第286話 優先すべきこと

 ウジメドゥア公爵の方は、収穫量を大幅に向上させることができたが、あらゆる面での人手不足が最大の課題だと言う。学生まで動員してみたものの、仕事をすることそのものに不慣れではあまり役に立たなかったということだ。


「騎士も文官も、やるべき仕事を把握できたのであれば、来年はもう少し効率的に動けるのではありませんか?」

「そうは言っても、今年対応したのは領都周辺の畑だけだ。各地の小領主バェルの生産を改善するには、人を出して指導せねばならぬだろう?」


 その分だけ、領都の畑に関われる人数が減ってしまうというのが懸念している問題点だ。


「エーギノミーアでも三年かけて周辺の町に広めていっています。一度に多くの町を変えようとすると、収拾がつかなくなると思われます。」

「魔力を撒く畑を限定すれば良いのではありませんか? 絶対に確保すべき作物の種類をいくつか選び、その区画だけ魔力を撒けば良いのです。収穫や加工に多くの人手が必要な作物は後回しにすることはできませんか?」


 ハネシテゼは、作物の種類で優先順位を決めて当たれば、全てが人手不足になることはないだろうと言う。これは、最も手間がかかる麦類は諦めろということだろう。手間に対して、得られる収穫の量が圧倒的に少ないのが麦だ。体積で計っても重量で計っても、必要な土地の面積や手間に対して得られる量は、麦は芋の七分の一以下である。


 貴族の価値観として芋は麦に劣る食品だということを無視すれば、麦の栽培は半分以下に減らしてしまった方がいいくらいだ。完全になくすことができないのは、藁の利用価値のためだ。芋の葉や蔓には毒があるために使い道がないのに対し、藁は様々な用途に使える。袋状に編んで収穫した作物を入れることもできるし、厩では馬の寝床に使われたりもする。


「魔物退治をするだけでも収穫量は従来より多くなるのだから、麦は魔力を撒かず、作付面積も従来通りに戻しても足りるのではないだろうか。私が見る限りでは、多くの根菜類は収穫にも加工にも、麦や豆ほどの労力を必要としていない。そちらに力を入れてはどうか?」


 たとえば赤根などは、引き抜いて土を払い葉の部分を切り落とすだけだ。あとはそのまま木箱に詰めるだけなので、収穫量が倍増しても必要な人ではそれほど増えはしない。多くの根菜は家畜の飼料として使うこともできるし、そちらからやれば良いのではないかというのがジョノミディスの意見だ。


「事前に運搬経路をよく考えて決めておくことも大事かと思います。どの道が通りやすいかを考えて、荷車がすれ違うことのないように経路を作ることで運搬の効率はかなり変わります。」


 運搬の際も待つ時間というのが少なからずある。道ですれ違う際に横に避けて通り過ぎるのを待ったり、街門を入る際に待たされたり、さらには荷下ろしする場所で列を作って待っていることもある。それらを解消するために荷下ろしの場所を分散させたり、経路を設定することも必要だ。


 その仕事をするのは文官だ。商人は総じて自らの利益を優先するので、結果として全体の利益が損なわれることになったりもする。どうしてそんなことになるのか不思議に思ったりもしたのだが、結論としては彼らは貴族の教育を受けていないことにあるらしい。


「文官には文官の仕事があるのではないか?」

「騎士も平民も、元々の仕事に加えて頑張っているのに、文官だけ今まで通りと言うのはおかしいのではありませんか?」


 ビアジア伯爵は困ったように尋ねてくるが、文官の仕事も整理と効率化が必要だ。ウジメドゥアではかなりの数の文官が、交通の管理のために町や畑に出ていた。そこまで人員を割くのは大変だろうが、調査して計画を立てるくらいは捻出しないと、この先がないだろう。



「結局のところ、なにごとにも優先すべき順位を付けて、できないものは諦めて切り捨てるしかないということか。」

「だが、何を考えれば良いのかは分かった。収穫や加工にかかる労力にそれほどの差があるとも知らなかった。」


 ウジメドゥア公爵とビアジア伯爵はやるべき仕事が見えてきて、安心したようにそう言う。両領ともに改善は進んでいるが、足りないこともまだまだある。見落としていたことや気付いていなかったことも、たくさんあるだろう。


「領主一族から一人か二人を選んで、現場の状況を把握させた方が良いのではないでしょうか?」


 そう言うのはハネシテゼだ。デォフナハは後継ぎとされていたハネシテゼがずっと管理しているし、エーギノミーアでは私とフィエルだけではないく、兄姉たちも畑や町に直接出向いて問題の箇所を確認している。


 領主自らが畑に行く必要はないが、平民がどのような仕事をしているのか、具体的なところを全く知らないのでは計画も何もないだろう。


「出て行ったら平民がそろってひざまずくようでは困りますから、学生から選ぶと良いかと思います。」


 私がそう言うと、父は苦笑いで「その理由で私は出てくるなと言われた」と言う。本当に領主が出て行くと、それだけで効率が悪化してしまうのだ。効率を上げたいのに逆効果も甚だしいことである。


「エーギノミーア公が畑に行けば農民は跪くだろう。目に浮かぶようだわ。」


 ブェレンザッハ公爵が笑いながらそう言うくらい、それは当たり前のことだ。公爵家当主という立場では、そう簡単に動けるものではないし、動くものでもない。



 一通りの話が終わると、畑の区画すべてに番号を振って管理していることをビアジア伯爵にも伝える。ジョノミディスに教えたときよりもさらに簡潔な説明だが、何のためにしているのか、それで何ができるのかが分かれば、導入はしていけるだろう。


 互いに礼を言って会議を解散すると、私は話の内容を報告書にまとめるとともに、国王に面会の予約を入れる。


 報告書の作成にはハネシテゼも加わることになった。実際に書類に書き出していくといく段で気付くこともある。そこに対して彼女の意見はとても重要だ。


 報告の内容は多岐にわたる。デォフナハやエーギノミーアで実施していることを書きだすところからはじまり、ウジメドゥアとビアジアで実施した結果、課題とその解決法を記していく。


「これだけあれば試験段階から抜けられない領地も、前に進めるのではありませんか?」

「うむ。こうしてみると、ブェレンザッハでもできることはありそうだな。」

「これで北方貴族がどう動くかですね。来年は結果を出す領地がさらに増えるでしょうから。」


 私は今年の結果がどうなっているのかはまだ知らないが、王族に近いハネシテゼはある程度の情報は得ているらしい。聞いてみると、東の改善が遅れていた伯爵領や子爵領は軒並み収穫量を増やしているらしい。


 西方の領地はどうしても騎士が不足しがちなために改善の進みが悪いが、それでも生産力は回復傾向にあるということだ。


「北方はモレミア侯爵くらいですね。あとは伯爵領がいくつか頑張っているだけで、それ以外はほとんど変わっていないようなのです。もしかしたら、力を隠しているのかもしれませんけれど。」

「駆け引きの範疇ならばともかく、あまりやりすぎると叛逆の準備をしていると受け取られかねないだろう?」


 東方と西方の派閥が近づきつつある今、相対的に北方貴族の立場は悪くなっている。打開の策は練っているのだろうが、あまり変な方向に向かうと、王族から敵視されかねないと私も思う。


「北方についてはもう少し情報を集めないと何ともいえませんね。一体、何を狙っているのかも分かりませんから。」

「まずは、すべきことを確実に為していくだけだな。」


 他人のことを気にするよりも、私たちにもすることがある。

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