことになった。


 主な仕事は各施設の修繕管理についてだ。橋や港には守りの石が設置されているため、魔物に襲われて破壊されることはない。もちろん、その守りの石に魔力を詰めていくのは領主一族である私の仕事だ。


 そして、守りの石は自然災害を防ぐようにはできていない。大雨で増水し、川が荒れれば河港や橋が損傷を受けることもある。その際には修復をすることになるので、その管理をする仕事も必然的に生まれる。


 幸い、近年は大規模な災害は起きていない。記録によると百年以上も前に大雨があり、あちこちの川が溢れかえって何百人もの犠牲者を出したことがあるらしい。そんなことが実際に起きるものなのかと思ってしまうほど、この数十年は落ち着いているということだ。


「それは、もしかして雨が降る量が全体的に減っているのではありませんか?」

「可能性がないとは言えませんが、そのようなことを計ったことはございません。」


 私はふと思った疑問を口にして見るが、明確な答えは得られなかった。恐らく、資料を当たって調べることもできないだろうと思われる。日々の天気の記録でもあれば良いのだが、現在もそんな記録は残していないし、気まぐれに記録している人がいることを期待しても無駄だろう。


「そのような天候の変化が不作の原因の一端になっているのかもしれません。今後は記録しておくようにしたいですね。」

「それはこの交通施設管理部門で行うことでしょうか?」

「他の部門にも関わる領地全体のことになるでしょうから、仕事として行うべきか領主に相談してみます。」


 私の一存だけでは決められない。何をどう記録するのかも問題だし、それ以前に、その調査の結果が一体何に使えるのかすら定かではない。今まで分からなかったことが、分かるようになるかもしれない。ただそれだけのことなのだが、その範囲すらも明らかではないのだ。現場に仕事として落とし込むのは難しいだろう。


 試しに夕食の際に、雑談程度の話として挙げてみると、やはり渋い顔をされた。


「雨が降る量が五十年前と違うというのは、考えたこともなかったが、あるいは事実なのかも知れぬ。しかし、それが分かったところで今更何ができるのだ? 雨を降らせる方法などなかろう。」

「道楽的な学問としては面白そうなのは確かだね。結果が出るまでに時間がかかりそうだけれど。」


 父も兄も、仕事としてそれが成り立つのかを疑問視する。得られる成果について説明できない以上は領地として行う仕事とは成り得ないというのが結論だ。


「新しいことを始めるのはとても大変だが、継続するのはさらに大変なことだ。あやふやな目的では継続できぬ。何のためにやっているかも分からぬ仕事を、人がいつまでも続けはしないのだ。」


 だから、仕事として始めるならば、それが何をもたらすのかを説明できなければならない。畑に魔力を撒くのは目標が明確で、結果が出ることも分かっていたからこそ、急激な人員配置の変更もできたという。野菜の加工に貴族も加わることだって、そうしなければ収穫した野菜が腐ってしまうというとても分かりやすい理由がある。


 今回の天気の観測記録については、そのような結果が何もない。雨が減っていることが分かったら、一体どこにその情報が活かせるのかがまるで想像もつかない。


「そのようなことを考えてはならぬということではない。其方そなたが思いつかないだけで、他の者ならば有益な結果を想定できることもあるかもしれぬ。今回は誰も有益な結果に結びつけることができなかったが、あるいは真剣に検討する価値があると判断されることもあるだろう」


 完全に却下されて落ち込む私に父がそう言う。一人で考えられることには限度があるのだから、何か思いついたときに食事の席で相談することは止めなくていいということだ。


「ただし、ブェレンザッハに行ったらしばらくは大人しくしていてくださいな。」


 冗談めかして母が言うが、領地を跨いで結婚した場合、相手の領地のやり方に合わせるのはとても大事だと言う。昨年、にブェレンザッハに向かった時も何度も言われたことだが、求められてもいないのにエーギノミーアのやり方を押し付けるようなことをしていれば、居場所がなくなってしまうだろうと念を押して言う。


「わざわざ敵を作る必要はありませんからね。訴えかける方向性を間違えてしまわないようにね。」


 あまりにも自分が有益であることを主張しすぎるのも良くないという。そして、なにごとも程ほどにというのが初期の人間関係を築くのに重要なのだと繰り返す。とかく極端なのは嫌われやすいということだ。


「でも、ハネシテゼ様はそれほど嫌われませんよね?」

「我々がハネシテゼ様の側についているだけで、評価はそれこそ真っ二つに割れているだろう? 中庸が全くといっていいほどないだろう。」


 ふと思って言ってみたのだが、フィエルに完全否定された。

 とても主張が激しく極端な言動を取る第四王子の婚約者ハネシテゼは、敵と味方に完全に分かれていて、その中間で様子見の態度を取っている者はないという。


其方そなたは、もう少し周囲を見るようにした方が良いな。」


 フィエルにそう言われるが、悔しいことに返す言葉もない。


「今後、気を付けるようにいたします。」


 今日の夕食は、何故か落ち込むことばかりだ。大人しくデザートを食べたら、部屋に戻ってゆっくり休むことにした。

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