第289話 美味しい食べ物

 例年では揉めることが多いと聞いていたが、あっけないほど円滑に話は進み、公爵会議は終わった。


 ザイリアック公爵らがウンガスへ攻め込むことに乗り気だったのは驚かされたが、それ以外は特に問題も何もない。

 派閥間の対立がとても分かりやすい、と言われていたがウンガス王国という共通の敵があるからか、話そのものは紛糾することもなかった。



 のんびりした日々は、新年を迎えることで終わる。

 日復祭のパーティーに出席しないという選択肢はない。私が王都に来ているのは周知の事実だ。それでパーティーを欠席すれば何ごとかと思われてしまう。


「陛下、殿下、ご機嫌麗しゅうございます。」


 挨拶の言葉は昨年と特に変わらない。そんな形式だのことならば止めてしまえば良いのにと思うが、貴族としての礼儀上必要なのだと父は言う。延々と続く挨拶は正直飽きてしまうが、我慢して笑顔で過ごすしかない。


 ようやく挨拶の列が終わると、私は料理の並ぶテーブルを順に見て行く。各領地で用意した料理が並ぶこの場は、見栄の張りあいでもあるが生産力が低ければできることに限度がある。


 かさ増ししやすい料理で誤魔化そうとしていたりもするが、その程度は見抜ける。パンや麺の味付けが濃いのは、小麦の質に難があるのを隠そうとしているようにも感じる。


 順に見ていき、美味しそうなものは食べてみる。


「我が領の料理は如何でしょう? ティアリッテ・シュレイ。」

「とても美味しゅうございます、ノイネント伯爵。」


 チーズの練り込まれた甘味のあるパンに、赤、青、白と三種の豆の入った辛みのあるシチューがとても合う。彩豊かであるということ以上に、それぞれの豆が違った香りや食感をもたらしてくれる。そして何より、食べていて飽きない味だ。


 美味しいものでも、不思議とすぐに飽きてしまう味というものはある。ほんの一口や二口くらいまでならとても美味しいのだが、それをお腹いっぱいになるまで食べたいとは思わないのだ。


 ここの料理はそんな類のものではない。意識して我慢しなければ、ここだけでお腹いっぱいになってしまいそうだ。


 そう評価するとノイネント伯爵は破顔して私やハネシテゼのお陰だと言う。


「私よりも、ザクスネロ様なのではありませんか? 私は北方貴族にあまり貢献した覚えはございません。」

「三、四年ほど前の話でございます。私の娘はエーギノミーアのやり方を懇切丁寧に教わったと言っておりました。」


 そう言われてお茶会で積極的に質問してくる上級生がいたことを思い出した。あれはノイネントだったか。同級生にもノイネント伯爵の子がいたはずだが、そちらは仲良くした記憶がないため、全然関わっていない意識だった。


「お茶会での話でございましょう? ノイネントだけにお教えした記憶はないのですが、何故他の領地は変わってくれないのでしょう?」


 率直な疑問を投げかけてみる。むしろノイネントが頑張った理由を聞いた方が良いのだろうか。


 少し困ったように目を細め、ちらりと公爵のテーブルが並ぶ方へと視線を送ってからノイネント伯爵は口を開いた。


「デュオナール公爵閣下の意向にございます。あの頃は、ここまで差がつくとは思っていなかったのです。」


 エーギノミーアやデォフナハの提案に基づいて改善をすれば、その第一の功績はエーギノミーアやデォフナハの側につくことになる。どうせ大したことがないと高を括ってみた結果が現在の状況ということらしい。


 いつまでも意地を張るから余計に立場を悪くしているのではないかと思うが、それはここでは口にしない。


「今年は賑やかなテーブル増えましたね。特に伯爵や子爵のテーブルが一番変わっているのではないかしら。」

「領内の改革がようやく実を結んできたのでしょう。私も他のテーブルの食事を愉しませていただきましょう。」


 このパーティーでは、基本的にあまり長話をするものでもない。軽い雑談を終えて、私も伯爵も別のテーブルへと移っていく。


 あちこちの料理を食べ雑談を交わして、最後に向かうのはデォフナハのテーブルだ。ここは相も変わらずの豪勢さだが、今年は今までとは少し趣向が変わっている。


「揚物が多いですね。」

「今年はお酒も種類が増えたのです。こちらの発泡酒揚物に合うのは、飲み口の強いこちらのお酒でございます。」


 どれを食べようかとテーブルを見ているとハネシテゼが胸を張って自慢してくる。


 ハネシテゼが自慢するのだから美味しいのだろうと思いグラスを受け取って一口飲んでみたが、ほのかに甘酸っぱい柑橘の薫りがする。そして差し出された皿から、肉と思しき一切れ口へと運ぶ。


「これは海の魚ですよね? 一体どのようにしてこのような料理にしたのですか?」


 嚙んでみると、パリパリとした表面の内からほろほろと身が崩れて口の中いっぱいに魚の独特の旨味が広がる。もっとも驚いたのは、味や食感が干し魚のそれではなく、生魚のように感じたことだった。


 この料理を、デォフナハやエーギノミーアで食べるなら分かる。だが、いくらこの季節といっても海から王都まで魚を生のままで持ってくるなんてできるはずがない。海で猟師が魚を獲ってから運搬し料理するまで、どんなに早くても十日はかかるだろう。

 そんなに何日も時間をかけて運んでいれば、魚は傷んでしまう。とてもではないが人が食べられるものにはならないはずだ。


「ふふふ。それは、秘密でございます。」


 勝ち誇ったようにハネシテゼが笑う。彼女はこの新しく美味しい料理を自慢したくて仕方がないようだ。


「これは魚料理なのですか。」


 私たちのやり取りを聞いてか、三人連れ立って食べていた低学年の者たちが声をかけてきた。


「食べたことはございませんか? 海で獲れた魚に衣をつけてナッツオイルで揚げたものでございます。」


 ハネシテゼは簡単に説明した内容は、沿岸の領地の者ならば食べてみれば分かることである。しかし、西の地方の者ならば、海魚など口にしたこともないのだろう。そもそも海という単語を聞きなれていないのかもしれない。とても珍しそうに料理を口に運んでいる。


「私としては味自体はそれほど珍しいものではありませんが、これを王都でいただけるとは思いませんでしたわ。」

「ティアリッテ様がブェレンザッハに行っても、海の恵みを口にできるようにと頑張ったのですよ。」


 ハネシテゼはそう言うが、それは絶対嘘だ。その気持ちが全くないだろうとは思わないが、ハネシテゼが王宮に入ってもという意味合いの方が強いに決まっている。美味しいものを食べたいから頑張るのだと言っていたいたくらいだ。


 お腹が十分に満たされたあとは、デザートを少々くらいしか食べられない。一体、どこの料理を食べるのが良いのか迷ってしまう。


 王宮のテーブルに並ぶ果物菓子はとても美味しそうだし、目の前のデォフナハが出すチーズケーキもとても魅力的だ。ウジメドゥアのテーブルにはクリームがたっぷり乗ったケーキもあった。


 あちらこちらのテーブルをぐるぐるとまわり、散々迷ったあとにウジメドゥアのケーキをいただくことにした。

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