第282話 婚約者

 王都に着いた翌日は、早速王城に向かう。が、その前にブェレンザッハから遣いと馬車が来るのを待つ。ジョノミディスも登城するのだが、エーギノミーアの馬車で向かうわけにはいかない。他の貴族の目がある中でそんなことをすれば、ジョノミディスがエーギノミーアに入るのだと思われてしまう。


 早めに食事を済ませてエントランスで待っていると、ブェレンザッハからの馬車が到着したと報せが入る。


 通常ならば遣いの者をエントランスに迎えて挨拶を交わすくらいはするのだろうが、今回はそれは省略して待機していた全員で玄関の扉を外に出る。


「リップズ様⁉」


 馬車から下りてきた人物を見て、思わず声に出てしまった。私も父も、そしてジョノミディスも当主自らこちらに来るとは思っていなかった。


「久しいな、エーギノミーア公。」

「お久しゅうございます、ブェレンザッハ公。済まぬが、話は王宮に着いてからにしてくれぬか?」


 父はちらりと視線を第三王子ピエナティゼに向けながら言う。ブェレンザッハの遣いを待たずに父が出発するわけにはいかず、そして第三王子が城に向かうのに父が邸に残る選択肢もない。そのために全員で待つということになっているのだ。


「ピエナティゼ殿下、これは大変失礼した。伺いたい話は色々ございますが、まずは王宮に向かいましょうか。」


 邸の玄関先で話し込んでいても寒いだけだ。積もる話は王宮の会議室あたりでお茶を飲みながらでも良いだろう。父や第三王子もそれに反対するつもりなどあろうはずもない。すぐに馬車に乗り込んで邸を出た。



 城に着くと、揃って国王の執務室へと向かう。列の順番は第三王子とその婚約者であるウォルハルトが先頭で、それにブェレンザッハ公爵と父が並んで続き、私とジョノミディスはその後ろを歩くことになる。


「お久しゅうございます、陛下。落ち着きつつある日々と、豊かさを増すこの地に感謝と祈りを申し上げます。」


 並んで跪き、第三王子から順に挨拶を述べていく。今回は一度に挨拶する人数が多いだけに、少しだけ簡略化されているが、私の前に四人も挨拶の口上を述べていれば十分に長い。私は本当に簡単に時節の挨拶だけを口にする。


 私たちが室内に招かれると、すぐ後から第四王子セプクギオたちもやってきた。未成年ではあるがセプクギオも王子であるのだから、ピエナティゼと同じ時間帯に来るのは当然である。


 私たちはソファに座り、第四王子やハネシテゼ、デォフナハ男爵の挨拶が済むのを待つ。


「この人数では、ここでは狭いな。」


 挨拶が終わると国王が指示し、私たちは近くの会議室へと場所を移す。国王のほかに王太子ルグニエック第二王子ストリニウスも参加するようで、かなりの人数がぞろぞろと廊下を歩いていく。


 このような場合、どのように入室するのかと思ったが、列の順番そのままに入っていくだけだった。



「ピエナティゼ、セプクギオ、二人とも元気そうでなによりだ。セプクギオはしばらく見ぬうちに少したくましくなったのではないか?」

「はい。ご心配おかけいたしました、トゥジェ様。」


 第四王子セプクギオは少しはにかんだように答える。成長期真っ盛りの第四王子は、今年四年生になる十一歳だ。数ヶ月も会わなければ背も伸びるだろう。同じ期間、第三王子とも会っていないが、彼女は既に十八歳で身体的な見た目はそれほど変わっていない。


「それで、我が子の出来はどうだったのだ? まずはエーギノミーアから聞こうか。」


 国王は大人の視点からの言葉を求めた。それは別に驚くことでもないし、父も言うべきことくらいは考えている。


「最初に申し上げるべきはピエナティゼ殿下の適応能力の高さでしょう。現在のエーギノミーアは、王宮と比較すると仕事の進め方に大きな違いがございます。その中ですべきことを明確に把握し、強い推進力を以って当たっておりました。」


 ほとんどの仕事は、末端までいくと平民が関わることになる。そこまで意識して仕事の進め方を考えねばならないのだが、第三王子は貴賤に拘ることなく話を聞き、指示を出して周囲を動かしていた。僅か数ヶ月の滞在でそこまでできるのは、基本的な能力の高さあってのことだと私も思う。


 そして、大きく頷きながら父の話を聞いているのはジョノミディスだ。外からやってきて初めての仕事に取り組むという点では彼も同じ立場だ。その難しさを彼も身をもって知っている。


「ふむ。それで、婚約者ウォルハルトとの仲は親の目から見てどうなのだ?」

「今のところは、家族として自然な距離感を保っているように見えます。すくなくとも、娘とジョノミディス様よりは近づいているようですね。」


 父の言葉に私は目を丸くする。父には私とジョノミディス様には距離があるように見えているのだろうか? 私としてはジョノミディスと親しくしているつもりなのだが、何か足りないのだろうか。


 そう首を傾げていると、王太子から私に質問されることになった。


「ティアリッテ・シュレイ、貴方きほうから見て、ピエナティゼとウォルハルトの関係はどうなのだ?」


 思いがけず私に質問されると、返答に困る。そもそも私は、兄や第三王子のことよりも、ジョノミディスやフィエルとの距離感を気にしろと言われている。


「どうと言われましても……。婚約したばかりの頃は、距離がある様子でしたけれど、今では普通に冗談を言い合ったりしていますわ」

「そうではなくてだな、その、貴方もブェレンザッハと婚約したのだろう?」


 王太子は眉をひそめ、覗きこむように私とジョノミディスを見て言う。一体、私たちの婚約に何の関係があるのか、よく分からない。ちらりと父の方を確認して、正直に答えることにした。


「私も婚約したですから、兄のことより自分の婚約者のことを考えるようにと言われていましたけれど……」

「……理屈だな。」


 そう不満そうに言うが、王太子が私に何を求めているのかが分からない。睨まれても大変に困る。


「兄上、同時期に婚約したのだから、ティアリッテ・シュレイが自分の婚約者の方を優先するのは道理だろう。そんなことより私は本人の話を聞きたい。」


 第二王子は私に話を聞こうとするだけ無駄だとして、第三王子へと話を向けた。

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