第285話 今年の結果とこれから
「最速で準備を進めても、初夏の頃になるだろう。」
ブェレンザッハ伯爵は難しい顔で空中に何か書くような仕草をしながら言う。結婚式をするとなると、多くの貴族を呼ぶことになるので宿泊場所や料理の確保が必須となる。
恐らくもっとも準備に時間を見なければならないのが私とジョノミディスの衣装だろう。それぞれ領地に帰ってから仕立てて、出来上がってから移動して式を挙げることになる。
いずれにせよ、王都でできることは少ない。せいぜい招待客に声をかけてまわるくらいのことだろう。エーギノミーアもブェレンザッハも、春に領地に戻ってからが本番だ。
「それ以前は、こちらも衣装が間に合わぬ。移動の余裕も含めると晩夏より前にはしたくないな。」
「一番、農作業が忙しい時季ですね。」
「急ぐならば仕方があるまい。それに、食料支援する量を減らせばエーギノミーアは十分に対応可能だろう。」
父としては、他の領地もそろそろ本腰を入れて生産力向上を図っても良いのではと言うことだ。
「ウジメドゥア公爵とビアジア伯爵か。できるだけ早く彼らと話し合いの場を設けよう。すぐにできることと、時間のかかることを切り分けて他の領地にも情報を展開すれば、少しくらい改善するだろう。」
「夏に寄った時は助言を求められましたから、その結果の確認も含めて席を設ければ、応じていただけると存じます。」
こちらが気にかけていることを前面に出せば、彼らは断るとか先延ばしにする選択をすることはないだろう。
「私も同席して良いか?」
「いてくれた方が助かる。旧来の派閥を無視するわけにもいかぬからな。」
対外的にはブェレンザッハが間に入っての話という形にするのが無難だろうということだ。いまだに旧来の派閥に固執する者は多くいる。とくに、年齢が高い者はその傾向が強い。長年の考えを変えて派閥の垣根を取り払って、と言われても今まで長年のあいだ警戒する相手と認識していた者と仲良くするのは難しいのだろう。
「ウジメドゥア公爵らとの話し合いは個別ですか?」
「一緒で良いのではないか? 情報を交換し、より良くしてこうという趣旨なのだ、色々な視点での話を聞けた方が良かろう。」
「では、ハネシテゼ様もお呼びしますか?」
「あまり気は進まないが、読んだ方が良いだろう。」
父がそう答えると、ブェレンザッハも苦笑の形に口元を歪める。公爵の常識からかけ離れたハネシテゼは、どうにも父たちにはやりづらい相手のようだ。
ビアジア領はデォフナハでやり方を学んでいるので、少なくともそちらと話をする際にはハネシテゼがいた方が良いのは確かだ。個人的な感情だけで不要とするわけにはいかない。
そうして、私たちが王城ですべき仕事が決まっていく。
ウジメドゥア公爵らとの会談の結果は報告書にまとめて国王に報告をする。そして、それをもとに他の領主たちにも情報を展開して各領地の生産力向上を促していくことになる。
そこまでの流れは、私とジョノミディスで主導することになった。手始めにウジメドゥア公爵とビアジア伯爵へ面会を取り付けるところからだ。その後、報告書や資料を纏めるのも私たちだ。
会議室を出て公爵用の執務室へ行くと、文官に教わりながら面会の申し込みの手紙を書くことになる。ウジメドゥア公爵らは派閥としては西方に属するので、実際に書き署名するのはジョノミディスだ。そこを私がやると角が立ってしまう。
面会の時期は十四月に入ってからだ。学院が始まる直前は何かと忙しいことが多いということで、そこは避けるようにと言われた。
それまでの間は、今年の各領から送られた支援物資の把握に努めることになる。どこから何がどれくらい送られてきたのか。また、それがどこの領地に配分されたのかというのはとても重要だ。それが分からねば、来年はどれくらいになるのかの予測などできはしない。
あちらこちらの記録を確認し、帳簿を整理していると数日はすぐに過ぎる。これはこれで、今年一年の実績として報告した方が良いのではないかというくらいの資料はできた。
会議を設定したのは十四月の二日だ。一日は学院の入学式もあるし、参加予定ならば半日がそちらで潰れるはずだ。そこにさらに会議を入れるのは難しい。
「お久しゅうございます、ビアジア伯爵閣下。お忙しい中ご足労ありがとうございます。」
会議室に呼んだ側としての挨拶も教わった。自分が先に部屋に入って待っている場合と、後から入った場合では言葉が変わるの。無難に挨拶を交わすと、テーブルに着いてもらう。そちらにはハネシテゼが既に座っている。
さらに父やウジメドゥア公爵、ブェレンザッハ公爵が順にやってくると本題に入る。
「今年の畑の状況をお聞きしたいのです。まず、出来高からお教えいただけないでしょうか。」
私が質問をしたら、実際に答えるのは背後に控えている文官だ。各領主はそれぞれ文官を連れてきている。大まかな傾向は把握していても、さすがに領主が細かい数字を全て丸暗記しているはずもない。
季節ごとに昨年と対比しながらの数字を聞いていると、どちらの領地も魔力を撒いた畑は二倍以上に、魔力を撒いていない畑でも数分の一程度の向上は見られたということだ。
「今年一年やってみて感じたことだが、魔力を撒くのは領地内の体制が整ってからでなければ無理があるかと思います。」
付け加えてそう言うのはビアジア伯爵だ。魔力を撒いた場合、生産量の適度な調整や管理が難しいというのがその根拠だ。そこはエーギノミーアでも解決できていないし、ウジメドゥアでもやはり問題となっているところだ。
「正直なところ、自領を賄うだけならば、そこまで生産量を増やす必要はないのではないかと思います。」
「それでビアジア領に十分余裕ができるならば、私がとやかく言うことではないが、他の産業は問題ないのか?」
疑問を投げかけたのは父だ。長年の食料不足に伴い、エーギノミーアでは家畜の数が激減している。
ウジメドゥアで牛を見たと言う話をしたところ、エーギノミーアにも昔はいたと言うのだから大変に驚いた。調べてみると、数十年前の資料では領地電体で一千近くの牛が飼われていたことになっている。それが現在は僅か二頭だ。
山羊の数は二十分の一ほどまで、平民がチーズやバターを口にすることもなくなってしまったと聞いた。もともと盛んではなかった毛織物は職人がいなくなってしまったという。
食べるだけで精いっぱいで、消滅しかけていた産業もあると伝えると、ビアジア伯爵もウジメドゥア公爵も顔色を変える。
「家畜の実数を把握できているか?」
「申し訳ございません、畜産関連の税収は三分の一ほどまで減っていることは把握していますが、家畜の数までは把握しておりません。」
「種類別に確認できるか? 可能なら家畜の数も把握したい。」
ウジメドゥア公爵は文官に確認するが、やはり細かな数値は出てこないようだ。調べるにも領地にもどらなければ資料もないだろう。王都での作業は人の記憶に頼るしかない。
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