第287話 そして年末へ

 ウジメドゥア公爵やビアジア伯爵から聞き取った結果を踏まえての、農業生産力向上に関する課題と対処法の報告の提出は何の問題もなく終わった。もっとも、実際に国王その人に対して報告するのは基本的には概要だけで、詳細は文官に対して行うのだから当然とも言える。


 後ほど、文官から呼び出されて詳細の質疑応答があるが、これも特に問題はない。ウジメドゥアやビアジアから作物ごとの大雑把な収穫高の一覧は手早く作られて渡されたし、エーギノミーアの収穫高は詳細な数字の書類を持ってきている。


 文官が町や畑に出向いてする仕事はいくつもあると言うと、とても渋い顔をされてしまったがそこは頑張ってもらうしかない。


「食料生産だけで精いっぱい、ということで良いのでしたら今まで通りでやっていれば良いのではありませんか? 畜産や紡績はかなり規模が縮小していることはご存知だと思いますけれど。このままでは産業が潰えてしまいますよ。」

「家畜の数も、技術を持った職人の数も激減しているのです。このままあと十数年経てば、いくつかの技術は完全に失われてしまうことになりかねません。」


 私たちがそう言うと、文官たちは表情を凍りつかせる。畜産などの税収が減っていることは文官も知っていることだが、それが意味することまでは想像していなかったのだろう。実のところ、私も他人のことは言えない。つい半年ほど前までは考えたこともなかった。


「数十年前までは家畜を飼うために使っていた土地が、現在は食料生産のための畑になっています。少なくともエーギノミーアでは家畜のための土地は十分の一程度にまで減っています。」


 税収の推移を考えると、ウジメドゥア公爵やビアジア伯爵でも同程度には減っているということらしい。調査をしなければ確かなことは言えないが、下手をしたら家畜の種類によっては、失われたものもあるかも知れないくらいだ。


 当然そうなれば、家畜の世話について知識や経験がある者もいなくなっていく。家畜を手放した者の大半はまだ健在だろうが、年月が経過していけば知識は薄れるし、何より歳を取って亡くなってしまう可能性が出てくる。


 それは、紡績や機織りなどの職人についても同じだ。数は減ったもののまだ継続している者がいるので技術の継承は可能だろうが、こちらも放っておけばどうなるか分からない。


「平民の管理は貴族の仕事です。城にいてできる仕事だけが貴族の仕事ではございませんでしょう? 商人や農民が指示通りに動いているか、確認もしなくても王宮ここでは仕事をしたと見做されるのですか?」


 ハネシテゼの質問に文官たちは言葉を詰まらせる。指示だけ出していれば後は放置しても上手くいくならここまで大きな問題になどなっていないだろう。もし、指示の前提条件を間違っていたり、間違って伝わっていたりすれば、永久に達成することはない。都度、確認して調整を図っていくのはどう考えても文官の仕事だ。


「しかし、我々が出向いても、平民は畏まるばかりで有益な情報は出てこないのです。」

「それは確かに理解できることなのですが、何度も繰り返し出向き、互いに慣れる必要があるかと思います。」


 平民を城内に招くよりも、文官が出向く方が簡単なはずだ。礼儀作法を教えなければなどという話になるのは目に見えているし、いったいいつになったら本題に入れるのかも分からない。


 実際にどういう体制で平民の管理をしていくのかは、城の文官が人選も含めて決めることになる。そこは私やハネシテゼが口を出すところではない。


「文官の仕事だけを増やすのでも、騎士だけが頑張るのでも、平民の負担を大きくするだけでも上手くいきません。相互に連携を取る意識も必要でございます。その中心となるのは文官の役割だと思います。」


 そう話を締め括ると、文官たちも表情を引き締める。文官だけの責任となることはないだろうが、采配を振る者がしっかりとしていなければ上手くいくことはない。




 報告が終わったら、するべき特定の仕事はない。

 次期当主候補が集まっての情報交換会というのもあったりするのだが、これには私は出席しない。もとよりエーギノミーアでは次期当主争いから外れているし、ジョノミディスと婚約したことで私はエーギノミーアを出ることが周知されることになった。


 だからといって、ただ暇をしているだけでも仕方がないので、下町に出てみたり騎士の訓練場に行って一年の成果を見たりして過ごす。


 こんなとき、フィエルがいると楽なのだが、今年はフィエルは領都で留守番だ。代わりにウォルハルトが王都に来ているが、そちらは婚約者である第三王子ピエナティゼと行動しているため、私の暇つぶしに付き合ってはくれない。


 一年の終わりが迫り、そろそろ本格的に暇になってきた頃、公爵会議に呼ばれていく。父や母とともに会議室に入るが、始まる前から何故か視線が痛い。


 どこからの視線なのかは明白だ。ザイリアックら北方貴族は揃ってこちらを睨んでいるのは見れば分かる。敵意の籠った眼差しを向けられるようなことをした覚えはないのだが、困ったものである。


「お父様、何故、あのように睨まれるのでしょう?」

「ピエナティゼ殿下をエーギノミーアに奪われたと思っておるのだ。」


 小声で聞いてみると、呆れた理由である

 第三王子といつまでも良好な関係性を築けないから、兄に白羽の矢が立ったというのに逆恨みも甚だしい。


 公爵会議には王族は出席しない。ブェレンザッハ公爵が来たら、各領地の簡単な報告から始まる。といっても、領地の内情をここで話すようなことはない。基本的には他領と関わることに関してだけだ。


「ご存知の通り、エーギノミーアからは第三子ウォルハルトがピエナティゼ殿下と、第四子ティアリッテがブェレンザッハのジョノミディス様と婚約した。」


 領地を跨いでの結婚は、この場で報告するべきことらしい。領主一族だけではなく、そこに仕える貴族たちもこの報告の対象となるため、各領結構長い。それだけ領地を跨いでの結婚はあるということだ。


 エーギノミーアにも数名やってくるし、出ていく者もいる。


「ブェレンザッハ、イグスエンともにウンガス王国からの再侵攻の動きはみられない。鉄の算出は例年程度にまでは戻っているし、食料事情も改善してきているので来年は諸々侵攻前の水準に戻るだろう。」

「食料支援はもう不要ということでしょうか?」

「東方からの食料は半分以下、七分の二から三ほどまで減らして問題ない。」


 イグスエンでの食料生産量が増えつつあり、状況はかなり改善してきているらしい。供出量を半分にして良いのなら、エーギノミーアもかなり楽になるだろうと思われる。


「ウンガスへ警戒はいつまで続くのか、目途は立たぬのか?」

「来年また使者を送る予定だ。それでも決裂するならば、こちらから攻めることも考えた方が良いのではないかと陛下とも話をしている。」


 うんざりした様子でファーマリンキ公爵が問うが、この状況を長引かせたくないのはブェレンザッハの方だろう。周辺の領地もかなりの数の騎士を前線へと送り出しているし、その負担は計り知れない。

 もう少しで侵攻開始から三年になるのだ。どうにかして解決をみたいのは誰だって少なからず思っていることだ。

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