第281話 故郷とは

 例年通りの王都行きだが、私たちの出発はハネシテゼと第四王子セプクギオがやってきてからだ。今までデォフナハ男爵と同行したことはなかったが、第三王子ピエナティゼ第四王子セプクギオは一緒に移動した方が良いということで、今回はデォフナハ男爵らに立ち寄る手はずになった。


 エーギノミーアの領都を出発して、道中何事もなければ一週間で王都に着く。もっとも、今まで道中に問題が生じたことはない。魔物が少々出没する程度のことはあるが、それくらいならば障害にもならない。私たちに同行する騎士は皆、雷光の魔法を使いこなせるようになっている。


 私としては船や馬車の旅というのは、ただ退屈なだけだ。夏ならば窓を開けて景色を楽しむくらいはできるのだろうが、この時期は窓も扉もしっかりとしめてある。そんな室内で火を焚いていれば空気も悪くなるし、いいことなど全くない。だからといって、甲板に出て広げた帆に魔法で風を送っていると、とても寒い。


「何故、ティアリッテ様は温風の魔法を使わないのですか?」


 私が自分の魔法に震えていると、心底不思議そうにハネシテゼがやってきて、温かい風を吹き付ける。


「それは思いつきませんでした……」


 船上で使う風の魔法は、昔から普通のただの風の魔法だ。別に温風を使ってはいけないということはないだろうが、そんな発想がなかった。温風の魔法は、風の魔法に火の要素を加える分だけ魔力の消費量が増えるが、今の私にとっては、問題となるほどの量でもない。


 何度かやっていれば温度の調整も上手くできるようになり、甲板の上は快適というほどではないが随分と過ごしやすくなった。


 しかし、私がそうして帆を膨らませているのも河港に着く直前までだ。港への接舷の際は船乗りの使う魔法道具の風に任せることになる。強すぎても弱すぎても、接舷は上手くいかないらしい。その丁度良い加減を知らない私は手を出さない方が良い。下手なことをして船を港にぶつけて壊してしまっては大変だ。



 船の旅を終えると、最後は一日馬車に揺られることになる。こちらは正真正銘やることがなく、とても暇である。王都に着いてからすべきことについても、すでに船中で何度も話をしている。


 何度も溜め息を繰り返しやっと王都に到着した時には、太陽は西の森のすぐ上にまで来ていた。


「城門に間に合うのでしょうか?」


 街門を通り中に入る際には必ず一度止めて検査を受けることになる。その時間を加味すると、閉門の時間に間に合うかが少し不安である。


「難しいところだな。今からだと、閉まってしまう方が先かも知れぬ。」


 第三王子ピエナティゼ第四王子セプクギオの帰る先は当然の如く王城だ。だが、城門は日没とともに閉ざされるのが決まりだ。よほどの緊急事態ならばともかく、王子が帰ってきたという程度で開けられるものではないだろう。


第三王子ピエナティゼ殿下は、今日のところはエーギノミーア邸へお越しください。」

「その方が良さそうですね。」


 父の招きの言葉に、第三王子は素直に頷く。王子が城門前で締め出されるのはとても外聞が悪い。自身の行動について、調整もできないのかと能力を疑われてしまうだろう。


第四王子セプクギオ殿下はデォフナハ邸へいらしてください。」


 そう第四王子に声をかけるのはデォフナハ男爵だ。ウォルハルトもハネシテゼも王子の婚約者という立場ではあるのだが、邸に招く権限を有していない。当主がその場にいないならばともかく、ウォルハルトやハネシテゼが当主を差し置いてでしゃばれば、色々と問題である。


「では、また後日、いや明日お会いいたしましょう。」


 王都の街門を入って少し行ったところで、私たちの馬車はデォフナハ邸へ向かう者たちとは別れることになる。


 日没の近い王都だが、道行く人はまだ多い。馬車の進みはとても遅く、やはりこの調子では城には間に合わないと思わされる。

 ゆっくりと石畳の道を進み貴族街に入り、さらに奥へと進み城壁が近付いてくるとエーギノミーアの邸に到着する。


 やっと馬車を降りると、エントランスに入り使用人たちに迎えられる。


 使用人たちは王子が来ることは想定していたようで、しっかりと客を迎える準備も整っているとのことで、すぐに案内されていく。ジョノミディスも客室に案内されていく。彼がブェレンザッハの邸に戻るのは明日だ。


 急ぎブェレンザッハへの遣いを頼むと私も自室へと向かう。時刻としては既に夕食の席に着いていても良い頃だ。


 大急ぎで着替えて食堂に行くと、父や兄は既に来ていた。いつもいつも私が最後なのだが、どうしたらそんなに早く用意できるのだろう? とても不思議である。



 私が席に着くと、第三王子やジョノミディスも案内されてくる。この顔ぶれでの食事も今回が最後になるだろう。


「王都まで来ると、さすがに今までの料理は出てこないか。」


 並べられた料理に口をつけて、ジョノミディスは少し寂しそうに言う。彼は随分とエーギノミーアの料理を気に入っていたようだ。

 王都邸でのメニューはこれまでのエーギノミーアの料理ではなく、王都で食べるものになっている。新鮮な海の物は王都では手に入らないのだから、それはどうすることもできない。


 ただし、味付けはエーギノミーア式で、パンもシチューも甘みが強めなのが特徴だ。塩の採れるエーギノミーアだが、他領と比較すると塩気は薄い方だ。逆に塩が手に入りづらいブェレンザッハの方が、塩気の強い味付けが好まれるというのだから驚いたものだ。


「食事の味の違いは、思った以上にはっきりしているのですよね。私がブェレンザッハから帰ってきたときは、味付けの違いで実感が湧いたものです。あちらの料理が決して美味しくないわけではありませんが、やはり食べ慣れた故郷の味というものはとても嬉しいものです。」

「なるほど、そういうものなのか。確かに私も王都の料理を久しく食べていないな。明日はどんな料理が出るのか今から楽しみになってきた。」


 第三王子は、これまで長期間王都を離れたことはなかったらしい。王族直轄地の他の町には行ったことがあるが、そこで出る料理は基本的な味の方向性は王宮のものと大きな違いはない。


 そこから比べると、エーギノミーアの料理は味付けはもちろん、料理の傾向が全然違う。珍しい料理に慣れはしたが、その際に故郷の料理を振り返りはしていなかったという。


「一度、王宮から離れたことで見えることもあると思います。料理のことだけではなく、私もブェレンザッハに行ったことでエーギノミーアのことを深く知れたと思っています。」


 何ごとも当たり前と思っていては改善も何もない。


「そうだな。大きく違うところもあれば、微かに違うこともある。そして差異が見られぬことも。それぞれの理由を突き詰めていくのが改善への道だろう。」


 全てにおいて王宮が正しいわけでもないし、全てにおいてエーギノミーアが正しいわけでもない。もしかしたら、両方ともに否定されるべきこともあるかもしれない。

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