第290話 新年の仕事

 日復祭が終わると、ひたすら計算を続ける日々が始まった。


 ブェレンザッハやイグスエンからの申し出で食料支援の量は減らすことが決まったが、各領地の分担の調整は必要だ。これは単純に頭割にすれば良いという話でもない。遠い領地から運ぶ場合、途中の経路となる領地に少なからず負担が生じる。


 経路が一か所に集中し、食糧を積んだ馬車が途切れることなくやってくるのでは、他の物品の流通に支障をきたすこともある。通る道も経由する町も複数分散させるのだが、道や町によっても受け入れられ限度量が違う。


 また、帰りの馬車が西方の特産品を積むことができるように配慮する必要もある。からの馬車を運行させるのは無駄以外の何物でもない。国内の経済流通を考えるならば、東や北から食料を運んだ馬車は、鉄やお茶、綿などを持ち帰るべきだ。


 最適解を求めるには、条件を細かく変えて何度も計算をし直す必要がある。何人も集まり、手分けして探っていくしかない。


 同じような計算ばかりで嫌になってくるが、いくつもの計算結果を並べれば、どの条件が重要なのかも分かってくる。一ヶ月かけて最終的に三案にまで絞り込んだら、あとは王族と公爵が集まっての会議で決まる。


 それが終わって一息ついたら、今度はウンガス王国への交渉の使節団の準備である。誰が行くのか、いつ行くのか、そしてどのように話を進めるのかということは、前回の経験を踏まえて議論を戦わせることになる。


 そして、私はハネシテゼと一緒に山へと出かけて行くことになった。使節団の安全のため、守りの石を用意したいのだ。それは第四王子セプクギオからの提案だったが、製法を知っているのはハネシテゼと私だけだ。


 フィエルも知っているが、彼は遠くエーギノミーアの領都で留守番である。


「騎士にも製法をお教えして、手伝わせた方が早いのではないか?」


 王太子が当然でてくる質問をしたが、ハネシテゼの返答は否だった。


「わたしが言うのも何なのですが、あれの製法を公開してしまうと、国体のあり方自体に影響が出てしまいかねません。恐らく、炎雷の魔法と同じ扱いにするくらいで良いのではないかと思います。」

「私は教わりましたけど……」


 ジョノミディスへ贈る宝玉をどう用意するか考え、参考にハネシテゼにどうしたのか尋ねたのだ。その時は、簡単に製法を教えてくれた。あの頃はそこまで深く考えていなかったのだろうか。


「……公爵家の領主一族ならば、問題ございません。」


 ハネシテゼは目を逸らしながら答えるが、一応、根拠はあるらしい。守りの石の製法は、デォフナハの城にある古い文献を読んでいて偶々たまたま見つけたものらしい。

 一千年以上も前に領主が破損した守りの石を交換していたという記述があるらしく、当時は領主が守りの石を扱うことができていたと思われると言う。


 しかし、いつのまに失われたのか現在は製法は知られていない。王族が知っているならば、以前にハネシテゼが見せたときに、国王が驚いたりすることもなかったはずだ。


 国王や王子ら王族に教える分には構わないが、そう簡単に騎士にまで広めるわけにはいかないという判断は国王も頷いたために、最終的に私とハネシテゼの二人だけで山に入ることになった。


 山の麓までは騎士も五人がついてきているが、そこから先は本当に正真正銘ハネシテゼと二人だけだ。



 風の魔法で積もった雪を派手に吹き散らし、山を登っていくと岩肌の露出した崖に着く。とりあえずはそこが目的地だ。


「雪が邪魔ですね。」

「吹き飛ばしてしまいましょう。」


 岩を採掘したいのだ。崖の下に吹き溜まりとなった雪は風の塊を叩きつけて吹き飛ばす。さらに灼熱の飛礫を撒き散らしてやれば、もうもうと湯気があがり雪はすっかり綺麗になくなった。


「面白い魔法を使いますね。」

「ブェレンザッハにいる銀狼が使う魔法なのですよ。必要な魔力は多いですが、射程距離を伸ばす効果があるので対人戦の際は便利かと思います。」


 高速で撃ち出される飛礫は、十歩先の敵を打ち据えるくらいのことはできる。その効果範囲は爆炎の魔法よりも広いのが特長だ。限界距離から放てば、二百歩先の敵に高温の飛礫を浴びせることができる。


 崖に向けてさらに灼熱の飛礫の魔法を撃てば、派手な音を立てて岩が砕けて飛び散る。


「本当に便利ですね。本来、岩を砕くのが一番大変なのですが……」


 私たちの腕力で石を叩きつけたところで、岩を砕くことなどできはしない。炎の魔法で延々と熱し、そこに水をぶつけて爆発させるのが常套手段だ。その方法の難点は、馬が恐慌状態に陥りかねないほどの轟音と、飛び散る岩の破片がとても危険なことだ。


 私が何度か灼熱の飛礫を放っていれば、ハネシテゼも真似をしてみる。熱しすぎないように時折水の球をぶつけながら魔法を繰り返していれば、手ごろな大きさの石はたくさんできあがる。


 そこから細かく選り分けて必要な石だけを革袋に詰めて石の採集は終わりだ。次は森へと向かって木の根を掘りだす作業だ。夏場ならば少し土を掘り返せば良いだけなのだが、雪を除けて、凍った土を解かさなければならない。


 それ以前に、冬は葉が散って木の区別がつかないという、あるまじき想定外があったりしたせいで、もう本当にうんざりだ。


「冬の作業がこれほど大変とは思いませんでした……」

「しかも、魔物が寄ってきましたよ。」


 頑張って作業をしていると、魔物の気配がいくつか近づいてくる。木を探すのに魔力を撒いたりしているので当然なのだが。とはいっても、少々の魔物程度に私とハネシテゼが苦労することもない。気配を頼りに木々の向こう側にむけて雷光を放てば、力尽きた様子が分かる。


 いくつもの革袋をいっぱいにして城に帰ったら、延々と加工作業だ。木の根は小さく切って乾燥させ、それを擂り潰せば良いだけなので簡単だ。小さく切って原型が分からなくなれば、他の人に任せることもできる。

 面倒なのは石の方だ。集めてきた石の全てを使うわけではなく、さらに鎚で叩いて割り砕いて、必要な部分だけを取り出していく作業がある。青色く透明感のある部分だけが欲しいのだ。砕いて不要部分を除去すると、残る量は五分の一以下になる。


 それを油で練って形を作ったら、炎で焼き上げるだけだ。再び街の外まで出て全力で炎を放つ。石に魔力を通しながら作業をする必要があるが、その程度は私もハネシテゼも問題なく一人でできる。


 完成した石は何故か色が変わって紫の輝きを放つようになる。

 大小合わせて四十ほどを作れば使節の全員に持たせることができるだろう。ただ焼くだけではないため一度に全てをつくることはできず、予定数がすべてできあがるまで一週間ほどを要したが、それは最初にハネシテゼが提示した期間ちょうどであった。

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