第284話 ブェレンザッハの報告

貴方きほうらが成人するのは来年だろう? 三年や四年先になったところで、今の第三王子ピエナティゼの年齢にもならぬではないか。」


 別にそれでも大した問題はないだろうと王太子は言うのだが、問題としているのは一般的な婚姻の時期や年齢ということではない。エーギノミーアとブェレンザッハの家どうし、領地間の関係は無理に結婚を急いでどうこうすることとは考えていない。


「結婚するよりも前に、ウンガスの再侵攻があるのでは不都合が多すぎるのです。平時の関係性は婚約でも十分なのですが、火急の危機が迫った時には不足してしまうのは明白です。」

「確かにジョノミディス様とティアリッテ様が結婚した方が、ブェレンザッハの戦力が向上するのは明らかでしょうね。婚約者と配偶者では、ティアリッテ様のブェレンザッハ内での立場も全然違うでしょうし。」


 ハネシテゼは緊急時における権力不足は、致命的なことになりかねないと言うが、それは分かりやすい理由の一つだ。少なくとも私にはもう一つの理由がある。


「差し迫った事態の際に、どこまで私を信じてくれるのかが分からないのです。」


 フィエルならば、どこまでも信じてくれると確信できる。迷うことも、疑うこともない。現にそうしてきたのだ。フィエルと二人でできていたことが、ジョノミディスと二人ではできないというのが最大の問題だ。これはジョノミディスにとっては不愉快な話であるだろうが、しないわけにもいかない。


「二人とも逃げようとしたら、ほぼ間違いなくどちらも命を落とす。片方が戦い、もう一人が逃げれば、逃げた一人は助かる。二人で戦えば生きるか死ぬか、どちらになるか分からない。その状況での最善手を迷わず選ぶには何が必要だと思いますか?」

「嫌な状況だが、絶対にありえないとも言えぬところが難しいな。」


 私のあげた例に第二王子ストリニウスは眉を寄せて大きく息を吐く。


 つまり、その状況でジョノミディスが迷わず戦うことを選択してくれるか、そこに確信が持てないのだ。

 能力は十分にあるし、人柄も知っている。しかし、命の瀬戸際の際の行動まで信じられるかと言われると、それは別問題だ。


「そのような場合、どうするのが最善なのですか?」


 揃って難しい顔で考え込むなかで、第四王子セプクギオが拍子抜けな質問をする。


「状況次第ですよ。二人で戦い血路を開く。それはティアリッテ様が今までフィエルナズサ様としてきたことでしょう。ですが、何としても本隊に情報を持ち帰ることを優先する場合もあるかもしれません。ただ、いずれにせよ迷わずそれを実行するには、絶大な信頼が不可欠でしょうね。そして、そのような火急の事態で迷いがあれば、間違いなく失敗します。」


 そう説明するのはハネシテゼだ。彼女は私とフィエルが文字通り二人だけで敵地に向かったことがあることを知っている。今、ジョノミディスと同じことをせよと言われても無理だ。


「悠長なことを言っている時間がどれほどあるのかも分からないのです。無理矢理にでも関係を進展させ、信頼の強化を図りたい。そのための結婚でもあります。」


 通常とは逆になってしまうが、信頼を深めてから結婚というのでは遅すぎる。


「エーギノミーア公はどう考えている?」


 私の主張に頷き、質問の相手を変えたのは国王だ。


「もとより、ウンガスの侵攻がきっかけでブェレンザッハと縁を持つ方向で考えたものですから、切り離して考えるのも難しいと思っております。」


 もともとの発想は直接的な軍事目的ではないが、私がブェレンザッハに行けばウンガスとの矢面に立つことは前提とするべきだ。私がエーギノミーアの出身だからと特別に扱われることはないだろう。


 私の主張よりも、ハネシテゼの言っていたことの方が重大だという認識だが、父は私たちの結婚を急いだ方が良いとする立場を表明した。


「エーギノミーアばかりの負担が大きいと思っていたのだが、だからこそ急いだ方がティアリッテ様を守る結果になるということか。ならば私はその話に乗るしかあるまい。」


 ブェレンザッハ公爵が納得したならば、この話はもう終わりになる。あとはウォルハルト第三王子ピエナティゼの結婚時期との兼ね合いだけだ。


「そのような事情となると、上のことは気にしなくても良いのではないか? 結婚を急ぐよりも説明した方がエーギノミーア公の負担も少なかろう。」


 国王がそう結論付ければその話は終わりだ。



「それで、ブェレンザッハ公。ウンガス王国の方に動きはあるか?」

「こちらに対して目立った動きはございませんが、体制に変化があるようです。


 どういう理由なのかは分からないが、領主や小領主バェルが替わったりしているらしい。情報を集めたところ、台替わりではなく全く別の者になっているという。それが一体何を意味しているのかは今はまだ分からないが、念のための報告ということだ。


「流入してくる難民は一ヶ月に千八百人前後と相変わらずですが、支援のお陰で食料不足にはならない見込みでございます。」


 徒歩でやってくる者がほとんどであるため、雪の積もる冬期間は流れは止まると予想される。そもそも馬車もなしに荷物を抱えて山を越えるというのは、かなりの危険を伴うはずだ。それが雪山となれば、越える前に命を落としてしまうだろう。


 ブェレンザッハ公爵の報告はさらに続き、受け入れている町の体制や、受けた食料支援の配分などの説明をする。とくに支援している食料の大半はエーギノミーアとデォフナハからなのだから、この場にそぐわない内容というわけでもない。


「そういえば、ウジメドゥア公爵やビアジア伯爵も本格的に農業生産の改善を動かし始めていましたので、来年は食料問題はかなり楽になるのではないでしょうか。」

「うむ。その二領は来年以降の支援は不要となる見込みだと聞いている。」


 すでに何らかの形で報告を受けているようで、王太子は大きく頷く。それ以外にも、特に東方の領地ではかなり農業生産力が向上している。


 明るい話題が増えてきたのは好ましいことだと話が締めくくられて会議は終了した。



 一旦会議室を出ると、父は別の会議室を探す。話し合うのはもちろん、私とジョノミディスの結婚の時期についてだ。基本的にエーギノミーアとブェレンザッハの問題なので、直接関係のない王族やデォフナハは会議の席にいる必要はない。


 結婚の時期が重なってしまうならば調整は必要となることもあるが、そもそも早くて二年後の第四王子セプクギオとハネシテゼの結婚は考える必要はないし、第三王子ピエナティゼとウォルハルトの結婚は私たちの後で構わないとなった。

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