成人貴族

第292話 成人の祝賀会

 十四回目の六月の訪れをもって、私は成人となる。

 窓から吹き込む風からは身を刺すような冷たさはなくなり、春の薫りを運んでくる。遠くに見える森は、すっかり緑が広がっているが、畑は種播たねまきの真っ最中だ。


 春の仕事にも一区切りがつき、私の成人の祝いは盛大に行われることになった。


 城の大広間には驚くほど多くの料理が用意され、そこには領内各地の小領主バェルのみならず、近隣の領地からも何人も祝いにやってきている。


 そんな中、私たちは正面の壇上に立ち、父より改めて紹介されることになる。もちろん、双子の弟であるフィエルナズサも私と同時に成人するため、二人並んで立つことになる。



「我が子、ティアリッテ・シュレイ、およびフィエルナズサ・テュレイ。二人とも既にエーギノミーア貴族の一員として活躍しているが、この度正式に成人貴族となったことをしらせよう。」


 通常は、成人を以って領主より小爵位を与えられ、そこで正式に貴族として認められるものだ。しかし、私たち二人は既に国王より男爵位を賜っており、成人以前に正式な貴族となっている。そのため、爵位持ちの私たちはそれは省略される。


 父もこのような事例は経験がなく、周囲にも知る者すらいないために言葉をどうするべきかを随分悩むことになったらしい。


 そして、私たちも父から小爵位を与えられるわけでもなく、少々手持無沙汰な感がある。単に一礼して、フィエルがエーギノミーアのために力を尽くしていくことを宣言して終わりだ。


 私も何か言った方が良いのではないかと思ったりもしたが、私がエーギノミーアにいるのもあと三ヶ月だ。十月のはじめには結婚して領地を出ることが既に決定しており、今エーギノミーアの力となるよう努力すると宣言するのは違和感しかない。


 もちろん、結婚して他の領地ブェレンザッハへと行ったら、もうこの領地エーギノミーアとは縁を切るというわけではないが、第一優先にするのは彼の地だ。


 一礼だけして私とフィエルが壇から下りると、入れ替わりで今年の六月に成人を迎える者が壇に上がる。彼らに取って運が良いのかわからないが、今年の六月に成人を迎えた者は私たち同様に壇上で爵位を与えられる。


 毎年毎月成人する者はいるが、通常はこのような祝いの席なんて設けられない。毎月そんなことをしているほど、貴族とは暇ではない。それほど大きくもない会場で、事務的に言葉とメダルを与えられるだけだ。


 彼らに爵位を与えるのは、単に父の日程の都合上の問題だ。私の結婚準備ということもあり、例年よりも仕事が増しているため、別の機会にするのを諦めたのだ。



 慣れない場の中でも落ち着いて振る舞っている者もいるが、見ていて分かるほどに緊張に固まっている者たちの方が多い。このようなところは家の差が現れる。下級貴族はパーティーの席での主役としての振る舞いは覚えることがない。


「ご成人おめでとうございます、ティアリッテ・シュレイ、フィエルナズサ・テュレイ。」

「ありがとうございます、ミジェリニエ様。大変ご無沙汰しております。」


 お酒の入ったグラスを片手に優雅に笑顔を振りまいていると、ファーマリンキの次期当主がやってくる。私がブェレンザッハと縁を結ぶことでファーマリンキとは少々関係が悪くなっていたが、この成人の祝いを辞することはなかったようだ。


「ティアリッテ・シュレイは夏にはブェレンザッハまで移動するのでしょう? 急なことで大変ですね。」

「距離的にとても遠いですからね。ブェレンザッハがもっと近ければいいのにと思うこともございますわ。それに、時期が近いのは私の都合でもあるのですから、不服を言う立場でもございません。」


 行くだけの私よりも、結婚式のために往復する父が最も大変だろう。国の東端から西端まで移動するのに、片道で二週間以上もかかるのだ。滞在期間も含めれば一ヶ月半も領地を留守をすることになるのだから、その準備だって大変えある。


「ミジェリニエ様も、そろそろファーマリンキ公爵家を継いでも良い頃ではありませんか?」


 フィエルナズサは話題をブェレンザッハからファーマリンキへと変えようとする。記憶が確かならばミジェリニエは二十八歳を超えているはずで、当主を任せられないほど未熟ということもないだろう。


 現当主が健在なうちに引き継いでしまった方が色々と楽なはずだ。あてにし過ぎるのも考えものだが、交代後も先代の協力が期待できるうちの方が本人にも周囲の者にも安心感がある。


「元々の予定では昨年には継いでいるはずだったのだ。再び非常事態が発生しなければ、来年には継げる予定だ。」


 ウンガス王国からの侵攻の影響がそんなところにもあったらしい。ファーマリンキは外からは特に大きな動きをしているようには見えないが、本当に危急のことが起こればすぐに動ける体制は敷いているという、


 その際に、ミジェリニエと現当主のどちらが領主として采配を振るのが都合が良いかを考えた結果、当主交代は見送ったらしい。現当主で問題があればミジェリニエに替えることは可能だが、一度、引き継いだ当主の座を先代に返すなどという話は聞いたこともない。


隣国ウンガスとの問題については、私も尽力していく所存でございます。できるだけ早くに朗報をお届けできれば良いのですが、確かに早くても来年ですね。」

「済まぬがその件については、わたしにも、手出しも口出しも難しい。成人したばかりの者に任せてしまうようになって申し訳ないがよろしく頼む。」


 エーギノミーアがブェレンザッハに急接近している以上、ファーマリンキは逆に西側に直接働きかけるのは慎重に行う必要がある。表立って動くのはエーギノミーアに任せて、ファーマリンキは裏側で地盤を固めているほうが良いと私も思う。

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